【澄乃】02 雌ゴリラの兄は雌牛の下半身

 栗の人形から発せられていた煙が消えさると、舞台は極道の事務所のようなものに変化している。


『栗が死んだことで、猿蟹合戦に参加した豪傑達が一堂に会します』


「集まってもらったのは、ほかでもないでござる。栗の敵討ちでござるよ」


『一番若い蟹を、いの一番に笑うのは、臼でした』


「復讐の連鎖だな」


『臼に同調するように、蜂も指摘します』


「そもそも、見殺しにしたのって蟹ちゃんでしょ? その理屈は通るの?」


 蟹、臼、蜂と、アメリカのマッチョ男性みたいな体格だ。そのせいで、牛糞が一般的な男子高校生なのに、相対的にチビにみえてしまう。


「まぁまぁ、おれらで揉めてる場合じゃないぞ。猿のときとは違って、向こうだって警戒してるから、厳しい戦いになるよ?」


「うんこにしておくのは、もったいないほど冷静でござるな」


「そもそも、いまから決めるのは復讐方法じゃなくね? 優先すべきは、バカな母蟹の犯した罪の証拠隠滅が最優先事項だろ? 猿の所有する土地に柿の木がある現状はまずい。そのせいで、搾取される側におれらがまわるかもしれん」


『様々な意見を出し合って、母蟹の犯した罪の証拠隠滅方法を考える面々。そんな連中の前に、武装することなく雌ゴリラは乗り込んできます』


 事務所に集まっている連中の顔を一人ずつ指さしていき、雌ゴリラは一人足りないことに小首をかしげる。


「栗がいないみたいだけど、ほかは揃ってるみたいだね」


「あくまでも、自分が手を下したわけではないというスタンスでござるな」


「え? なに言ってるの?」


「とにかく、乗り込んでくるとは面白い! 栗は我らの中で最弱! さらに、我々は不意打ちよりも真正面からの戦いのほうが得意よ」


 臼がパワー任せに雌ゴリラへ襲いかかる。体重差は下手したら倍以上はありそうだ。

 なのに、雌ゴリラは正面から臼を迎えうつ。

 攻略法はシンプルだ。

 臼よりも強い力で抑え込むだけ。


「待って。戦うつもりはないわよ。本当のことを話してもらいたいだけなの。栗が言っていたことが真実かどうかをすりあわせたいの」


「我らに、そんなつもりはない! この、ドスで刺して終わりよ」


 蜂は針よりも鋭いドスを雌ゴリラに突き刺しにいく。臼の相手で手一杯で動けないから楽な殺しだと思っていたのだろう。少なくとも、臼の全力を抑え込むのに、雌ゴリラは片手で十分だとは夢にも思わなかったはずだ。

 雌ゴリラは空いた手でドスを白刃取りすると、指先で捻るように刃を折った。


「まさか、これが臼と蜂の全力とか言わないわよね? これぐらいのことは、不意打ちをくらわなきゃ猿でも出来るわよ」


「貴様が猿以下の戦闘力というのが本当ならば、勝機があるでござるな。いくぞ、牛糞! 両手が塞がっているいまが、チャンスでござ、ぐぎゃー」


 蟹の高枝切り鋏をぶっ壊した足で、雌ゴリラは蟹を踏みつける。

 巨漢三名が秒殺されるのを見た牛糞は、当然のように逃げ出した。


「あ、待って。逃げないでよ。あなたたち邪魔よ」


 雌ゴリラが本気を出して、蟹、臼、蜂の三名を舞台裏にぶっ飛ばす。その余波で、舞台に設置されていた大道具が全て破壊されていく。

 観客が破壊に気をとられている間に、雌ゴリラも舞台裏へと消える。

 最後に一つだけ残った大道具は、雌ゴリラではなく、そこの裏側に隠れていた雌牛(下)が破壊するのも台本通りだ。当たり前だが、人間が演じているから、雌ゴリラみたいに粉々には出来なかった。


『牛糞は相手に自らを踏ませて転ばせる戦法を得意とします。正面からやり合って勝機がないのならば、逃げて隠れるのが賢い選択です』


 雌牛の足元で、牛糞は身体を丸めて震える。

 この震えは、舞台破壊に巻き込まれて怪我をしなかった安堵が含まれているから、鬼気迫っている。


『牛糞は雌牛の足元に隠れました。そこで震えている間に、雌牛が糞を出してくれれば紛れることができるはず。と、ここで、雌牛の肛門がひくつきます。祈りが通じたわけではありませんでした』


