坂上製陶所~時を繋いだ大皿の夏~

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

陶器の輝き、時の煌めき、爆ぜる情熱。

 あの夏からすべてが始まった。そう、すべてが間違いなく始まったのだ。


 坂上陶器製作所は、江戸時代からの由緒ある歴史を持つ、藩御用達や宮内省御用達の看板が裏打ちをするように、古い軒先に吊り下げられている。

 工場も工房と一緒の店内も歴史を感じさせる、と言えば聞こえはいいかもしれない。でも、本当はボロボロなだけ、そう、汚らしいとさえ、私には思えてしまう。

「環奈、学校行く時間でしょ!」

「今行く!」

 軋んで音のなる床を走り、私はランドセルと背負うと、店先へと走り下りる。

 床は土間だから土そのもの、そう、土がむき出し、そこに古くから使われている什器が置かれて、父や母の作品が飾られ、売られている。

「いってきます!」

「いってらっしゃい!気を付けてよ!」

 苛立つ母の声に背中を叩かれるように、建付けの悪くなったガラスの引き戸を開けて出てゆく。

 外の町並みは綺麗そのもの、我が家とは大違いだ。

 改装された店先に陶器が並び、ガラスのケースなどで近代的になった店内のいくつかを見つめながら、私はそっと舌打ちをして哀れとも寂しさとも、何とも言えない気持ちになった。

 陶器の町、岐阜県、瀬田川市。

 私の生まれ住む、寂しい街。

 街中を流れる川を挟んで、ところ狭しと陶器を扱う店や工房が並ぶ街、新進気鋭の陶芸家、インテリアデザイナーなどの店、いや、ショップが並ぶ中で、振り返ってみれば、私の家はあばら家のように立っていた。

 原因は母だ。

 そう、母の我が儘なのだ。

 祖父、祖母、そして父は、私が5歳になる前に死んでしまった。

 そこから、母は頑なになった。

 昔はいろいろな話を聞いてくれて、大好きな母だった、けれど今は四六時中、難しい顔をして、切羽詰まったような作品を作っては荒れている。

 私のこともおざなりになるほどに。

 ランドセルに背負われていたのが、今は背負うまでになり、来年には中学の制服に袖を通すというのに、成長に沿って母とは距離が開いてゆく。

 家に帰れば、自分の部屋でYouTubeを見て、祖父が残した小説集を読んで、買い置きされた弁当を食べて、お風呂に入って眠る。

 売り上げが悪いから、母は夜に働きに出て、家では一人、もう、ずっと続いている。

「おはよ、環奈!」

「おはよ、りん」

「昨日の……」

 同級生が親しく話しかけてくるのを、私は相槌を打ちながら、そつなく相手をする。

 外に遊びに出ない私とは、対照的な同級生は、同じ陶器町に住んでいながら、別世界の住人のようだった。

「今日の転校生の話って知ってる?」

「転校生?」

「うん、男の子だってさ、昨日、真由美が言ってた」

「明後日には終業式で夏休みなのに?」

「でしょ、普通は夏休み終わったら、が定番なのに……、でも、イケメンらしいよ」

「なにそれ?」

「十四郎じいさんとその子が知り合いなんだって、あいさつに来た時に見かけたらしいよ」

「ふぅん……」

 真由美は苦手だった。

 スクールカーストの上位にいる女の子で、瀬田川陶芸協会の会長を長く勤めている「十四郎じいさん」の孫だけれど……、私には合わないタイプの子だった。

 十四郎じいさんは98歳だというのに、80代前半にしか見えない若々しく元気な人で、ときより我が家にやってきては、母に小言を言って去ってゆく。

 母はぎりぎりまで会わないようにするから、私がいつも話の聞き役だ。

 私の曽祖父で有名な職人だった「四郎」に6歳の頃に弟子入りし、旧坂上製陶所で鍛えられて一人前の職人となって独立した。なので、名を変えた「坂上陶器製作所」が心配でたまらないらしく、甲斐甲斐しくやってきては、母の作品に厳しい指摘をして去ってゆく。

