第2話 ミステリー研究部【2025年5月2日(金)】

「あやまん先生! ビッグニュースです!」


新入生でローズピンクヘアーの陽キャがひとり。

開口一番そう意気込んでノックもなしにドアを開け放つ。


彼女の名前は【中村莉乃りの】、ワイヤレスイヤホンの左側を外して息を切らしている。


「なぁに、どうしたのそんなに慌てて……」


穏やかな口調で迎える顧問の【万田あや(40)】、茶目っ気でおっちょこちょいな日本史の先生だ。

授業での話がよく脱線するため、テスト前に試験範囲が終わらないと勝手に慌て出すのが恒例となっている。

名前の通り、【あやまん】の略称を本人はあまりよく思っていないらしい。


「大変なんです! 【あいは】様が新たな予言をリリースしましたよ! これは事件です!」


部長の【伴颯馬ばんそうま】は典型的な陰キャモブ。

「友だちはいない。作らない。遊ばない。彼女いなくてもオールオッケー」をモットーに生きている。

莉乃の入部初日から生理現象のひとつ「ため息」が止まらない。


「あぁ……それって、何かの配信?」

「何かじゃなくて事件なんですよ! もぅ! Youtube見てないんですか?」


ここは上野第●高校ミステリー研究部の部室。

顧問は自宅からカップ&ソーサーを勝手に部室に持ち込んで放課後ティータイムを慣例としているのだが、その理由は後ほど紹介しよう。


「一年生はフレッシュでいいわよねぇ。一年先輩の颯馬くんも見習ったら?」

「いや、俺はいいっす」軽く受け流してスマホをいじり出す颯馬。


「颯馬くん! 本当にYoutube見てないの? 【あいは】様の、は・い・し・ん!」

「颯馬くんって……俺、いちお部長で先輩なんだけど……」


少し唖然としながらも顧問に視線を向けて助けを乞う。

あやまんは莉乃のテンションを和らげようとするが。


「ひょっとして今年六月十三日の金曜日の禁忌と、来年七月二十五日の土曜日の災いのヤツ?」

「そう! それです! マジで気になるぅ!」


顧問よ……火に油を注がないでくれ……

それを側で聞いていた颯馬は深いため息を漏らす。


「そんなの言わせておけよ。単なる予言だろ。当たるわけねぇって」

「当たるんです! これが当たるんですよ、本当に! 何が起きるかわからないのが本当に怖いんです!」


ハイになっていて怖さが伝わってこないんだが……と颯馬は思いつつ。


「禁忌とか災いって何が起きるんだよ」

「これを見てください!」


莉乃は自分のスマホを取り出して例のVtuber【あいは】の配信を流す。


予言前に行われるおまじないのセリフルーティーンを欠かさない彼女あいは

両の手には白のグローブ。甲の部分に刻まれている逆五芒星デビルスターと【RVZ】の文字。

水晶玉が光り出すと、指定した日にちについて言及していく。


『今年六月十三日の金曜日、何者かによって禁忌の扉が開かれ、結界は破られる。そしてきたる翌年の七月二十五日の土曜日、災いは訪れよう』


そして物々しいフレーズでこれを結んだ。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


犬は最も忠実な生き物である。

広くあまねく、

守り神として崇高な存在として。

決してその命たちを

揺るがしてはならない。

万一その罪を犯した者には

災いが訪れるだろう。

その牙に宿りし

目に見えぬおそれって。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼

ラヴィ―ズ第二章――災いの牙より――



動画配信が終わると、莉乃はニヤリと笑って颯馬や顧問の反応をうかがう。


「はぁ、出た出た。禁忌、結界、災い。本当に起きるんかね」


颯馬は呆れながらも心中を吐露する。占い師のいうことなど全く信じていないといった顔だ。

あやまんはあくまで顧問らしく振る舞う。


「犬に関する何かが起きるのか――結界が破られる十三日の金曜日……不吉な予感がするわね」

「そう、そうなんですよ。これはもうXデー確定です! ウチは犬を飼っているので気をつけねば!」


苦笑いで両手でなだめる仕草の顧問。

