自由帳のらくがき

祭煙禍 薬

自由帳のらくがき


 あなたの周りはいつも人でにぎやかだった。それがどうしてだか、キラキラして見えて、気が付けば私は、あなたに恋をした。


 ――ねぇ、私を好きになってよ! そう願った。

 

 でも、当然、人気者のあなたに、私は映らなかった。

 彼の彼女も、好きなアニメキャラも、私とは似ていないステキな人だった。

 がんばらないと、ただでさえ、私はあなたの好みの女の子ではないのだから。

  私はふつうだから、ステキなあなたのカノジョにはふさわしくないかもしれない。だからがんばって、あなたのとなりにふさわしい女性になるのだ。


 私はお絵かきが好きだった。休み時間にはいつも絵を描くか、おしゃべりしていた。

 あなたを好きになっても私は絵を描いていた。

 絵を描くことが好きだった。私の好きなキャラがノートにやってきてくれるから。キャラが笑ってくれるのが、うれしかったから。


 あなたと会話する時も、私は絵を描いていた。ある日、私は自分の好きなゲームのキャラを描いた。

 あなたもそのゲームのキャラを知っていたのか、貴方はその絵に「上手だね」と言った。


 その時は何も思わなかったけれど家に帰って、おふろに入っていた時にふと思いついた。

 絵の上手な女の子になれば、私もステキな女性になれるかもしれない。


 あなたは絵も上手だった。そんなあなたが言うのなら私はきっと絵が上手くて、才能があるはずだ。

 なら、がんばれば、イラストレイターになれるかもしれない。よし、がんばろう、がんばってイラストレーターになれるくらいの絵を描いて見せるのだ。そうすればあなたも、振り向いてくれるかもしれない。

 そんなことを考えた私は次の日から、絵を描くことに夢中に、必死になった。



 ――ねぇ見て見て!前に好きって言っていたキャラを描いたの。上手く描けたかな?


 ――・・・。



 あなたが好きだと言ったキャラを描いた。流行のアニメキャラを描いた。私の好きなキャラを描いた。毎日絵を描いた。20分休みも、昼休みも、2Bのえんぴつを走らせた。

 彼は楽しそうに友達と会話していたけど、私が声をかけて自由帳を見せると、私の絵を見てくれた。

 絵を少し見ると、あなたはすぐに友だちとの会話に戻ってしまったけど、それでもよかった。


 あなたが好きだと言っていたアニメも見た。ゲームもやってみた。好きなゲームの事を語るあなたは、とても楽しそうで私まで嬉しくなった。

 あなたは頭が良かった。おしゃべりする時に私の知らない色々な事を教えてくれて面白かった、楽しかった。


 あなたは、将来何になるのかな。あなたは頭が良いしゲームが好きだからゲームを作るのかな? それとも本をよく読んでいるから小説家になるのかな? 

 あなたが小説家になるなら、さし絵を描こう。あなたがゲームを作るのなら、ゲームのグラフィック? を描こう。 だってそれって、とってもステキな事だから!


 家に帰ったら絵を描こう、そしてクラスで一番絵が上手くなろう。そうしたらきっとよろこんでくれるはず。私を見てくれるはず。私はランドセルから筆箱を取り出して、えんぴつを取り出して絵を描いた。


 描いて、描いて、描いて――描いた。


 時はゆっくりと過ぎ去っていった。やがて、私たちは小学校を卒業した。





 +++++



 1年が経った。2年が経った。3、4、5、6年が経った。貴方に恋をしてから6年が経った。経ってしまった。

 小学校を卒業してからと言う物、私と貴方の距離は段々と遠くなっていった。皆が同じ道へ進める訳では無いと、中学校に入ってから突き付けられるようになっていった。性別もそうだったけど、それだけじゃない。

 中学までは義務教育だけど、高校からは違う。学力の差は、明確に私達を切り分けていく。私と貴方は、残念ながら同じ高校には行けなかった。私が退屈な学校生活を送ることが決定した。


 幸い貴方は私を友達だと思っているようだった。お陰で私は連絡する手段ツールを得ることができた。言葉と画像を送れる手段。それは貴方を絵で惚れさせる事を諦めていない私にとって”良い事”だった。

 反対に”悪い事”もあった。私の心は徐々に何かに蝕まれて行っているようだった。でもこれが、長期間の片思いの所為せいなのか、それとも少しのこの嫉妬の所為なのかは分からなかった。