「あの爺、ほんとにムカつくわ」

 母の口癖だ。

 その癖、指摘が正しいものだから、母は何一つ言い返せずに、愚痴を溢している。

 自分の作品に対する正当な評価を受け入れることができているから、母は、まだ、まともだ。

 きっと、それが無くなったとき、私の家は破滅するのだ。

 学校の机に座れば、周りは華やかだ。私はただ、見向きもされなくなった町の陶器オブジェみたいに、椅子に座って授業を聞く。

 教室の黒板脇のポスターを視界にいれないようにして。

『瀬田川市展覧品評会・工房コレクション10月開催!』

 瀬田川陶芸協会に所属している工房が参加する展覧品評会、毎年、新しい作品を出品して評価を得る100年以上続く歴史あるものだけれど、問題は「子供部門」があることだ。

 作品を出さなければならない。

 それが憂鬱で仕方なかった。

 絵が描けない、線が引けないのだから。

 幼稚園の頃から絵が上手くかけなくなった。

 絵を描こうとすると、呪いのように指先が震えて書けない。

 祖母が心配して大きな病院で検査もしたけれど異常なし、心の問題だということになったけれど、心当たりもない。

 3年生までは何とか描いて出していた。

 けれど、今はまっさらな大皿を一枚、出すだけ。

 大皿を作ることだけは何故か得意、これも呪いみたいだ。

 教室の雰囲気が変化したので、顔を上げると、いつの間にか、目の前に知らない男の子が立っていた。

「なに?」

「家が坂上製陶所なんだよね?」

「今は違う、坂上陶器製作所」

 転校生の男の子だ、朝礼で紹介されていたけれど、私は全く気にしてなった。

 名前は確か、藤堂匠、そう、たくみだ。

 クラスの女子が騒ぐのも分かる、私でも普通に話しかけられたら、きっとそうなちゃうと思う、でも、今の彼は酷く機嫌が悪そうに、眉間に皺を寄せて、鋭いまなざしで私を睨みつけていた。