 見た目がケンタウロスの雌牛の肛門から、飛び出したのは糞ではなかった。

 拳銃を握った手が肛門から出てくる。

 何が起こっているのか観客が理解するよりも先に、銃口は牛糞に向く。

 発砲。


『牛糞は撃たれて死にました』


 発砲音に導かれて雌ゴリラが舞台に戻って来た頃には、雌牛の姿は舞台から消えている。雌ゴリラは、牛糞の変わり果てた姿をみて息をのんだ。さらに、発砲音が三発。


『戸惑う雌ゴリラの耳に、蟹の事務所からの発砲音が三回響きます。そして、蟹、臼、蜂の死体が投げ捨てられました』


 ヘッドショットされたような傷を額につけた順に、巨漢が自らの意思で舞台にダイブする。その後に、ゆうゆうとケンタウロス状態の雌牛が舞台に戻ってくる。


「筋肉もゴリラ、牙もゴリラ。そして燃える瞳と脳みそは、原始のゴリラという見込みは間違いなかったようだな? お陰で邪魔者が排除できたよ。役にたってくれて、助かった」


「栗がいないときから、もしかしてと思ってたけど、やってくれたわね」


「なぜ、怒る? お前が殺せないから、あたしが代わりに手を汚しただけだ」


「ふざけないで。私はね、蟹たちにアンタたちが殺した猿は、本当に素晴らしい男だって知ってほしかったのよ。そして後悔して、お墓参りにでもきてくれたらいいなって思っていただけなの――はじめから殺すつもりはなかったわ」


「猿が雌ゴリラにとっては、お前を愛してくれた素晴らしい存在というのと、蟹連合にとって殺したい相手だというのは、別に相反しない。どちらか一方が正解ではなく、どちらも正しい。合わせて本当の猿になるんだよ。わかるか?」


「あいつの最低な部分すら、私は愛せるって言ってるのよ」


「愛だのなんだの、ゴリラではなくまるで人間じゃないか。まぁ、どうでもいいか。貴様も死んでもらうのだからな」


 雌牛の肛門から出てきた銃が火を吹く。

 あっさりと雌ゴリラは弾を避ける。


「いかんな。この姿のままでは、狙いが甘くなるようだ」


 雌牛はケンタウロスのような状態から、上半身と下半身が分離する。


「ちょっと、隼人はやと。台本を無視しないでよ」


『そもそも、ケンタウロスみたいな時点で、それは本当に雌牛だったのでしょうか?』


澄乃すみのもどうしたのよ? 変なナレーション入れないでよ。まだアイドル研究部の持ち時間があるのに、このあとどうするつもりよ?」


「残り時間は、感情を爆発させりゃいいんだよ。いいか、撫子なでしこ? 感情に蓋をするな。お兄ちゃんが手本をみせてやる。こんな風によ」


 おもむろに雌牛の下半身は上半身とキスをする。


「非常識にもほどがあるでしょ。こんな大勢の前で、はるかほ姉ちゃんを辱めるな!」


「なんだ? 雌ゴリラ役の撫子は、猿役のひかるってのと、キスしてなかったのか?」


 撫子が顔を赤くするのが、隼人は嬉しくて仕方がないようだった。


「やることやってんじゃねぇか。だったら、照れるなよ」


「殺す」


「おう、全部ぶつけてこい。さっきの連中じゃ、満足できなかったんだろ? お前がスッキリするまで、付き合ってやれるのは、兄である僕だけだからな」


   ∀ Ψ Ո  ∀ Ψ Ո  ∀ Ψ Ո


「みんな、喜ぶでござるよ。文化祭の体育館のステージの使用許可が出たでござる。にくにくフェスティバルで発表できなかった、ももクロの『走れ!』を発表できるでござるよ」


「いやよ」


「あの大雨のせいで、ついに披露できなかった我々の夏の思い出が、今回一つの形になるでござる――って、浅倉あさくら殿? いやよ。って否定したでござるか?」


「何よ! 変なこと言ってないでしょ。だって、光がいないのに」


 二学期に入ってから、アイドル研究部は部室に部員が集まっても、お通夜みたいな状態が続いていた。部長の斉藤忍さいとうしのぶの仲間のジャスティスとパワーのアメリカマッチョ忍者二人が増えたところで、去ってしまった浜岡はまおか光の代わりにはならないのだ。

 この状況を打破すべく忍が持ってきたグッドニュースも、撫子にとっては面白くない内容だった。


「でも、浅倉さん。ももクロだって、四人体制になったグループでしょ?」


「元々は六人だったでござるよ」


 シュウと忍の情報で、撫子の心が動くはずがなかった。これだから、女心のわからない男どもは役に立たない。


「なでなでの気持ちもわかるけど、あの夏の練習をなにかしらの形にするのは大切だとは思わない?」


「自分を曲げるぐらいなら、切腹するわ」


 ジャスティスとパワー、アメリカンな二人が驚愕する。


「介錯は拙者がすればいいでござるか? 『走れ!』のインストを流しながら体育館の舞台上で切腹するのは、想定とは違うものの、文化祭での伝説になるのは間違いないでござるからな」


