第二次猿蟹抗争〜僕はあの子に蹴られて〜

倉木さとし

【澄乃】01 猿を愛した雌ゴリラ

 体育館の舞台の幕は、開演予定時間をこえても閉じたままだった。

 幕の内側の舞台上では、蟹と鉢と臼が大道具を配置し終えたところだ。身体の大きい三名がドタドタと舞台裏に戻る。入れ違いで小柄な母蟹が舞台の真ん中に駆け込んで、顔を伏せて倒れた。


「あの女、もっとわからせとくべきだったか!? アイドル研究部を優先しろって僕は言ってただろ。絶命した母蟹だぞ? 舞台上ではぁはぁ肩で息してたら冒頭のリアリティが損なわれるだろ?」


「リアリティをかたるなら雌牛の下半身が喋るな。もっとも、アンタの息がおならぐらいクサいってのをあらわしてるなら完成度高いけどね」


「兄妹喧嘩しないの。幕が開くよ」


 雌牛(下半身)と雌ゴリラの喧嘩の仲裁に入った雌牛(上半身)の指摘どおりで、ゆっくりと舞台の幕が開いていく。


『あるところに猿と蟹がいました。猿は柿の種を拾い、蟹はおにぎりを拾いました』


 母蟹の死体が、まだ観客席には見えない段階でも「猿蟹合戦だね」という声が聞こえてくる。そんな声のでかい観客よりも小さい声で、舞台裏の牛糞が騒ぐ。


「やばいって。慌ててたから血糊のついた母蟹の衣装を着てないぞ。どうす――」


 牛糞が「る?」と言う前に、雌ゴリラが人間の動きとは思えない疾さで飛ぶ。さすが教壇から一番うしろの席までひとっ飛びできる運動神経を持つだけのことはある。俊敏さはゴリラの動きを超越しているようだ。

 雌ゴリラは母蟹に衣装をかけて、舞台が開く前に舞台裏に戻って来た。


『柿の種とおにぎりを交換した両者は、柿の木に実がなった頃に再会します。そして、あの事件が起きました』


 幕が完全に上がり、母蟹の姿だけがライトアップされる。

 雌ゴリラの手で被せられた母蟹の衣装は裏返っていた。

 大事な掴みのシーンが、ぐだぐだになるかと思うやいなや、銃声が響いた。

 六発の音が、長い一発に聞こえるほどの早撃ちだ。

 狙い撃ちされた衣装は舞い上がり、綺麗に一回転して母蟹にかけられる。


『猿が蟹に投げつけた渋柿には銃弾のような威力があり、あっさりと蟹の生命を奪いました』


 とっさのアドリブで雌牛(下)の神業を誤魔化したナレーションは、強引に題名を発表する。


岩田屋いわたや高校文化祭で、アイドル研究部がお届けする演目です。第二次猿蟹抗争〜僕はあの子に蹴られて〜』


 舞台全体に光が照らされると、母蟹の姿はなくなっている。


『物語は、雌ゴリラが猿の墓参りに訪れたことで、再び動き出します』


 お墓には一枚の写真が飾られている。一学期が終わる直前に転校してきて、新学期を迎える前に転校したアイドル研究部の元部員の写真だ。

 初稿の台本では、観客にも見える位置に設置した写真をみつめる雌ゴリラが、台詞を口にする演出だった。

 雌ゴリラの生の感情を優先したことで、うまく言語化出来ていない台詞だった。だが、逆にその青さが心に訴えてきて、練習段階で劇は成功すると皆で喜んだものだ。


「――」


 だが、本番ではその台詞を全てカットした。

 雌牛(下)が、全責任をとるという条件のもと、雌ゴリラの表情だけで勝負する演出に賭けたのだ。

 雌ゴリラの表情が鮮明にみえるのは観客席の前のほうだけであり、後ろにいくにつれて、見えなくなる。もっとも、アイドルのライブだって、自分の席からではろくにアイドルを見えないことだってざらにある。

