第11話
最強のライバル、虎耳族の姫
「……して、陛下。その貧相なメスは、何者ですか?」
その言葉は、宴の喧騒を一瞬にして凍りつかせた。
現れたのは、燃えるような赤毛に、黒い縞模様が入った虎の耳を持つ女戦士。
革の鎧から覗く手足は、しなやかでありながら鋼のように引き締まっており、歩くたびに美しい筋肉が躍動している。
彼女は私の目の前まで来ると、値踏みするように鼻を鳴らした。
「匂いもしない。覇気もない。腕など小枝のようだ。……こんなひ弱な個体が、陛下の『隣』に座るなど、ガルーダの恥であります」
直球すぎる侮辱。
私はこめかみに青筋が浮かぶのを自覚しながら、手に持っていたフォークを静かに置いた。
「あら、ご挨拶ね。初対面の相手を『メス』呼ばわりなんて、随分と教育が行き届いていること」
私が皮肉で返すと、女戦士は眉を吊り上げた。
「口だけは達者なようだな。私はヒルダ。虎耳族の族長代行にして、ガルーダ軍・第一師団将軍。……そして、獣王陛下の筆頭婚約者候補だ」
(出たわね、婚約者候補!)
乙女ゲームなら悪役令嬢(私)のポジションだが、ここでは私がヒロイン(?)で、彼女がライバルという構図か。
レオを見ると、彼はバツが悪そうに視線を逸らした。
「……おいヒルダ。勝手に名乗るなと言ったはずだ。俺はまだ誰とも婚約などしていない」
「しかし陛下! 我が虎耳族こそが、陛下の獅子耳族に次ぐ最強の種族! 私と陛下が番(つが)いになれば、最強の世継ぎが生まれることは確定事項! それを、どこの馬の骨とも知れぬ人間に……!」
ヒルダはレオに熱っぽい視線を向けたあと、再び私を睨みつけた。
「貴様のような細い腰で、陛下の強靭な子供を受け止められるものか! 出産に耐えられず死ぬぞ!」
「ぶふっ!?」
レオが飲んでいた酒を盛大に吹き出した。
私も顔が熱くなる。な、なんて生々しい話を公衆の面前で!
この国の価値観は「強さ」と「繁殖力」が全てなのか。あまりにも原始的すぎる。
「……ご心配なく。私は陛下の『ビジネスパートナー』よ。番いになるつもりはないわ」
「ビジネス……? なんだそれは。新しい性技か?」
「ちっがーう!!」
話が通じない!
私が頭を抱えていると、ヒルダの視線が、私の後ろで震えているリーザに向けられた。
「……なんだ、その魚は」
ヒルダがリーザに近づく。
リーザは「ひぃっ」と悲鳴を上げて、ニャングルの背中に隠れようとするが、ニャングルの方が先にテーブルの下に逃亡していた。薄情な猫め。
「魚人族か。水陸両用とはいえ、こんな乾燥した岩山では干物になるだけだろう」
ヒルダはリーザの頬をつんと指で突き、嘲笑った。
「戦場では盾にもならん。非常食にも骨っぽそうだ。……陛下、このような『小魚』を城に置くなど、慈悲が過ぎますぞ?」
――ピキリ。
私の脳内で、何かが切れる音がした。
私を馬鹿にするのはいい(よくないけど)。
私のビジネス(金儲け)を理解できないのも仕方ない。
けれど。
私が手塩にかけて育てた、世界一の「原石」を――『小魚』呼ばわりしたことだけは、絶対に許さない。
「……訂正なさい」
私は立ち上がった。
身長差は頭一つ分以上。彼女の腕は私の太ももくらいある。
物理的な戦闘力差は歴然だ。
それでも、私は彼女を真っ直ぐに見上げた。
「あぁ? なんだ、やる気か? 貧弱な人間風情が」
「ええ、やるわよ。……ただし、野蛮な殴り合いじゃないわ」
私はレオに向き直り、高らかに宣言した。
「レオ。来週行われる『建国記念祭』……私と彼女、どちらがより多くの民衆を熱狂させられるか、勝負させてちょうだい」
「ほう?」
レオが面白そうにニヤリと笑う。
ヒルダは鼻で笑った。
「熱狂だと? 笑わせるな。私が主催する『大乱闘コロシアム』は、毎年満員御礼だ。血と汗と骨の砕ける音こそが、我ら獣人の魂を震わせるのだ!」
「古いわね」
私は彼女を指差して言い放つ。
「筋肉と暴力だけが『強さ』じゃない。文化、経済、そして『感動』……。私が、本当の熱狂というものを教えてあげるわ」
私の挑発に、ヒルダのこめかみに青筋が浮かぶ。
「いいだろう、人間。その勝負、受けて立つ! もし貴様が負けたら、その魚と共に即刻この国から出て行け!」
「構わないわ。でも、もし私が勝ったら……」
私は不敵な笑みを浮かべる。
「貴女のその立派な筋肉、私の『労働力』として馬車馬のように使わせてもらうわよ?」
「望むところだッ!」
バチバチバチッ!!
私とヒルダの間に、激しい火花が散った。
「……決まりだな」
レオがパンと手を叩き、立ち上がった。
「来週の建国記念祭。メイン広場を二つに分け、西側をヒルダ、東側をスカーレットに任せる。どちらのエリアに多くの客が集まったか……『集客数』で勝敗を決める!」
「御意!」
「望むところよ!」
こうして、筋肉国家ガルーダにおける私の初陣が決まった。
相手は、この国最強の女将軍。
武器は、筋肉vsアイドル(とラーメン)。
(見てなさいよ脳筋女……。リーザの歌と、日本のエンタメの力で、そのプライドごとへし折ってあげるから!)
闘志を燃やす私だったが、一つだけ重大な問題があった。
……アイドルのライブはいいとして、「食」だ。
この国の住人は味オンチだ。リーザの歌で心は掴めても、胃袋を掴む「武器」が足りない。
私の手料理(家庭料理レベル)では、あのゴムみたいな肉を好む彼らを唸らせるにはインパクトが不足している。
(何か……もっと暴力的で、中毒性のある『味』が必要だわ)
翌日。
私は祭りの視察と称して、一人(と護衛のニャングル)で城下町へと繰り出した。
そこで私は出会うことになる。
この国に迷い込んだ、もう一人の「異端者」と。
転生悪役令嬢、貧乏人魚をアイドルに!スポンサーの獣王陛下(元日本人)と組んだら、経済無双&溺愛ルートに突入しました 月神世一 @Tsukigami555
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