最終話 クラスのビッチが百合すぎて。
佐久間さんが私の家に来た翌日。
昨日とは違い早起きをして、私は今日の予定のために準備をしていた。
セーラー風の白いカットソーに、紫のチェック柄のプリーツミニスカート。
やっと自分の服を着て出かけられる時が来た。
こころちゃんはかわいいって言ってくれるかな。
そう期待すると少しだけ、わかりきった結末が怖くなくなる。
私が鏡の前で上機嫌にくるくるしていると、机の端に置いていたスマホが震えた。
【いま家出たよ~(きらきらとサムズアップの絵文字)】
「よーし……」
私はかばんを肩にかけて、ぱちんとほっぺを叩いた。
さあ、行こう。
私の終わりは、始まりの場所で――――
△▼△▼△
私が駅前のカフェに着くと、こころちゃんが既にそこで待っていた。
「あ、かのんちゃん。おはよっ!!」
こころちゃんは私を見つけると、手を振りながらぴょこぴょこ駆け寄ってくる。
今日のこころちゃんはオーバーサイズのピンクのパーカーに、ラインレギンスを合わせたカジュアルなスタイル。
「おはよう、こころちゃん。……その、今日もおしゃれだね」
「えへへ、ありがと。かのんちゃんもすっごくかわいいよ。その服いいね~」
こころちゃんは私の頭からつま先までを順番に見て、くしゃっと笑いながら親指を立てた。
良かった。
これで大丈夫、きっと言える。
「じゃあ、入ろっか」
「……うん」
今日は土曜日なこともあり、カフェの中は人でいっぱいだった。
やわらかな照明が照らす店内には、香ばしさに甘さが滲んだようなコーヒーの香りが漂っている。
店の奥にあるいつもの壁際の席は都合の良いことに空いていて、奇しくも完璧にあの日の再現ができそうだ。
私とこころちゃんは手早く注文を済ませ、席についた。
「それでね、こころちゃん。今日は……話したいことがあって」
私は冷たいカフェラテをひと口飲んでから深呼吸して、向かいに座るこころちゃんを見据える。
「話したいこと?」
こころちゃんはきょとんとして首をかしげた。
「あのね」
言うんだ。
この気持ちが、しおれてしまわない内に。
私は震える右手を左手で押さえながら、胸の前に持っていく。
そして、言った。
「聖さんとは、あの後どう……?」
△▼△▼△
「――――で、あたしはもっといっぱいキスしてほしいんだけど……
「そ、そうなんだ……」
私の意気地なし。
もう少し、もう少しのはずなのに。
「でもね、あたしからしようとすると嫌がらずに『んー』って目を瞑るの。それがほんとにかわいくて……」
こころちゃんは嬉々として、さっそく聖さんとデートをしたという旨を私に語る。
私はそれにうんうん頷きながら、唇を噛みしめていた。
「あとね、かのんちゃん。昨日は聖の家で『notice』の漫画を読んでたんだけど、演劇の脚本ってけっこう原作と違うんだね。あたしびっくりしちゃった」
「うん。全部入れると長くなっちゃうし、いらないなって思うところもあったから」
「そうだったんだね。……でもさ、あたしがいいなって思ったキャラは脚本にいない子だったんだ」
こころちゃんはうーん、と唸りながらスマホをぽちぽち触る。
そして、私の方に画面を向けた。
「ほら、この緑髪の子。
「あ……私もその子、好き」
そう言い終わってから、私ははっとする。
「ほんと!? あたしたち推しが同じだね。……あれじゃあ、なんで
「あ、えーっと……」
胸がちくっと痛んで、私は思わず愛想笑いを浮かべる。
なんでって言ったって。
「こころちゃんと聖さんのための演劇、だったから」
「そっか、あたしたちのため……」
こころちゃんは伏し目がちにそう言った。
私はなんだかどうしたらいいかわからなくて、自分のカップに手を伸ばす。
「……ほんと、あたしって幸せ者だなぁ」
するとこころちゃんはカップを掴もうとした私の手に、そっと自分の手を重ねる。
氷の入っていたカップを握っていたからか、こころちゃんの手の平は冷たかった。