赤髪のテンションを抑えるため、ある提案を試みる。


「まあまあ、莉乃さん落ち着いて。ひとまずお茶にしましょ? 今ならお菓子もあるわよ」

「わあぁ!」


綾は部室の端に配置されたコの字のソファにぽふっと腰掛ける。

その手前のスクエアテーブルの中央にはバケットが置かれ、バームクーヘンとフィナンシェ等の洋菓子が身を寄せて楽しそうだ。

綾はカップに抽出した伊東園のジャスミンティーを注ぎ、かぐわしい香りの湯気を昇らせる。

ソーサーにのせるときの小気味よい音もつけて。


「これ、食べていいんですか?」

「どうぞ、颯馬くんもよかったら食べてって」

「ここ、家ですか?」


陽キャはおとなしい子どものように「いただきます」をすると、リスのような両手で洋菓子を頬張る。

物静かな放課後ティータイム。遅れて続く「おいしい」の幸せそうな言葉。


「うふふ……うまくいったようね」と心中でほくそ笑むあやまんは三日月目で笑う。

淡い黄色の鼻腔に抜ける香りを眺めながら、乾いた口の中をゆっくりとうるおした。





■5月7日(水) PM 4:00

――ミステリー研究部部室にて――


六限の後のホームルームを終えると顧問の万田綾は部室へと向かう。

彼女はユーモアのある中堅の先生で生徒から不動の人気がある。

ウェーブの効いたナチュラルブラウンのセミロング。

ベージュのジャケットに白のインナーを合わせたコーデも髪色に合っていて自然美を演出している。

カールも程々なつけまつ毛の傘に委ねたやや垂れ目。

左目の下中央には涙ぼくろ。チャーミングな装いも心くすぐること請け合いだ。


そんな顧問が興味を示しているひとつに『都市伝説』がある。

これまでの学園祭での発表でミステリー研究部【通称:ミス研】からちまたにあふれる都市伝説をたびたび公開してきた。


学校内外でそれなりに反響はあったが、本人はどこか満足していない様子。

『都市伝説』を真の意味で理解してくれる人に未だ出会えていないからなのか、どこか物足りなさに隠れた憂いを感じていた。


本当の意味でのミステリーを伝えたいのに伝わらない、そのもどかしさが心の中にくすぶっていた。

それを払拭すべく、早くも学園祭に向けて何かイベントを企画したいということで今こうして部室に集まっているのだが。


「はい! はい! あやまん先生、今年も都市伝説やるんですか?」


莉乃はハスキー犬のように尻尾を振る。挙手の先に咲く笑顔は興奮の朱に染まっている。

少なくとも陰キャモブの颯馬にとって性格が真逆と言っていい。

耳鳴りのように鼓膜がキンキンする。


「莉乃さん? 略称は控えてもらっていい?」


最低限の抵抗を示す万田綾――「あやまん」の愛称があるが、本人はあまり気に入っていないらしい。

この名前、本人からしたら色々複雑みたいなのだ。


「あやまん先生、俺も都市伝説好きなんでやってみたいです」

「もぅ、颯馬くんまで! そうねぇ、いい案がなければ去年と同じようになるかしら?」


今年のミス研の部員は三年生が二人、二年生が颯馬を含め二人、そして一年の赤髪陽キャ莉乃の五人。

陽キャの加入で颯馬以外の三人(陰キャモブたち)が幽霊部員と化した。

受験があるからという口実だが、本当は莉乃のハイテンションに嫌気がさしたことが原因とわかっている。


「えぇーっ、また都市伝説やるんですかぁ? なんかありきたりな感じですよぉ」

「お前、まだ何も発表とかやってねぇだろ」


一人逃げなかった颯馬――この部室の居心地の良さと綾先生からの説得でこの部に繋ぎ止められている。

部室の確保には部員五名以上の在籍が必要――退部しないことを条件に幽霊化を呑んだ顧問は颯馬に活動を続けてほしいと願い出ている。

せめて莉乃の相手をしてくれないかと。


故に、実際に活動しているのは二年生の颯馬と一年生の莉乃の二人ということになる。


学校七不思議、心霊スポット、怪談話……


これまでに発表してきた内容はやはり陳腐で飽和している話題ばかりだ。

何か「これは」という惹きつけられる魅力的なテーマがほしいところ。

その時、ふと颯馬の頭にある記憶が浮かんだ。


「そういえば、この前親父が言ってたんですけど。上野公園の地下に曰くつきの秘密結社が存在するって……」

