第4話:『一つに決まってんだろ、俺の家は



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## 本稿版エピソード:『一つに決まってんだろ、俺の家は』


### 登場人物


* **池本(俺):** 暴力団組長。疲労と短気で自己中心的な男(國村準 イメージ)。

* **杉本:** 池本の部下。常に困惑している(杉元哲太 イメージ)。

* **奥さま:** 侵入された一般家庭の主婦。


***


**「あーあ、疲れた。ただいま!」**


俺は(池本)は玄関のドアを勢いよく開け、靴を蹴り飛ばしてリビングへ直行する。疲労と、組の仕事が上手くいかなかった苛立ちが全身に溜まっている。後ろから、部下の杉本が恐縮してついてくる。


**俺:** 「おら、お前も突っ立ってねーで入れよ! 遠慮すんな!」


俺はネクタイを緩め、ジャケットをソファに投げ捨てる。目の前のテーブルにドカッと座り込む。


**俺:** 「おい、飯! まだ出来てねーのかよ!…ああ?」


返事がない。イラつきが増す。


**俺:** 「おい! ビール! なんだよ、気が利かねぇな。テレビつけろよ、リモコンどこだ! んだよ!」


沈黙。舌打ちをして、仕方なく自分で冷蔵庫を開ける。プシュッ。


**俺:** 「かーっ、うめえ! キンキンに冷えてやがるわ。」


一息つき、満足したところで、ようやく部屋の空気の異様な重さに気づく。


視線を上げる。嫁でもなんでもない、見知らぬ女の人が、青ざめた顔で腕を組み、ガタガタ震えながら俺を睨みつけている。小学生くらいのガキどもが、泣きそうな顔でリビングの隅で固まっている。


壁のカレンダーも、カーテンの色も、家具の配置も、**すべてが違っている。**


**俺:** 「あ?」


缶ビールを揺らしながら、俺はぼんやりと呟いた。


**俺:** 「そうか。**おれんちじゃなかったわ**」


横で固まっていた杉本が、初めて小声で呻いた。


**杉本:** 「アニキ…」


俺は顔色一つ変えず、椅子に座ったまま、凍りついた一般人の家族に向かって、缶ビールで室内を指し示した。


**俺:** 「ああ、悪ィな。間違えたわ。…だが、もう開けちまったからな」


俺は、怯える家族を交互に見る。そして、隣に立つ部下に言った。


**俺:** 「**杉本、まあ、座れ**」


**杉本:** 「へ?」


**俺:** 「座れつってんだろ! 疲れてんだよ! 飯とビール出せって言ってんだ、この家ん主人に!」


杉本は極度の恐怖に耐えながら、静かに座布団に膝をつき、見知らぬ他人の家のリビングで直立不動で正座する。


その瞬間、リビングの隅で震えていた**奥さま**が、完全に理性を失ったように立ち上がった。彼女の顔は青白いが、ヤクザに対する怒りと恐怖が入り混じった、すさまじい形相になっている。


**奥さま:** 「何言ってんのよ! ふざけないでよ!」


**俺:** (鼻で笑い)「あ? おめぇ、誰に向かって口きいてんだ」


**奥さま:** 「あんた、自分の家もわかんないの?! 答えてよ! **お前の家はいくつあるんだよ!**」


その言葉に、俺の表情が固まった。


**奥さま:** 「嘘ばっかり! 二つも三つもあんのよ! あんたたちには、**帰る場所がいくつもあるんだろ!** だから、間違えたって、人の家を荒らしたって平気なんだろ!」


俺は缶ビールをテーブルに強く置き、静かに立ち上がる。ドスを利かせた声。


**俺:** 「あぁん? 二つも三つも家があるんじゃねぇ。**俺には、一つしかねぇんだよ。このクソッタレが**」


奥さまの顔の前に、一瞬だけ顔を近づけ、その言葉を吐き捨てると、俺は奥さまを一瞥もせず、玄関へ向かう。


**俺:** 「杉本。行くぞ」


**杉本:** 「あ、はい!」(慌てて立ち上がる)


俺は戸締まりもせずに外へ出る。背後では、恐怖でへたり込んだ奥さまと、泣き叫ぶ子供たち。そして、彼らが座らされた場所には、**杉本が正座していた跡**だけが、くっきりと残されていた。


**俺:** 「全く、頭のイカれたヤツに捕まっちまったわ。飯、食いっぱぐれた。」


彼は、自分が他人の家庭に残した圧倒的な恐怖について、最後まで一切気づくことはなかった。

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『知らない家でビールを飲んだだけなのに』 志乃原七海 @09093495732p

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