第3話 幻の駅【5月10日(土)】

■5月10日(土) AM 10:00

――東京 日暮里にっぽり駅――


駅の二階改札前で待ち合わせをした颯馬と莉乃。

T大一年の【朔夜零司さくやれいじ】が来るのを待っていた。


本日の目的地上野公園の最寄り駅である終点の【京成上野駅】――そこで顧問の綾先生と落ち合う予定となっている。



「はぁ……ドキドキするぅ」

「デートか!」


いつもよりメイクに気合が入っているように見える莉乃。

控えめでありながら伸びやかな主張のアイライン。

ラメ入りピンクパールのアイシャドウが思いのほか可愛らしい。

控えめなチークと涙袋も普段の学校では見ないメイクだが、笑うと表情筋と協調して破壊力がある。


「颯馬くん! これはもうデートみたいなもんだよ!」

「勝手にデートにすんなって。綾先生も来るんだぜ」


今日は伴颯馬、中村莉乃、万田綾、朔夜零司の四人で上野公園を散策しつつ、都市伝説の話も含めて親睦を深めることを目的としている。

莉乃の個人的なプライベートのために集まったのではない。


「久々にイケメンとデートだよ! テンション爆上げ必至! ありがとうね、颯馬くん!」

「お前、イケメンとデートしたことねぇだろ」

「はい、そこー、ディスらなーい!」


ニコッとしながら首を傾け人差し指で控えめに指しつつおどけて見せる。

少しイラっとしながら深呼吸をしては視線を九十度ずらす。


ふと、向こう側からやってくる一人のスラッとした長身の男性。

地獄の一丁目に足を踏み入れようとしていることを露知らずの確かな足取り。


――朔夜先輩だ。


髪はアッシュグレイに染め上げ、目元まで届きそうなゆるくパーマがかかっている前髪。

風に揺られるたびに様々な変化を与え、ダークブルーのカラコンも相まってスタイリッシュだ。


一回り大きな白地のVネックシャツにシルバーアクセサリーを重ねることで鋭角的に冴える印象を与えている。


その端正な顔立ち。

一目みるや否や莉乃は言葉を失っている――否、放心している。


「しゃっ……写真で見るよりカッコいい……」

「はぃ?」

「ふぁっ! いけないいけない! じ、自己紹介からですね、ハ、ハイ!」


颯馬は正直この滑稽な莉乃のテンパり具合がひどく気に入り、早い段階で目の保養となりつつある。

ある意味先輩を連れてきて正解だったかもしれない。

メンクイ女子は先輩に一任しようかな、と颯馬は期待する。


「ミス研一年の中村莉乃と申します! 超絶♡彼氏募集中! 私の右側、空いてますよ! 本日はよろしくお願いします!」

「合コンしにきたのかお前は!」


ズビシと片手チョップをローズピンクの脳天にお見舞いする颯馬。

「えへへっ」と頭を押えながら舌半分を出しておどける莉乃。

颯馬の顔を見ながらニコッと笑う。


いつもとは違って頬と涙袋にメイクが施されていたか可愛らしい。

頬の上側にほのかな桃色が目の下の膨らみと調和する。


あざと可愛いとはこういうことを言うのか……颯馬は内心ドキッとしたが、悟られないように平生へいぜいを装った。

ふたりの地味にテンポのいい掛け合いに先輩から乾いた笑いが起こる。


「あはは。面白い子だね。T大一年の朔夜零司です。よろしく」


零司は右手を手前に出す。


「は、はい! よろしくお願いします!」


ふたりは軽く握手する。莉乃は早くもボディタッチを達成して両目がハートになっている。やれやれ、どうなることやら。


「久しぶりですね、先輩」

「伴ちゃん、久しぶり。元気そうだね」


二人は軽く言葉を交わすと陽キャを連れて京成線の改札口へ。

上りホームから京成上野行きの電車の先頭車両に乗り込んだ。


「先輩。なんで先頭車両に乗ったんですか? 降り口から駅の上り階段の出口まで結構遠いですよ?」

「おっ 知っているね。実は敢えてこの車両に乗ったんだ。何でか分かるかい?」


莉乃は斜め上に視線を動かしつつ顔を傾ける。

五秒考えて相好そうごうを崩すと颯馬に助け舟を出す表情を向けた。


「莉乃の割にはよく考えたな」と内心感心した颯馬は行き先を知らせる電光掲示板を見つめる。


「幻の駅――」

「――ご名答。流石だな伴ちゃん、知っていたか」


零司は破顔し白い歯を見せる。


「幻の駅?」


莉乃はまだその真意をつかめずにいる。

電車の発車合図とともにドアが閉まり出す。

無機質な電子音が三回鳴るとため息を吐き出すように堅く閉じられていく。


「中村さん。今、僕たちは日暮里駅にいて次の終点・京成上野駅に向かっているよね」


可愛い後輩を見るような目で零司は語を継ぐ。

ドア上部の左側へ流れる電光掲示板やその先の路線図を見て指をさす。