 中学生になった貴方はよく本を読んだ。だから、私は図書委員になった。そして私も貴方に習って、本をよく読むようになった。貴方が読んでいた本を追いかけて読んでいたからでもあったけど、それ以外にも理由があった。

 壊れかけの心を、本が癒してくれる気がしたのだ。心がどうして壊れかけていたのか、いくつかの心当たりがある。

 一つは孤独。中学校に上がった私は、人とロクに会話もせずに絵を描くことばっかりをしていた。そして、当然友達の数は減っていった。私は孤独を本で癒していたんじゃないかと思う。そのお陰か、私は一人でいることにだいぶ慣れてきた。

 もう一つは疲労。もう、ずいぶんと私はこの無謀な片思いをしている。そろそろ疲れてきてもおかしくない頃合いだ。彼の読んだ本を追いかけていない時、私はよく恋愛小説を借りた。

 そして、それを私は学校では読まず、家で一人の時か、ベッドの中で読んだのだった。

 今に思えば、幸せなお伽話虚構に私は縋りたかったのかもしれない。中学を卒業した時、私の貸し出しカードは10枚を超えていた。


 中学校生活の殆どを一人で過ごした私には交際費のようなお金を使う機会が殆どなかった。そして、金を使うような趣味を私は大して持っていなかった。いや、持とうとしなかった。私はお小遣いの殆どを絵に費やして絵を描く環境を少しずつ整えた。上等な紙を買って、プロも使うマーカーを買った。パソコンを買って、アプリとペンと、左手デバイスというお絵描き補助コントローラーも買った。それにお絵描きの本も買った。

 プロには少し見劣りするくらいの環境装備を整えた。お陰で小学生の頃に比べ随分絵を描くのが楽になった。

 そして失う物が殆ど無くなった身で、絵を描きまくった。周りがお昼ご飯を食べている中も、貴方が寝ている夜も、クリスマスも、正月も継続できる範囲の時間を、貴方に捧げる絵のために使った。


