エピローグ
文化祭、告白、そして告白。
色々あったあの週末が明けてから、もう一週間が経つ。
文化祭という一大イベントを終えた教室はいつも通りというわけにはいかず、至る所に変化が見られた。
昼休みの喧騒の中にも、それはある。
「それであたしの彼氏がね? 寝落ちビデオ通話しようって言ったらものの数秒で寝ちゃって〜」
「ん〜それは彼氏が悪いわ。俺だったら――」
「は?」
「ひぇっ……なんで!?」
「今のはあんたが悪い。な、犬塚? 彼氏の寝顔がどんなだったか聞いてほしかったんだもんな? アタシにはわかるよ」
「そうだよっ!!」
「ま、マジでぇ!? 女子って皆そうなの?」
安心してください、決してそんな事はありません。
あの人たちがちょっと特殊なだけだからね。
文化祭のおかげか、はたまた彼氏の影響か。
こころちゃんの周りに集まるのは男子だけではなくなっていた。
これは大きな変化のひとつ。
そしてそれを教室の端っこから眺めている私にも、変化があった。
「……ご覧ください、如月さん」
「お、おおおお……これはまさかアニメ『notice』の円盤限定特典『February Moon』ですか!?」
「その通りです、昨日やっと手に入れることができました。……見ますか?」
「もっっっっちろんっ!! お願いしますっ!!」
私の机の側でメガネをきらりと光らせる花岡さんに合掌しながら、机の上に開かれた冊子をまじまじと見つめる。
「ああ……
「いいですね、いいですよね。この月に手を伸ばすシーンが、特に……」
そう、花岡さんである。
私と同じ趣味……いやここでは波動と言ったほうがいいかもしれない。
「……ありがとう花岡さん、それしか言葉が見つからないです」
「いえいえ如月さん、この感動を共有できただけで充分ですよ」
花岡さんは控え目に笑う。
とにかく惹かれ合うべくして惹かれ合った私たちは、毎日のように百合談義に花を咲かせていたのであった。
……ただし、私たちが百合を咲かせることは決してないだろう。
なぜなら――――
「かのんちゃ~んっ!!」
よく聞き慣れた明るい声が、軽快な足音と共に教室の真ん中からこちらへやって来た。
ふわふわの茶髪を揺らしながら、いつもにこにこと笑っている女の子。
「こころちゃんどうしたの?」
「あのねあのね、さっき城崎さんと話してたんだけど。今日さ、みんなでカラオケ行かない? B組の子たちも呼んでさ……」
こころちゃんは目をきらきらさせながら話し続ける。
そしてその後ろからゆっくりと、華奈さんが顔を出した。
「そう、カラオケ。かのんも……あと、
「華奈ちゃん……うん、私も行きたいな」
なんだか妙な雰囲気。
とまあこんな風に、私たちにはそれぞれ大切な人がいるからだ。
「いいね、カラオケ。行こう」
「よし決まりっ!! そしたらさ、今のうちにB組の人たちも誘いにいこう!!」
「そうだね、二人も一緒に来なよ」
そう言って足早に教室の外へ歩き出すこころちゃんと華奈さん。
私と花岡さんは一瞬顔を見合わせて――なんとなく笑った。
……ああ、ここが私の居場所だ。
△▼△▼△
B組の前まで行くと、扉の側の席に人が集まっているのが見えた。
覗き込んでみると、いつもとは少し違うB組の日常が広がっている。
「くまちゃんくまちゃん、今度一緒に水族館に行こうよ。今度こそドクターフィッシュとちゅーするんだ!!」
「い、いやぁ……ぼくはいいかなぁ? ちゅーなら教えてあげられるけど……」
「そんなことより佐久間様、次はいつお鍋をやりますの!? わたくしにあの快感を教えた責任、取ってくださいまし!!」
「ぼくもそうしたいのはやまやまなんだけど、先生に怒られちゃうからなぁ……」
「……ふ、撫子」
「いや、腕組んでるだけじゃわかんないってば……」
そこでは、珍しく佐久間さんがB組の個性たちに振り回されていた。
某魚博士みたいな被り物をした子と、クリスさんと……眼帯をして腕を組みをしている子。