「はい。次で降りますけど、それがどうしたんですか?」


乗客スペースと乗務員室との境のガラス窓。

運転士は慣れた手つきでブラインドを下げ、前方の景色をスパッと遮った。

有無を言わさぬ、意図的で強制的な作業の一環。

乗客には絶対に見せないようにと……どこか強い配慮の及んだ禁忌を思わせる。


「実は、これから向かう終点までの間に幻の駅が二つあるんだ。実際にこの窓から一瞬だけど肉眼で見えるんだよ」

「えぇっ! そうなんですか? 初めて知りました!」


颯馬はその一瞬の幻をこれまでに何回か見たことがある。

乗り降りのドア窓からは視界が狭くてなにぶん見えにくいのだ。

乗務員室寄りの仕切りガラス――そこを介して拝められればよかったのだが……


「幻と言っても、今は使われていない廃駅なんだけどね。停車しないから通過するだけなんだけど、ライトアップもされているからそれなりに見応えはあると思うよ」

「はぁ……素敵♡」

「まだ見てねぇだろ!」


電車がゆっくりと駅三階のホームを滑り出す。

地上からの高さは優に十メートルを超えるため、車窓からの見晴らしがよい。

視界を遮るものがない。

自由に差し込める朝日が眩しく、目を細めたい衝動に駆られる。


「これから下に流れるJR線の大動脈ラインを超えてトンネルに入るんだけど、そこからすぐ左手に【寛永寺坂かんえいじさか駅】が迎えるよ」


「トンネル入ってすぐですか?」莉乃が食いつく。

「そうだよ。そこには照明が全くないからほどんど見えないんだけど、車内の照明のお陰でちょっとだけ見えるかな」


眼下には、陽光に映える鮮やかな黄緑色のJR山手線やまのてせんと目も覚めるビビッドなコバルトブルーのJR常磐線じょうばんせんが行き違う。

そして三人を乗せた車両はトンネルに飲み込まれると、太陽光が即座に滅せられた。


「見えた!」

「えっ? どこどこ?」


ものの三~四秒だった。細長い解体物がいくつか見えた先――駅の末端と思われる遺構にひっそりと構える上り階段。

今回も一瞬しか見えなかったが、まぁこんなもんだろう……


「ねぇ颯馬くん! 駅どこ?」

「もう通り過ぎたよ!」

「ウソっ!? 早すぎだよ! 全然見えなかったし!」


急な左カーブに差し掛かる。

ギシギシと車輪とレールとがこすれ、車両の連結部にその振動が伝わっていく。

不気味な摩擦音と左右に揺れる振動を響かせながら暗闇の中を疾駆しっくする。


「次は見逃すなよ。前方左手。【博物館動物園駅】が見えてくるぞ」

「よし! 今度こそ!」

「あはは。何だか楽しそうだね。二人とも」


白い歯を見せながら笑う零司は手すりに左手を繋ぎながらスマートフォンのカメラ機能を起動する。

ズーム調整で約五倍にピントを絞り、来る対象物に狙いを定めようとしていた。


右手からうっすらとした明り。

駅舎を思わせる円柱形のくすんだ黄色のペイント柱。

視界に勢いよく流れ込んでくる。


「莉乃! 来たぞ! 見えるか?」

「わあぁ! スゴイ! ライトアップされてる! 綺麗!」

「ふたりとも! 改札の一番奥を見てごらん! 白くて大きな物体!」


ドアガラス越しに映る駅舎の一部始終。

動画を枠内に収めていく零司の張りのある声。

ふたりの視線は前方に縫い付けられていく。


「わっ! 何アレ? なんか白くて大きなモフモフ?」


莉乃の言葉が終わるや否や、車窓は再び闇色に塗りつぶされる。

今回は先程より少し長めの約六~七秒の眺め。

もっと見ていたい気持ちが尾を引く。


「あぁ……」


ドアにもたれかかりながら思わずため息を漏らす莉乃。

「また見れるさ」と颯馬は小さな同情で包むとふと辺りを見回した。


自分達以外の乗客は全員座席に収まっている。


眠るサラリーマン。

漫画を読む子ども。

スマートフォンをいじる若者。


三人の乗る車両で外を眺める者は誰もいなかった。


何だか気恥ずかしくなってくる颯馬。

必要のない咳払いを一つして零司を見る。


「先輩。さっき撮った動画、後で見せてもらってもいいですか? 莉乃も見たいと思うんで」

「うん。いいよ。伴ちゃんは優しいね」


それを聞いた莉乃の顔がぱぁっと明るくなる。

「やった! モフモフ、見たいです!」


『……まもなく――京成上野、京成上野、終点です。降り口は右側です』


無機質なアナウンスに減速していく体感が遅れて続く。

三人はしばし口元を緩ませると、お互いの顔を仲間の絆で結んだ。


東京の地下に眠る都市伝説――その先の真実を探求する者たちとして。





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