「こころちゃん?」
私が突然のことにどきっとしていると、こころちゃんはいつもみたいに笑った。
「かのんちゃん、ありがとね」
幸せが弾けて、溢れて、まぶしい。
「ぜんぶぜんぶ、かのんちゃんのおかげだよ」
私はその言葉にそっと頷いた。
少し恥ずかしかったけれど、こころちゃんがそう言ってくれたから。
ああ、やっぱり私はこの笑顔が好きだ。
こころちゃんのことが、好きだ。
だから、
「ねぇ、こころちゃん」」
私はもう片方の手を、こころちゃんの手の上に重ねた。
「もうひとつ…いや話したかったことがあるの」
言うんだ。
「私ね……たぶん、最初から……ずっと」
ぽっ、と胸の奥に暖かい火が灯る。
触れた手に、力がこもる。
目の端が熱くなって、気持ちがそこに溜まって、
「こころちゃんのことが、好きだったよ」
そして、溢れた。
「そう、ずっと……ずっと……」
涙が頬を伝っていく。
「……やっと、言えた」
ずっと痛かった胸が、今は心地よい温もりに包まれていた。
「かのん、ちゃん……」
こころちゃんが私の名前を呼んだ。
それに続く言葉は、どういう形だとしても私の望んだ答えじゃない。
でもそれでいい。
届くはずのなかった気持ちが、届いたんだ。
それだけで、私は――――
「……今は、違うの?」
――――えっ?
そう言ったこころちゃんの目にも、涙が浮かんでいた。
△▼△▼△
「ごめん。あたし……ずるいや」
しばらく沈黙が続いた後、こころちゃんは指先で目の端を拭いながら微笑む。
私にはまだ、その涙の理由がわからないのに。
「こころちゃん……?」
「……覚えてる? あたしが、フラれちゃったとき」
こころちゃんは深くうつむきながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あたしには聖しかいなかったのに、その聖に拒絶されて……ひとりぼっちになっちゃったみたいで、怖かった。寂しかった」
その言葉に、私の記憶の中の光景が鮮明に蘇っていく。
床に座り込んで、涙を零すこころちゃん。
――――『ふつうじゃ……ないのかな。あたし、変なのかな……?』
見失なってしまった自分の居場所を必死に探していた。
そしてあの時、私は。
「でもね、そしたら――――」
こころちゃんはゆっくりと顔を上げて、私に目を合わせる。
「かのんちゃんが、見つけてくれた。あたしに、気付いてくれた」
涙をぽろぽろ零しながら、それでもこころちゃんは笑っていた。
その笑顔は今にも壊れてしまいそうなくらい、繊細で儚い。
私はどうして気付けなかったんだろう。
「それだけでも良かったのに、かのんちゃんはあたしの気持ちを、居場所を守ってくれた」
こころちゃんも、私に気付いてくれていたことに。
「だからあたしは今も、これからも、大好きだよ」
こころちゃんと一緒になるのは聖さんで、他の誰でもないはずだった。
私の想いは、どうあがいても報われないはずだった。
……私は違う。
ずっと、そう思っていたのに。
「かのんちゃんは、違うの……?」
涙を浮かべて私を見つめるあなたは、とても綺麗で。
高鳴る胸と、重なる手の感触。
そして、この気持ち。
あなたと同じものを、私も持っている。
今はそう思っていたい。信じていたい。
あなたと一緒がいい。
だから、言うんだ。
「ううん、私はこころちゃんのことが好きだよ。今も、これからも……ずっと」
そうして私たちは、しばらく手を重ねたままでいた。
何が正しいとか、間違っているとかは、わからない。
今はただ、この感触だけが本物だった。
△▼△▼△
しばらくして、私たちはカフェを後にした。
こころちゃんが私を送ってくれるというので、今はふたり並んで帰り道を歩いている。
「きょ、今日はありがとう。その……急に呼んだのに、来てくれて」
「ううん、大丈夫だよ。……暇、だったし。それに……いや、なんでもない」
