⑧キノコ嫌いの楽園にしてはいけません

 それはきっかけだった。それは始まりだった。魔竜の体から──女神の涙に触れた場所から、生命の種が飛び出してきた。


 それは鶏の卵のような形をしていて、その卵が割れると生き物たちが姿を現した。ネズミ、ネコ、シカ、ライオンといった哺乳類。ハト、カラス、ダチョウ、ペンギンといった鳥類。ヘビやトカゲなどの爬虫類。カエルなどの両生類。カマキリ、カブトムシ、スズメバチ、ハエトリグモなどの虫たち。さらには卵から草木が生えて、瞬く間に原初大陸を覆い尽くした。


 卵はコロコロと転がっていき、海にまで到達して、魚類や甲殻類などの海中生物を生み出した。その生命いのちのサークルは原初大陸から海を越えて、さらに他の大陸へと広がっていった。


「魔竜さん……これは」


「我がこれまでに喰らってきた生命いのちのようだ。なるほど、こうやって逆流させることもできるのか」


 コツを掴んだ魔竜は全身から卵を吐き出し続ける。それによって世界は急速に色彩を取り戻していく。


 しかしすぐに女神が気がつく。魔竜が卵を吐き出すたびに、彼の体が少しずつ小さくなっていることに。


「魔竜さん、もう大丈夫ですよ。原初大陸は生命いのちで満たされました。楽園を取り戻すことができました。だからもう、卵を吐き出さなくていいんですよ」


 姉の言葉に──弟は従わなかった。姉に対して素直なはずの彼だが、その命令にはどうしても従うことができない理由があった。


 彼は見てしまったから。泣いていた女神がカエルを見つけた瞬間、目をまるにして驚いて、満開の花畑のような笑顔で喜んでいるところを。


 魔竜は長く生きてきて、初めて美しいという感覚を知った。この世のものとは思えない美しさだと感じた。同時に自分が壊してきたものの罪深さを知った。


 だからもう、めることはできない。


「魔竜さん、魔竜さん。もう大丈夫だから……」


 魔竜は生命いのちを吐き出し続けた。巨大だった体が象くらいの大きさにまで縮んでも、翼が無くなっても、漆黒の肉体が弱々しい灰色に変わっても、それでも彼はめなかった。


「魔竜さん! お願いだからもうめて!」


 女神は魔竜の体を叩いて、彼に言うことを聞かせようとした。何度も何度も叩いて、ゴムみたいな感触が石みたいな感触に変わっても、何度も何度も彼の体を叩いて──



***



 すべてが終わったとき、原初大陸の中心部には岩が転がっていた。女神でなければ魔竜であったことに気付かないような、ただの岩である。


 力なく岩を叩いていた女神の目から涙がこぼれ落ちる。この星からすべての生命いのちが失われたときより、彼女は弟を失った今の方が悲しかった。それを伝える相手も、もうここにはいない。


 涙が岩に落ち、そこからまた卵が生まれる。女神はそれを手に取り、卵の中から花の種を取り出した。


「神話の時代が終わるんですね。魔竜さんがただの岩になるのなら、私は光にかえりましょう。でも……どれだけ離れていても、私たちは繋がっています。二人で一緒にこの星を見守りましょう」


 女神が手のひらで種を包むと、それはすぐに芽吹いて、みるみるうちに花が咲いた。


「せめてこの地に花のいろどりがあらんことを。寂しいからって、すぐに私を呼んではダメですからね」


 彼女は立ち去ろうとする瞬間、岩よりもずっとずっと下、大地の底の方から「お姉ちゃん」と呼ぶ声を聞いたような気がした。彼はもう、この星の一部になっているのかもしれない。


「魔竜さん。ずっとずっと相手にしてくれてありがとう。強すぎて、勝てなくて、すごく悔しかったです」



***



【お説教タイム】


「ところで魔竜さん。あなたがキノコだけは絶対に食べなかったから、この再生された世界にはキノコが一つもないんですよ。好き嫌いをしてはいけません」





<終わり>

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強すぎたドラゴンは地の底から世界の終わりを見届ける 猫とホウキ @tsu9neko

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