 だというのに、私は6年が経過した割に、大して絵が上手くなっていなかった。

 貴方は絵なんて、時間をかければ上手くなって当然だと思っているようだけど、そうじゃない。

 だらだらと絵を描き続けても、絵は上手くならない。

 絵が上手くならなかった原因に、本に現を抜かしたり、貴方オススメのゲームやアニメをやっていたからというのもあるけれど、多分才能と怠惰のせいだ。

 私は既存のキャラクターを描いたり、真似るのがとても下手で、苦手だった。そう、私は模写が苦手だった。

 模写は二次創作の基礎だというのに、貴方の好きなキャラクターを魅力的に描かなきゃならないというのに、それが苦手とは皮肉な物だ。


 さらに救いが無かったのは、絵の上達する一番の近道は模写という事だった。

 図書室で借りる絵の本の殆ども買った本も、模写を勧めていた。漢字も、数学も先ずはお手本を見て書き写すことから、何事も基礎は模倣から始まる。

 それを分かっていたのに手は鈍ってしまった。ぐずって遠回りをしてしまった。苦手な事を後回しにして、絵をだらだらと描いてしまった。

 傲慢にも、私は模写では無く手癖で、資料を見ずに絵を描き続けてしまった。これでは幾ら描いても上手くなるはずもなかった。


 また、私はデジタルの絵を描くついでに、ネットに絵を投稿するようになった。

 いいねとか、PVとか、|コメントだとか。ネットに作品を投稿するに当たって、作品にはいろんな数字評価がつけられるようになった。

 その数字を得て、承認欲求を満たしたいからと、必死になって、作品をネットにあげる人も居た。

 私はその人たちの気持ちも分かるけれど、そう言った人の方が成長が早いのも分かっているけれど、私はなんだか数字を増やす気にはなれなかった。

 承認欲求だなんて、莫迦らしい。そんなものとっくに枯れてしまった。私の絵が必要とされることなんて無い。誰かに絵を描いても、その誰かはその絵にすぐ飽きてしまう。

 数時間の絵に捧げられたわずかな数秒いいねが、どう足しになるというのだ。有象無象モブに認められても意味なんて無い。私の絵は貴方に届きさえすればそれでいいのだ。

 やがて、朝顔の観察日記のようになってしまったネットの投稿に私は飽き、やめてしまった。

 それに、投稿するに当たって流れてくる上手い人と私を比べなければならないのが辛かったのだ。


 貴方のための絵を描くうえで絵が決して上手でない私は、有利な属性で貴方を攻略しようとした。あなたの好きなものへの情報の収集と吸収には手を抜かなかった。

 貴方の好き弱点を理解したかった。貴方の天敵スレイヤーになりたかった。

 脳みそは貴方の情報漬け、私はどことなくこれで壊れたのかもしれない。それでも、貴方の望むような絵を私は描けなかった。



 今現在、高校生になった私も、小中学校の私と大して変わっていなかった。大きな変化と言えば、学校生活に貴方が居なくなったことだった。勿論、学校が違うからと言って、全く会えないわけじゃない。

 例えばこの間、私は貴方に会いに貴方の高校の文化祭に行った。高校生になって豪華になった文化祭の中で見る貴方は一層、輝いて見えた。それとも、私が光を失っていたのだろうか。

 輝いている貴方を見て私は貴方を恨めしく思った。貴方は賑やかな文化祭の中で楽しそうに友達と会話していた。私には友達が居なくなっていた。



 私は尽くし、色々な物を失っていた。でも、貴方は幸せな日常を送れている。

 友達と会話する貴方はとても良い笑顔だった。ああ、いいなぁ。私なんかよりもずっと彼らの方が、あなたを幸せに出来るのかもしれない。

 もし、この周りのモブ共友達が全員いなくなれば、私は貴方に注意を向けてもらえるのだろうか?

 ふと頭の中に降りてきた仮定IFルート。そんな狂想が頭を占めるようになっていった。

 ──でも、愛は無償であるべき物だから、私は貴方を傷つけたりはしない。恋を患っているのだからしょうがないけれど、それは看過出来るものでも無かった。


 このままだと、私の想いはいつか貴方か、貴方の大切な人を殺すかもしれない。この歪みはいずれ、貴方とその周りを蝕んでしまうかもしれない。

 私は、時々貴方にネット経由で絵を送った。でも、この絵だって、あなたを蝕むのかもしれない。

 肉体が、食事で形作られるなら、きっと、精神は想いで育っていく。作品には想いが宿る。だからこの狂気もいずれ貴方に伝染する。

 ただでさえ精神への影響の大きい思春期にこんな想いをぶつけていいのだろうか。

 でも、これを上手く利用できたなら、貴方を私の思う通りに染め上げることが出来るんじゃなかろうか。

 そうすれば、貴方は私を見てくれるだろうか。貴方も此処へ来てくれるだろうか。

 でも、そんな事して良い訳が無いでしょう。私の存在は、枷になる。最悪、二人諸共地獄行きだ。私は貴方をいい加減諦めるべきなのか。ただ残念ながら私は、貴方への執着を手放せそうに無かった。


 私の貴方への執着呪いを生み出しているのは、間違い無く色欲だった。この世に色欲ほど面倒な物は無い。公共の教科書に載っているマズローのピラミッド、その最下部必須欲求に座すそれを取り除く術は無いから一生逃げられない。他の人を好きになったとしても、同じような状況になってしまうかもしれない。

 心は壊れたまま、化け物になった私は、これからどうなるのだろうか。触らぬ神に祟り無しという言葉がある。化け物になった私にもきっとこの対応が正しいのだろう。きっと、もっと距離を取るのが正しいのだ。


 繋がりを絶って、私が、貴方が、互いを見つけられ無いようにしよう。何処かへ行って、貴方に触れられ無い所へ行こう。きっと、時は全てを溶かしてくれる。きっと、狭くて、広い世界が守ってくれる。