「どっちでもいいや、今日、学校終わったら行ってもいい?」

「なんで?どうして?」

「どうしても。あと、十四郎も一緒に行くから」

「十四郎じいさん、呼び捨てはよくないよ、あ、真由美も……」

 ちらっとそちらに視線を向けると、敵意丸出しにこちらを睨んでくるグループが見えた。

「来ないよ……。それに四郎さんとの約束だから……」

 辟易したような彼の声と、そして、ぼそぼそと四郎さんと曾祖父の名を口にして、彼は私の話も聞かずに離れていった。

 それから放課後まで、私と彼は会話することはなく、まるで話などなかったかのように、私はあばら家に帰宅した。

 母が夜の仕事へ出て行く勝手口の鍵が閉まる夕方、入れ違うように車の止まる音がした。

「環奈ちゃん、いるかい?」

 古びたカーテンの引かれた立て付けの悪いガラス戸の先に、十四郎じいさんの声と影が街路灯の光の下で揺れている、その隣には、同じくらいの背丈の……、彼の影が見える。

 カーテンを引くと二人が立っていた。

 ただ、二人ともお揃いのツナギを着ている、消防士のような派手なオレンジ色、彼はいいとして、十四郎さんはとても似合うものじゃない。

 彼の手には、確かな重さのある大きな籠があった。

「こんばんは、環奈ちゃん、ちょっと入らせてもらうよ、お母さんには許可は取ってあるから」

「う、うん」

 そういえば母が仕事に行く直前に、扉を激しく叩いてきた、私は寝たふりをして避けたから、きっとこの話をしたかったのかもしれない。

「さ、兄貴、行きましょう」

「……、うん。久しぶり……」

 十四郎じいさんが、彼に、そう、告げた。

 確かに、兄貴と、しっかりとした言葉で、そう、告げた。

 98歳のお爺さんが、ひ孫ほどの年齢の子供に、優しく、それでいて確かな敬意を感じさせる口ぶり……。

 彼、いや、匠くんの足は動かなかった。

 躊躇うように、暗い店内をじっと見つめて、その視線は右から左へ、上から下へと彷徨う。

 店の奥、古い賞状などが飾られている埃まみれの棚の端で視線は立ち止った。

 とたん、彼の目が潤んだ。

 唇を歪ませて、奥歯を噛みしめるように、喉をゆっくりと鳴らし、見上げて鼻を啜る。

 十四郎じいさんは、ぽろぽろと涙を零して、匠くんの背中を叩く。

 見つめていた先には、古い写真が飾られていた。

 曾祖父の四郎を中心に、後列に昔の職人さんたちが、前列に小さな子供たちが並んでいる。

 四郎の前にいる6歳の小さな男の子が十四郎じいさんだと、教えてくれたことを思い出した。

「お爺さんとお父さんが使っていた工房は、そのままかい?」

 十四郎じいさんが涙声で聞いてきたので頷けば、匠くんが風のように店の中を駆けて行った。

 呼び止める間もないほどの速さで、一分一秒を惜しむかのように。

「小屋は使ってなかったね」

「うん、お父さんがそのままにしておいてくれって言っていたって、おじいちゃんからの遺言だからって……お母さんが言ってた」

「そうか、おじいちゃんは伝えてくれていたのか……、兄貴、きっと喜ぶだろうな」

 勝手口の扉が開いて、店先から奥までの長い廊下に月光の光が差し込む。

 その先に小屋がある。

 トタンの屋根と壁板を張り付け、小窓が勝手口を向いてはめ込まれているだけ、祖父と父はその窓の下にある机で絵付けをしていたのをよく覚えている。

 窓に明かりが灯った。

 机の上に吊り下げられた蛍光灯の光、もう、灯ることなんてない失われた光だ。

 二人が死んで、母もあのようになってしまって、寂しさから忍び込んだこともあったけれど、あの蛍光灯は付かなかったはずなのに。

「兄貴はきっと自分でできるから、環奈ちゃんは……」

「聞きたいことがたくさんあります」

「うん、きちんと説明するよ、あの写真の前でね」

 十四郎じいさんが写真を指さして、そして柔らかく微笑む。

 とても、うれしそうな笑みだった。今まで見たことのある笑みの中でも、一番に素敵な、それでいて無邪気な、そう、子供っぽいとさえ思える笑み。

 両手で宝石でも扱うように額縁を持ち、詳しくはないからわからないけれど、A4のプリントほどの大きさのそれをレジ台の上でひっくり返し、留め具を一つ一つ外してゆく。

 裏蓋を外すと、古く変色した封筒が一つと、『昭和8年7月、店前にて』と筆で書かれた墨文字が裏書されていた。

「この写真には秘密があるんだ、これはお父さんも、お母さんも知らない」

「うん、だってそれは、おじいちゃんが動かしたらいけないって散々言ってたもの」

 だから、掃除もされずに埃まみれになっていたのだから。

「じゃぁ、まずは封筒からだね」

 額縁と同じように深い皺の手で封筒を取り出し、そして表面へと返した。

『平成の藤堂匠君へ 昭和の坂上四郎より』

 驚くしかなかった。

 私も会ったこともない曾祖父が、知ることなんて絶対にない、生まれてすらないというのに。