やっぱりすごい絵面だなぁ。
「あ、かのんちゃん!! かのんちゃん助けて~」
佐久間さんは私に気付くと、机からぬるっと抜け出して私に抱き着く。
そのまま母の愛を貪るように私の胸に顔をうずめると、ぴたりと動きを止めた。
嗅ぐな、匂いを。
「あら、如月様ですわ、ごきげんよう~」
「あ、メイドカフェ来てくれた子だ!! 私受付やってた人だよ、覚えてる?」
「……ふっ」
私はその三人に愛想笑いを浮かべながら、軽く会釈をする。
クリスさんはまだしも、他の人たちはまだちょっと怖い。
きっといい人たちなんだろうけどね。
「あれ、かのんちゃん。撫子ちゃん何してるの?」
遅れてB組に入ってきたこころちゃんが、私に吸い付く佐久間さんを見て首をかしげる。
「えっと、ヒルごっこ?」
「……なんか、楽しそう? じゃああたし、聖呼んでくるねっ!!」
私が答えるとこころちゃんはもっと深く首をかしげて笑うと、すたすた歩いて行ってしまった。
あと、横から被り物をした子……いつかのオオアリクイさんから熱い視線を感じる。生き物が好きなのかな?
「佐久間さん。放課後、私たちとカラオケに行きませんか?」
「すん、じゃなくてうん。行きた~い♡」
佐久間さんはそう言って頷くと、私からぱっと手を離した。
そして今度は、私の髪の毛を優しく触る。
「……あれ、髪型変えたんだ。ぼくのまねっこ?」
佐久間さんはくるくると毛先を弄びながら、私の目を見ていた。
確かに私は一週間前から、髪を首の後ろで結んだツインテールにしている。
理由はきっと、分かりやすく変わりたかったから。
佐久間さんに影響なんかされてない。ぜったい。
「いいね、すっごく似合ってる。……ただ、ほどけないようにね?」
その瞳はいつもの毒々しさはなく、ただ透き通っていた。
ほどけないように、かぁ。
「でも佐久間さんは、ほどいた方がその……綺麗、だと思います」
「えっ?」
佐久間さんは目を丸くしている。
私は言ってしまってから恥ずかしくなって、目を逸らした。
でも、私はそう思ったから。そう言いたかったから、後悔はしていない。
咲いた気持ちはしおれる前に言わないとね。
「……かのんちゃんは、そう思うの?」
うつむきがちにそう言う佐久間さんに、私はそっと『はい』と言って頷いた。
「ねぇ、なら――」
「おふた方~っ!! わたくしもこのようにおさげがありますわ、ツインテール界隈に入れてくださいまし~!!」
佐久間さんが何か言いかけたところで、クリスさんが髪を振り回しながら割り込んでくる。
「……もう、クリスちゃんはかまってちゃんだね。カラオケには連れていってあげないぞっ♡」
「ええっ!? わたくしそれ知りませんわ!! 皆さまは誘われてますの!?」
佐久間さんとクリスさんたちはまた、わちゃわちゃと会話を始めた。
手持ち無沙汰になった私は、教室の奥に佇むふたりの女の子に目を向ける。
ひとつの椅子にふたりで座って、片方の女の子は窮屈そうにしながらも、もう片方の女の子に身を寄せながら微笑んでいた。
……いいなぁ。
全世界に誇りたい。あの素晴らしい『百合』を育てたのは私だと。
端っこに生産者表示としてドヤ顔で腕組みをした写真を貼りたい。
私はこれからもずっと、ここであのふたりを見ていよう。
それは私の定めであり新しい日常。
こころちゃんと聖さんが笑っている。
華奈さんと花岡さんは廊下の端で何やら話し込んでいる。
佐久間さんはクリスさんたちに次々と絡みついている。
そして私は、ここにいる。
いつかまた胸に何かが芽生えたときは、この場所で再会できるように。
――――でも今はまだ、この『百合』すぎる日々の流れるままに。
クラスのビッチが百合すぎる。【改稿版】 たべごろう @tabegoromikan
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