どうしようすごく気まずい。
あの場はいい感じの雰囲気だったけど、よく考えたら問題だらけだ。
そもそもこころちゃんは聖さんと付き合っているというのに。
まったく、もっと自覚を持ってほしいものだ。
……嬉しくなかったわけじゃないけど。
そんな風に思いを巡らせていると、ふとこころちゃんが立ち止まった。
「あたし、聖もかのんちゃんもどっちも好きなんて……ずるいよね。だめだよね。ううううう……」
こころちゃんは道端にしゃがみ込んで、髪をわしゃわしゃかき乱す。
私はそんなこころちゃんの姿に胸がざわざわして、何だかじっといていられなっかた。
「……そうだね、ずるいよ。二人の女の子をたぶらかして……こういうのをまさに『ビッチ』って言うんじゃないのかな?」
つい、胸の奥に閉まってあったとげのある気持ちが吐き出されていく。
「こころちゃんはさ、そういうところがあるよね。自分勝手というか、無鉄砲というか……」
「うう……ごめん、ごめんねぇ……」
こころちゃんは私を見上げながら、さっきの名残か涙をぽろぽろこぼし始める。
「でもね」
私はこころちゃんをしっかり見据えながら、すぅっと息を吸い込んで、思いっきり笑った。
「私はそれも含めたこころちゃんの全部が、どうしようもないくらい好き……だよ」
こころちゃんみたいに、笑えたかな。
「かのんちゃん……」
こころちゃんは赤く腫れた目で、私を見つめている。
そして私は指をびしっと立てて、宣言した。
「でも、こころちゃんは聖さんを幸せにするんだよ? 私がせっかくプロデュースした、最高の『百合』なんだからね」
「うん、うん……」
こころちゃんはぶんぶん頭を振って私に頷く。
これでよし、かな。
これで明日以降に禍根は残らないはず。
ただ、そこには『好き』があるだけだ。
「かのんちゃんとあたしは、友達だよね……? ずっと、あたしと友達でいてくれるよね?」
「当たり前だよ。これからもよろしくね、こころちゃん」
「うう、ありがとかのんちゃんだいすきぃ……」
こころちゃんは立ち上がりながら私に抱き着いてきた。
涙でぐしゃぐしゃになったこころちゃんの顔が目前まで迫ってくる。
……唇、かわいいなぁ。
そうしてこころちゃんの毛先が私の鼻をくすぐって、爽やかな匂いが香った瞬間。
何かが、ぷつんと音を立てて切れた。
「……ねぇこころちゃん、一瞬だけ恋人になっていい?」
「ふぇ?」
こころちゃんは口を半開きにしたまま固まる。
でも私はもう止まれなかった。
「んっ……」
「むぅっ!?」
一瞬、ほんの一瞬だけ唇が触れ合って、こころちゃんの感触と体温が直接私に伝わる。
柔らかくて、温かい。
そしてすぐに唇を離すと、こころちゃんの顔は耳まで真っ赤になっていた。
たぶん、私もそうだったと思う。
「かのんちゃ~ん……?」
こころちゃんは頬を染めたまま、私をじっとりと見つめる。
さすがにまずかったかな。
「ごめんっ!! その、勢いで……かわいかったから……最初で、最後だから!!」
「……いいけど」
むすっとしながら呟くこころちゃん。
さすがに私は反省してそっと後退っ――――
「むぅっ……んむ」
「んうっ!?」
――――たところで、今度はこころちゃんに唇を奪われる。
こころちゃんは私の唇ぜんぶを貪るように顔を左右に傾けながら、長く、深くキスをした。
「……む、ぷはっ」
「はっ……へ……?」
私は頭が真っ白になってしまっていた。
ただひとつ、こころちゃんの唇の余韻だけが色濃く主張している。
「最初で最後なら、もっとちゃんとしてよね」
「こ、こころちゃん……!?」
こころちゃんは勝ち誇ったような表情で私を見る。
その時、私は改めて理解した。
……やっぱり、かなわないや。
本当に、ほんっとうに。
――――こころちゃんは、『百合』すぎる。
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