「えっ……それマジ? 初めて聞いた!」


激しくタメ口なんですけど……


「先生は聞いたことあります? その秘密結社」


「……」


「先生?」


「あ、え……あはは。ごめん。ちょっと考え事してたわ。あはは……」


「んぅ……先生、何かヘン……」陽キャは唇を少し尖らせて鼻からこもった熱を吐いた。


「調べてもまったくそんな情報出てこないんですよ。本当かどうかはわかりません」

「でも、もしそれが本当にあるとしたらメッチャ都市伝説っぽくない?」


ピンクヘアーの食いつきがよろしい。

つかみはオッケーということにしておこう。


「ミス研の学園祭のテーマは『上野公園の地下に秘密結社は存在するのか?』ってとこかしら?」


「「おおっ」」


顧問の発したテーマ。ふたりの共感の音が同時に沸き起こる。


「あははっ……颯馬くんと声重なっちゃったぁ」

「むぅ……」なんでコイツと声が被るんだよ。はぁ……まぁいいけど……


「先生。話変わっちゃうんですが、今週の土曜日に上野公園に散策も兼ねて行こうと思っていまして……朔夜さくや先輩も誘って見ていいですか?」


それを聞いて手をポンと打つ顧問。


「OBの朔夜くんのこと? 確か知り合いだったわよね。連絡先知ってるの?」


「えぇ、一応。時々連絡取っています」


「そうなんだ。よかった。地元の大学だから予定合わせやすいんじゃないかな?」


ポンポンと話が進む様子に莉乃は慌て出す。

一人会話について行けていないのが顔の表情から見て取れるからわかりやすい。

両手で鞄を持ち上げて机の上に置くとまくし立てる。


「その、そのサク先輩の写真とかってあります?」


尚も勢いがおさまらない目の前のピンクヘッド。


「あるよ。一応……」

「見せてください!」


小さな柴犬が尻尾を振るように懇願する陽キャ。

嘘を吐かなかった颯馬は若干の後悔の念に駆られる。


「しょうがねぇな……」

 

颯馬はポケットからスマホを滑らせるように手に馴染ませるとスライド操作で写真を示す。

一応、一番イケているであろうツーショット写真だ。


「うわあああ! イケメン! 顔面偏差値高っ! てか誰ですか、この横にいる超絶美人な女性は!」


「ウチのオカンだけど……」


「えぇーっ! ウソでしょ? 若すぎ! 何歳なんです? 可愛いすぎて、あぁ……神よ!」


颯馬はため息交じりに後悔した。

自分と先輩の変顔ツーショットでもよければそれでもよかったか……あぁ、今更ながら思い出した。

いや、待て……それだと自分の自尊心が傷つくから出さなくて正解か。


「颯馬くんのお母さんとは去年家庭訪問でお目にかかってたけど、また可愛いらしくなっているわね。羨ましいわ」


「いえ、そんな。あやま……ゲフン……綾先生の方が可愛いですよ」


あやまんって聞こえそうになったけど気のせいかしら?


「お世辞でも嬉しいわ、颯馬くん」

「お、お世辞じゃないですよ、あはは……」


あれ? なんの話をしていたんだったけか? 

あぁ、そうだ、朔夜先輩の話をしているんだった。

でも後ろからなんか鋭い視線を感じる。

 

「颯馬くん!!」

「うわっ! 声デケェな、普通に話せよ」


顧問は呑気に笑っている。口元に左手を添えている所作に大人の品格を感じる。

ウェーブのかかった前髪がつけまに乗るとディファイングレーの瞳に陰影ができて淡い色気が滲む。


「サク先輩には彼女いるんですか?」


「えっ? 今はいないって言っていたぜ。まぁ大学一年生だから彼女できるのも時間の問……」


「よし! 運が味方してきた! 颯馬くん! 絶対サク先輩のこと誘ってよね! 頼むよ! 約束だからね!」


今日一番のドヤ顔で堂々のサムズアップ。

この後バイトだからとあやまんだけにサラッと挨拶して足早に駆けて部室を出て行く。

颯馬のこめかみに青筋が浮かぶ。


「はぁ。スゴい一年生が入ってきたわね。クセが強い」


「綾先生。それ俺のセリフっす」


束の間、弛緩しかんした雰囲気にふたりは笑い合った。





 

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