 なのにライブで盛り上がれてしまうのは、アイドルに会場が支配されているからだ。


 雌ゴリラの表情を肉眼で捉えた最前列の観客が息を呑んだ反応は、その隣、後ろの観客にも影響を与える。やがて、最後尾の観客にまで広がっていく。

 体育館の壁に背を預け、ステージに興味なく話していた連中すらも、自然と雌ゴリラの姿を一度は確認してしまっている。

 一度でも見てしまったら、彼女の演技から逃れられない。


『猿は本当に死ななければならなかったのだろうか? 事実として、猿は墓参りに訪れるものがいる程度には、慕われていました。それはなにも、雌ゴリラだけではありません。雌牛も悲しみながらやって来ます』


 舞台に雌牛があらわれる。フォルムがケンタウロスみたいなのは、上半身と下半身で担当をわけて、二人で一役を演じているせいだ。

 牛柄衣装の中で、雌牛(下)は雌牛(上)の背中に頬ずりしながら、舞台上でセクハラしないように自らを律しているはずだ。あるいは、すでにセクハラされているかもしれないが、雌牛(上)は顔に出さず演じきる。


「責任を感じてしまいますね。あたしのうみ落としたものが、今回の事件に関わっているみたいだから」


「アナタが牛糞を落としたもの? にわかには信じられませんね」


 雌牛(下)が尻尾のついた尻を観客席に振ってアピールする。


「純粋な雌ゴリラですね。もしかしてアイドルが排泄するのを信じないタイプですか? ちなみに、あたしの愛した男は元アイドルがアダルトビデオにデビューした際のインタビューで、歌って輝いていた頃に、実は枕してたのが判明して興奮します」


「与太話はこれぐらいにしてくれないと、ケツを蹴り上げてしまいそうです――猿が殺された際の話をしてもらえませんか? 牛糞の関係者である雌牛なら、詳しい情報を持っているのではありませんか?」


「合戦の勝者である蟹たちが、不都合な真実を隠してると思うのも無理はありませんね――あたしが語るよりも、蟹に直接きくのが一番ですよ。なにか土産を用意すれば会ってくれるのではないでしょうか?」


「土産ですか――そもそも猿と蟹は食べ物で揉めたのですよね。土産も食べ物のほうが喜ぶのであれば、ちょうど猿の墓前に飾ろうと思っていたものがありまして。これでいいか助言をもらえますか?」


 おもむろに、雌ゴリラが懐に隠していたものを取り出す。

 それは、まばゆい光を放ち、体育館を真っ白に染める。

 暗転ではなく、光に包まれた中で、大道具や小道具を入れ替える段取りだ。

 いままで、雌牛(上)の素肌ばかりを、衣装の中で雌牛(下)が見続けていたのは、このときのためだ。

 分裂した雌牛の下半身が、上半身をお姫様だっこして袖に戻ってくる余裕まであった。さすが、やるときしかやらない男である。

 ナレーションはサングラスをかけていて、光をものともしていなかった。観客の視界が元に戻ったのを反応で探りながら、台本を読み上げるペースを調整する。


『雌牛の助言により、光り輝く食べ物は当初の予定通り猿の墓前に供えました――そのかわり手土産として、雌牛がすすめてくれたものを用意した雌ゴリラは、なんとか蟹との面会を許されます』


 舞台上は蟹の家が大道具で表現されている。冒頭で死んだ母蟹の遺影が飾られているだけで、蟹の家っぽく見えるのが不思議だ。

 遺影の前に立つ巨大な男は、高枝切り鋏を右手にも左手にも一本ずつ持っているので、どこからどう見ても蟹である。


「猿蟹抗争の隠された真実を知りたいとのことでござったな? しかし残念ながら、タダでさしあげられるような内容ではないでござる」


「わかってる。だから、そっちが隠してる真実と、同等以上の価値のものを土産として用意した」


「雌牛からも同じ話をきいてるでござる。好奇心がくすぐられ、会おうと思ったでござるよ」


「勿体ぶるつもりもないから、教えてあげる。おにぎりよ。アンタの母親が柿の種を猿から奪い取るほど、価値のあるものでしょ?」


「侮辱でござるか? 奪い取ったのは、猿のほうでござるよ」


「でも、アンタは私が持ってきたかやくごはんのおにぎりを、奪い取らずにはいられないと思うわ」


『雌ゴリラが取り出したのは、爆弾のついた栗でした。三角おむすびのご飯のように、爆発物が具にあたる栗をつつむように貼り付いています。コードはさながら海苔のようにも見えます』