 物理的な別れ、それがいい、それが、それが、それが、それが──。

 いや、諦めちゃだめだ。諦めたら私は生きる意味を失ってしまう、抜け殻になってしまう。

 でも、もう、引き返せない。私は貴方に絵を捧げないとならない。きっと私は、描かないと、死んでしまう。                まるで、呪いみたいに。

 私は貴方を笑顔に出来ればそれで、それでよかったはずなのに──何時からこんなに歪んでしまったのか。


 とりあえず、私は絵を描いた。どの道描くしか無かった。そして、私は供物を久しぶりに送った。絵に既読は付いていたが、何か言葉が返ってくる事は無かった。

 貴方の好きなキャラの力を借りたって、元の実力PSが無ければ意味が無いのだ。まだ、画力火力が足りない。描かないと、描いて貴方に認められないと。

 もっと描きたい、上手くなりたい。もっと時間が欲しい。

 そう願っても、時は無慈悲に過ぎ去っていく。貴方との繋がりを絶つことは私には出来無かった。



 +++++





 ──15年が経過した。


 私は、まだ生きていて、貴方との関わりは今も続いていた。多分、私は貴方の家族の次に、貴方を理解している。貴方が作ったであろう創作物も、貴方が好きであろう本も、なんとなく見分けられるようになった。いつからか段々と私は彼の心が読めるようになってしまった。

 貴方を追いかけるのではなく。先回りするようになってしまった。ただ、貴方の好みの人と、キャラだけが分からなかった。貴方の好みの絵柄が分からなかった。 ──貴方好みの絵が描けなかった。


 いつの日だったか、貴方は私に彼女を紹介したことがあった。相変わらず貴方の彼女は

私と似ていなかったし、貴方の好きな二次元のキャラとも似ていなかった。

 彼女は完璧とはまた違った雰囲気の、貴方に相応しい素敵な人だった。

 私は、彼女とは数回は会ったはずなのに、興味が無かったからか、彼女のことがあんまり記憶に残っていなかった。貴方にとって残念なことに、半年ほど経って貴方と彼女は別れてしまった。

 貴方はどうして別れてしまったのか、分かっていないようだったから相変わらず鈍かった。


 

 私はもうずっと、絵を描いていなかった。だから、私の絵の上手さは、高校生の頃と殆ど変わっていなかった。

 絵を描くのをサボって、諦めてしまった。社会人になって、仕事が忙しいとか、今から描き続けたって上手くならないとか、絵の才能が無かったとか、そんなのは言い訳だった。


 私は絵を描くのが怖くなってしまっただけだった。


 この終わりのない創作活動の終わりを見たくなかったのかもしれないし、上手くならない自分をずっと見ていたくなかったのかもしれなかった。どうしたいのか、私はもう分からなくなってしまった。それでも、描いた方がいいのには変わりはなかったけど、筆は動かなかった。


 そして、小説に逃げた。貴方は本を読むのが好きだったから、本という形にすれば、絵が下手でも見てもらえると思ったのだ。

 作文を学生時代に書き、孤独を癒すために本を読み漁っていた私だったからこそ、そこそこ才能があるはずだと思った。テンプレも、どんな作品が魅力的なのかも、知っていたから、そこそこの小説を書けると思っていた。けど当然と言うべきか、私のような素人には、上手な小説は書けなかった。やはり、どの道であっても、プロはすごかった。そして、小説に関して特に執着のない私は、すぐに万年筆を折った。

 貴方に秘密で、貴方の好きなキャラの同人誌に参加してみたこともあったけど、望むような結果にはならなかった。私は、貴方の気に入る作品を作れるように色々やってみたと思うけど、その全てが、から回っていたのかもしれない。私はやっぱり創作活動に向いていないのかもしれない。


 そもそも、どうして私は絵を描こうとしていたんだっけ。私が貴方を好きになったのはどうしてだったんだっけ。元々の恋愛感情、確かそれはとても純粋で、無邪気な想いだったはず、どこで、私は間違えたんだっけ?いつしか、私には、貴方が人ではなく魔王に見えるようになっていた。

 貴方が私の人生を狂わせる悪魔のように思えたから。

 魔王というのは畏怖の対象であり、敬愛の対象。

 もう、私が貴方に抱く感情は恋愛感情よりも、崇拝感情の方が近いのかもしれない。私は貴方と結婚したいとも、付き合いたいとも思わなくなってしまったから。貴方は無自覚に残酷で、美しかったから本当に魔王様のようだった。