 軽く想像してみたのか、シュウは笑いをこらえるのに必死のようだ。常識人枠のお前がそれでは駄目だろうと思い、澄乃は頭をかく。

 光がいる頃の澄乃は、楽をさせてもらっていた。猫をかぶっているだけで、良かったのだから。


「斉藤くんの気持ちもわかってあげなよ。この時期に文化祭の体育館の使用許可をとってきたのはすごいんだよ。それでなにもしないのは、もったいないよ。だから、かわりのことで――切腹以外に全力を出せることはないの?」


 真面目に考えはじめた撫子は、なにかを思いついたのか顔をあげる。


「――兄と呼ぶのも嫌な男との兄妹での殺し合いならば全力を出せるわ」


「せめて、アイドルっぽい内容を考えてよ。だいたい殺し合いもガチでやるつもりでしょ? 演技の範囲でなにかない?」


「それでござるよ、立花たちばな殿――演技! アイドルといえば演じる能力も必要でござる」


「なるほどね、一理あるかも。なでなでのワガママだから、台詞が多い主役をはってもらいましょう。なんだかんだで器用な斉藤くんは準主役ね」


「拙者は演技なんて出来ないでござるよ」


「そのキャラを本気でやってる時点で、問題ないでござるわ」


「立花さん、語尾だけで見事に煽ってるなぁ。うぉっと」


 シュウは舌を出しながら、慌てて澄乃から目を逸らした。覚えておけ、演目が決まりしだい、お前にはとんでもない役をやってもらうからな。


「ねぇ、澄乃。演目次第では、光の写真を舞台に置いておくことが出来ないかしら? それで、仲間の一員って感じがだせるなら妥協点として我慢できるかもしれないわ」


「いいね。その気になってきたわね。でも、ひとつ確認しておきたいのだけど、なでなでって、演技得意だっけ? なにか、モノマネをやってくれない?」


「いきなりね。それじゃあ――」


 一度深呼吸をしてから、撫子は右目を閉じる。


「祈るな!! 祈れば手が塞がる!! てめェが握ってるは何だ!?」


 気圧された忍が、慌てて逃げる。跳躍し、天井の角に両手で掴まって避難した。

 ベストな逃げ場所を奪われて焦ったのが、ジャスティスとパワーだ。星条旗柄の忍装束を着た二人は、いきなり殴り合いをはじめる。ダブルノックアウト。両者とも撫子と戦わずに済んで、嬉しそうに気を失っている。


「ごめん。ちょっと、なんのモノマネかわかんないんだけど」


「嘘でしょ、澄乃。右目閉じてるから、ベルセルクのガッツだってわかるでしょ? もしかして、スクライドのカズマと勘違いさせたかな?」


 どちらも、撫子の兄の隼人の好きな作品だというのを、澄乃は知っていた。嫌っていると言う割には、影響を受けている。いまの撫子の中には、ちゃんと兄がいるというのも、気付いた上で受け入れてもらいたいものだ。


「いや、本当に似てたのよ。疑ってるのなら、あいつから漫画借りてから帰宅してよね」


   ∀ Ψ Ո  ∀ Ψ Ո  ∀ Ψ Ո


「事情はわかったよ、澄乃ちゃん。明日、学校に持ってくよ。いま、僕の部屋で遥が裸で寝てるからさ。用意できねぇんだ」


 撫子と隼人は実の兄妹だが、隼人だけは父親が再婚する前の家に住んでいる。複雑な理由があって選んだと周囲には思われているが、隣の家に住む幼馴染みの遥と中学二年から付き合っていて、やることやり続けたいという単純な理由だろう。

 玄関を開けて澄乃の応対をしてくれてはいるものの、隼人は裸足だった。


「相談する時間もありませんか?」


「浜岡光ってのを文化祭までに見つけ出して連れ戻すのは可能だよ」


「え?」


「ん? 相談って、それじゃなかったのかよ?」


「いえ、浜岡光に関することで正解です」


「じゃあ、なんで驚く? もしかして、僕一人でなんとかするって勘違いさせたか? 借りれる力は総動員して文化祭までってことだから」


「疾風さんやユウジさんに力を借りたとしても、すごすぎです。調子乗ってた新美をわからせたときとは違って、そんなあっさり解決できるとは思ってなくて」


「簡単じゃねぇよ。だって、撫子が僕らの力を借りるのを納得させる方法なんてねぇからな。詰んでるんだよ――僕はバカだからわかんないけど、撫子にとっちゃ譲れないもんがあるんだろ?」


「さて? すでに『よすが』でなくなってるわたしにも、わかりませんよ」


「青い春を過ごした撫子が、どう成長したか誰も知らないのは問題だな。僕と遥なら、ベッドの上で理解し合えるんだが、撫子とはそうはいかねぇよな――うーん? なら、久しぶりにするかな。兄妹喧嘩でも」


「本物の銃は使わないでくださいよ、殺し合いなら圧勝なんですから」


「あいよ」

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第二次猿蟹抗争〜僕はあの子に蹴られて〜 倉木さとし @miyamu_ra-men_2

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