何の花が〇〇?

コタツ

どんな花が〇〇?

「どんな花が好き?」

 そんなふうに聞かれたのは、どこかに花見に行った時だった。学校の近くの川で、その堤防に綺麗な桜が咲き誇っていた。私は友達を待つ間、川が一望できる桜の木の下で一人、レジャーシートを広げて座っていた。

 誰に聞かれたのか覚えていないけど、確か女の子で、薄紫のワンピースを着た背の低い子だった。突然話しかけられて驚いたが、元々人が多く、賑やかな雰囲気だったから、それに当てられて私は少しだけ社交的になっていた。

私はその子の質問に答える義理なんてなかったけれど、綺麗な花、と答えた。

「つまらないね。」

 女の子は失礼にもそう言ってうんざりしたような顔をしていて、少し腹が立った。

だから、私も同じように聞いた。

「じゃあどんな花が好きなの?」

「え、花?全部嫌い。」

 なんだこいつは、と思わず叫びそうになった。人に聞いておいて自分にはないとは、一体何がしたいんだろう。強くそう思ったのを覚えている。

「だって、全部咲いてるじゃん。」

「花は咲くものでしょ。」

意味不明なことしか言わない目の前の人物を、今初めて関わらないほうが良かったと思った。

「咲かないのもあるよ。」

「咲かない花があるの?」

「無いから嫌いだって言ってるじゃん。」

 なんだこいつは。自分で咲かないのもあるとか言っておきながら咲かない花は無いって、一体どう言うことだ。

 思い出している間にも彼女には不思議な苛立ちが募る。

「花は咲いたら花なんだから。」

「咲けなかったら花じゃ無いの?」

「咲いてない花、なんて言うか知ってる?」

「……蕾?」

「蕾は花じゃ無いでしょ。蕾だもん。」

 言われればそんな気もしてくるが、咲かない花が無いとは言えないと思った。どうしてかはわからないけれど、あの時、私は女の子の言葉を否定したかった。

「枯れちゃった花は、咲いてないけど花だよ。」

「咲いてた花の間違いでしょ。枯れた花を花として扱う?」

「花として扱われなかったら花じゃ無いの?」

「当たり前じゃん。」

 女の子は当然のようにそう言って肩にかかっていた髪を払った。

 そう言えば、彼女は長い髪をしていた。

「なんで咲いてる花が嫌いなの?」

 女の子の言葉を否定したいと言う気持ちは変わっていないけれど、否定するのも難しいと思った私は、そう言えば咲いている花が嫌いな理由を聞いていないことを思い出した。

「やっとの思いで自分なりの綺麗な花を咲かせた時にさ、すぐ近くにもっと綺麗で人の目を釘付けにするような花があったら、どう思う?」

「別に綺麗だなって思うだけだと思うよ。」

「どっちを?」

「え?」

「咲いた花と、近くにあった花、どっちを綺麗だと思う?」

「どっちもキレイに決まってる。」

 自分で咲かせた花も、その美しいと言う花も、どちらもキレイに見えるだろう。

だってどちらも“キレイ”な花なのだから。

「じゃあさ、君は今なんの花が綺麗だと思う?」

「今?桜かな。というか、桜くらいしか咲いてないよ。」

 周りに見えるのは満開の桜と舞い散る花弁で、それ以外に花なんて視界に入らなかった。

 だからそう答えると、女の子は薄く笑った。

「足元見てみなよ。」

「足元?あっ!」

 そこには、小さな紫の花が沢山咲いていた。

「ツタバウンラン。小さいけど綺麗な花だよね。」

 女の子はしゃがんで葉の隙間から顔を出している“つたばうんらん”を撫でた。

そして、自嘲気味に言った。

「でも、桜には遠く及ばない。」

 同じ‘キレイ’な花でも、より美しく目立つ方に。

「ね、いい気分じゃ無いでしょ。」

「それと、咲いてる花が嫌いなのの何が関係あるの?」

「花を見るたびにこう言うこと考えちゃうから。」

 そう言う女の子の表情は悲しげで、低い身長がより低く見えた。

「本当は、咲くよりも前に決まってるんだけどね。君、ツタバウンランなんて名前、知らなかったでしょ。」

 知らなかった。知らなかったし、そこにあることにさえ気が付かなかった。

「だから咲いた花は嫌いなんだ。」

「蕾ならいいの?」

「まだ可能性があるでしょ。周りの花を圧倒するほど美しくて凄まじい花が咲けるかもしれない。」

 そんなことはないと、知っている顔で女の子はまだしゃがんでいた。

「ねぇ、君はどんな花が嫌い?」

 花を撫でたまま、女の子が最初と真逆の質問をした。

「今はちょっとだけ桜が嫌いになった。あなたは?」

「早く咲いて、早く大きくなって、特別に綺麗な花が特に嫌い。」

 そんな花はあるのだろうか。女の子は花に詳しいようだし、そう言う花もあるのかもしれないが、聞く気にはなれなかった。

 なんとなく、女の子を見ている気にもならなくてそっと川の方に視線を流していると、女の子が顔を上げた気配がした。

「ああ、そろそろお友達が帰ってくるよ。」

 友達の顔なんて知らないはずで、そもそも友達と来ていることさえ知るはずのない彼女がそう言ったのに驚いて女の子の方を見たが、もう女の子はそこにはいなかった。

ただ、桜の花弁と踏み潰されたツタバウンランの花弁が落ちているだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何の花が〇〇? コタツ @15tomomo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画