「お仲間を助けたければ、真実を話して」


「隠された真実などないでござるよ。それこそ、昔から母と馴染みのある連中なら、息子の知らぬことも存じているかもしれないでござるが」


「すでに、栗から真実をきいているわ。それで、アンタのいうところの昔馴染みの栗が、息子のアンタも知ってるって言ってたから、答え合わせをしたいわけ。そうでしょ、栗? 黙ってないでなにか言いなさい」


 爆弾おにぎり(栗)は、パペット人形を改造したものだ。雌ゴリラがパペットの口を動かすように手を動かす。人形の動きに合わせて、声色を変えたナレーションが生命を吹き込む。


『た、たすけてくれ』


「被害者面はやめて。それに栗は色々と話してくれたから、これ以上は私の手で危害をくわえないって約束したでしょ?」


「この狂ったゴリラめ! いま助けるでござる、栗のオジキ!」


 高枝切り鋏の切っ先に引っ掛けるようにして、蟹が栗を奪い取る。


「私の予想どおり、やっぱり奪い取ったね。そのまま渡してあげるから、答えてよ。栗からきいた話だと、アンタの母親は柿の種だけでなく他にも奪い取ったものがあるんだよね?」


「なんだ? タイマーが動き出したでござるぞ?」


『ぼんくら息子が、雌ゴリラ様から説明される前に、バカな真似をしたせいだろうが。勝手なことしたら、時限爆弾が起動するようになってたんだ。クソが。どんな親に育てられたんだ、ばかやろうが』


「仲間割れをしないでよ。あと、どんな親って、こんな親でしょ」


 タイマーが進む中、雌ゴリラは背景として飾られていた母蟹の遺影を雑に持っていた。


「汚い手で触るなでござる」


 またしても蟹は、器用に高枝切り鋏を使いこなし遺影を奪い取る。


「なんでも自分のものにしたいのは、母親譲りの精神なのかしら? 栗の話では、柿の種だけじゃなく、木を育てるための土地まで猿から奪い取ったんですってね?」


 タイマーがゼロに近づくのが気になっていて、蟹は雌ゴリラの話をきいていなかった。


「確認したいことは、まだあるわ。猿は、どんな植物も我が子のように育てていたの。その優しい猿から奪い取った柿の種を『チョン切るぞ』って脅して負荷ストレスを与えながら育てたっていうじゃない? 真実なら母に代わって息子が謝るのは筋よね?」


 パペット人形の栗を、爆弾にみたてて緊迫した演技を続けるのは素人には難しい。少しでも意識を他に逸らさせようと、ナレーションが援護する。


『適度にストレスを与えるほうが、野菜も甘くなるというのを雌ゴリラは脳筋なので知らないようでした』


「あー! うるさいでござる!!」


「残念ね。会話にならないようなので、出直してくるわ」


 手をヒラヒラと振ってから、雌ゴリラは舞台裏に消えていく。


「待つでござる。どうやったら、このタイマーは止められるでござるか?」


『落ち着け、蟹のボン。止め方なら、先に教わっている』


「本当か、栗? それをはやく言うでござるよ」


『教えるのは、雌ゴリラが去ってからという約束があったんでな――だが、もういいはずだ。巻き付いてるコードを切ってくれれば、爆発しないはずだから。頼む』


「コードは二本ある。どっちでござるか?」


『どっちでもいいんだ。はやく切ってくれ』


「どっちでもいいなら、なぜ雌ゴリラは立ち去ったでござるか?」


『テンパってるお前と会話にならないから、出直してくるって話だったろ? はやく切れ。その鋏は飾りか?』


「お前は、なにもしなければ死ぬから、そういうしかないでござるよな。拙者は逆に、なにもしなければ死ぬことはないでござる」


『あ!?』


「母の蟹を殺され、猿を殺したことで血のバランスシートは保たれたはずだったでござる。しかし、栗が殺されたなら、死者の帳尻は合わなくなる。ゆえに、必ず報復をすると誓うでござるよ」


 サムズアップしたまま、蟹は後ろ歩きで安全な場所まで避難していく。


『ふざけるなよ。お前が切ればいいだ――』


 栗は最後の台詞を言い終える前に爆発してしまった。激しい煙が舞台を包んでいる間に、大道具を入れ替えるのだ。

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