 あぁ、本当に憎いなぁ、魔王は私を狂わせた。私は魔王を狂わせようとした。

 懐かしい青春を思い出した。私の人生にはいつも魔王がいた。どうして私は、訳も分からず苦しいのだろうか。ここから先、私と、魔王にとっての正解はあるのだろうか。


 今、会社では、転勤の話が出ている。転勤先は北海道だそうだ。まだ、誰が行くかは決まっていない。何年か前に描いた一つの結末。物理的に距離を取る対策。

 それもまた一つの良い結末なのかもしれない。いや、それが一番の最善の結末HappyEndか。

 このまま進んでも多分、独りよがりな結末か、最悪な結末にしかたどり着かない。

 時が経ちすぎてしまったから、私の望む未来に至るには、危険な綱渡りをしないといけない。

 それならば、私にとっての最善の結末より、貴方にとっての最善の未来を選んだ方がいいのかもしれない。

 絵を描いて、それであなたが振り向いてくれたら、それが一番よかったのだけど、そんな結末は訪れない、その結末を望むには実力が足りないことも分かっている。

 だからこそ私はこの結末を選択しないといけない。


 壊れた心は戻らない、捧げた時は返ってこない、貴方への気持ちを諦められない。

 そんなことは分かっている。もし他の結末が選べていたら、何か違ったんだろうか。

 もし違う選択肢を選んでいたらこんなことにはならなかったんだろうか。

 私はあなたにフラれると分かっていても告白するべきだったのだろうか。

 他の誰かを好きになった方が良かったのだろうか。

 人と関わり続けていた方が良かったのだろうか。

 貴方が私だけを見るように仕向ければ、良かったのだろううか。

 魔王に構うより、この狂気をどうにかするべきだったのだろうか。

 それとも、それとも、それとも──この狂気を魔王に打ち明けるべきだったのだろうか。

 でも、出来なかったのだ。──過去を考えても意味はない。私が生きているのは今なのだから。


 命を絶つことも考えた。いっそ、死んでしまった方が楽なのかもしれないから。

 でも残念ながら、貴方は魔王ではなく人間だ。私が死んだら貴方のトラウマになるかも知れない。曲がりなりにも、私は、今も貴方が好きだから、貴方を傷つけたくはなかった。

 結局、いつも通りに選択肢なんか無かった。いつかの日私が絵を描くのをやめれなかったように。

 私は貴方のいない人生を考えた。脳を占拠していた貴方がいなくなることで、崩れていく心の音を聞いた気がした。それでも、私は転勤することを決意した。


 その日、私は久しぶりに筆を取った。彼が今好きなキャラクターを私は知らない。

 私が知っているのは、彼が少年だったころの推しだけ。きっと、彼はこのキャラクターを今は好きではないだろう。でもそれでいいのだ。

 少し失礼だけれども、負け犬の私に彼にとっては過去の産物だろうそのキャラクターはぴったりに見えた。そして私は、かつて彼が好きだったキャラクターを描いた。

 それを描いて、新しくアカウントを作って投稿するのには半日もかからなかった。

 投稿したイラストには相変わらず、いいねが全く持って付かなかった。彼女は、彼の好きだったキャラクターは、たしか結構な人気があったはずだが、いいねはつかなかった。

 考えてみれば、開設ほやほやのアカウントで、タグ無しだったからしょうがないことだった。



 これから暇な時間が増えるだろうから、またネットでの投稿を再開するのもいいかもしれない。

 絵を描いて。0からこのアカウントを育てていって、貴方の目に映らせるのもいいかもしれない。

 私が望んだ結果にはならなかったけれども、私は描いたばかりの絵に微笑んだ。彼女とはこれから長い付き合いになるだろうから。

 彼はこの広大なネットの海から私の絵を探し出してくれるだろうか。そんな馬鹿なことを考えながらその日は眠りについた。


 引っ越し当日まで時は流れていった。

 先日、思い切ってスマホを買い替えた。そして後任のスマホには彼に関連する一切を引き継がなかった。

 前のスマホは今の所、捨てずにとっておくつもりだけど、起動をする予定はない。彼も、彼の友達も私の住所は知らないから、多分大丈夫。そもそも彼らにとって私は、大した存在じゃない。心にまだ残っている彼の後遺症も、そのうち消え去っていくと信じたい。

 そろそろ、北海道行きの便が出る。飛行機へと乗り込む通路を歩きながら、私は少しだけ貴方に思いを馳せた。

 きっと、あなたは鈍いから何も知らない。

 貴方から見たらなんてことない友人の私だったでしょうが、私にとっては魔王は青春の、人生の象徴のような人でした。私なんか忘れて、どうか、幸せな結末を迎えて下さいね。私は彼の幸せな未来を祈った。


 今日も平和な青い空に、飛行機は飛び立っていった。

                    


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