たとえばらになっても

小粋な馬鹿

たとえばらになっても

ブラックボックスから逃げ出した時の姿のままで、アナスタシア・カサブランカはラストシティの繁華街に辿り着いた。裸足で黒いボロ布を身に纏うアナスタシアを、周りの人間は疑心に思わず、逆に心配をしていた。

アナスタシアがやって来た方向が、ラストシティの中でも一番人の命が軽かった場所だったからなのか、もう大丈夫よ、安心して。と、そう言うのだ。___ああ、それは、それが私にとって、酷く痛いものなのに。と思いながら。

刺さる視線を何とか振り払い、アナスタシアはただ一点の、自分だけの神様を探す。

__K・ナチス。私の神様の名前。

彼がいなくては、私は何も出来ないボロ雑巾なのだ。たとえそれが、周りにとって忌避される関係だとしても、私にとってはそれが一等居心地いいものだったのだから。

だから、あの方が崩れ落ちる前に。

あの方が、何者でもなくなる前に。

私は、早く、早く、風になって走るのだ。

走って、彼の元に跪きにいかなくては。

そうしてラストシティ市役所前に着き、アナスタシアが広場の方に目をやると、そこに彼は居た。

舞台の上に彼は静かに正座しながら座っていて、その後ろには大きな斧を持った男が二人立っている。

K様は手を後ろで手錠で繋がれていて、服もひどく汚れた布切れのものだった。彼が以前こよなく愛したブランドからはとてもかけ離れている。

私が大好きだった彼の黒のファーコートも、今はもうない。

「_____K様」

勢いよく足を蹴りあげる。

まだ間に合う。まだ走れる。今はもうただただ彼のお傍にいたい。少しでも近くにいたい。私は彼の耽美な処刑を無料で貪り食らおうとしている民衆共を私は必死に掻き分け、漸く最前列まで辿り着いた。__と同時に、斧は振り上げられた。


「カイン様」


私は、初めて彼の本名を呼んだ。


勢いよく斧が振り落とされたからか、頭部は勢い余って空高く飛びあがる。

ああ、まるで、結婚式のブーケトスのようだわね。とロマンチックな事を考えながら、アナスタシアは周りの人間に飛びかかり、足蹴にして、K・ナチスの頭を掴んだ。


オニキスの瞳。

連翹のような指。

朝焼け色の薔薇の頬。


そうやって一つ一つを、大切に名付けて愛している暇なんて無かったのだ。

素直に最初から、お慕いしていると、ただ、そう言えばよかったのに。

ただそれだけでよかったのに。


アナスタシアは泣いた。

K・ナチスは地獄に落ちた。

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