「次はこれだよ」

 言葉を発することもできず、ただ、驚いていた私に、今度は写真が表替えされる。

「これ……」

「そう、兄貴だ」

 写真の端、額縁の縁に隠されていた部分に、左半分だけの匠くんが映り込んでいる。

「何かのいたずらなの?それに兄貴って……」

 思わず疑ってしまいそうなほどに、できすぎた話だ。

 兄貴だってそうだ、昔、店名を変える前までは、師弟関係や弟子関係があって、後から入ってきた者は、先輩を兄貴と呼んだ。

 だから、父は十四郎じいさんを兄貴と呼び、十四郎じいさんは、祖父を兄貴と呼んでいた。

「兄貴は兄貴さ、俺よりも先に修行していたんだからね」

 そう口にして、懐かしそうに写真を眺めた十四郎じいさんは、その視線を勝手口の先へと向けた。

 明かりの元で筆を手に持ち、きっと持ってきた皿に絵付けをしている匠くんの姿が見える。

 祖父や父と同じようなしぐさ……、いや、ようなではない、同じだった。まるで祖父や父が生きていた頃のような、面影が重なる。

「ちょっと、不思議で面白い話をしよう。兄貴の話をね」

 昔語りのように、懐かしむように、写真をレジ台にしっかりと広げながら、話をしてくれた。

 昭和元年、大正から昭和へと成った8月の暑い夏の日に、匠くんは目を覚ますと、うちの店先に立っていた。

 何がどうなったのか、わからない状態で、右往左往していると、店の奥にいた鉢巻を巻いた男から怒鳴られ、耳を引っ張られて店の中へと連れていかれたらしい。

 曾祖父の四郎は、その時に修行に追い出された子供だと勘違いしたらしい、後々になって勘違いしたことに気が付き、頭を下げて詫びたそうだけれど、突き放すことはなかった。

「四郎さんがな、お前は筋がいい、ろくろは回せんが、絵付けの腕は本当に上手いと兄貴に……」

「で、あの席でよく絵付けをしていたんだ、すごく懐かしいよ、夜でも騒がしかったのに、今は、虫の声しか聞こえないんだね」

 その声で私たちはハッとして、匠くんを、次に時計を眺める。

 あの出会いから5時間近くが過ぎていて、母が帰ってくる時間が迫っていた。

「ほら、これ見たことあるでしょ」

 差し出された平皿を私は受け取って見つめ、息を呑む。

 絵描かれた菖蒲の美しい花が咲いていた。和洋折衷、祖父の四郎が得意とした作風で、幾度となく眺めたことがある。

 けれど、それを上回るほどの繊細な線と大胆な構図は……。

 祖父や父すら、その絵には敵わないだろう、そして、四郎すらも……。

「僕はさ、東京に住んでいて絵画教室に通っていた、今でも絵を描くけど、ちょうどこの店の前に立った頃は4年生でいろいろなことにチャレンジしたんだけど、全部ダメ、そうしたら、そんな不思議なことに巻き込まれて、そこで四郎さんから、沢山のことを教えてもらったんだ。こっち側で物事がうまくいくと店で修行できる時間がどんどん短くなっていく、昭和8年7月は数時間しかいることができなかったけれど、短い時間でも四郎さんは、色々な技を必死に教えてくれて……。7月の末で僕は皆と会えなくなって寂しかったな……」

「兄貴に会えなくなったこと、師匠はかなり辛かったようで、しばらくは、ぼんやりとしていましたよ」

 十四郎じいさんが、少し笑いながらそう言い、そして、封筒を匠くんへと差し出した。

「兄貴、家に帰ったら読んでみてください、きっと、面白いことが書いてありますよ」

「中身を知っているの?」

「ええ、みんなで馬鹿なことを考えたんです、師匠も便乗して、でも、本気で書いていました。まさか、現実になるなんて思いもしなかったのですが……」

 言葉の最後は弱々しく悲しげだった。そしてその視線は、私と匠くんを交互に見つめると、やがて、ふっとした柔らかな笑みへと変わった。

「さ、そろそろ、帰りましょう」

「うん、また、来ていいかな?」

「いいよ、みんなのこと、この製陶所のこと、四郎さんのこと、教えてほしい」

 私の鬱憤の溜まった、憂鬱だった気持ちが、この家に対してのつまらない感情が、さっぱりと消え去って、匠くんの話が気になってしかたがない。

 二人が帰るのと入れ違いに母が帰ってきて、話を半信半疑になりながら聞いてくれて、そして、匠くんが残していった絵付けの皿を、しばらくぼんやりと眺め続けた。


 夏休みなると毎日のように匠くんは来て、エアコンもないあの小屋で絵付けを始めた。

 私と母の生活も一変する。

 母は夜の務めを辞めて、作品に向き合い、そして私にも向き合ってくれている。

 そんな私も今では毎日、小屋で粘土を練っては、ろくろを回す日々だ。素焼きまでを電子窯で行い、しばらく使うことのなかった昔ながらの焼き窯を、十四郎じいさんが声をかけたかつての仲間たちと共に直して、8月の終わり、私がろくろを回し、匠くんが絵付けをした一つの大皿を窯に収めた。

 窯に火を入れ、老爺や老婆ばかりの窯前で、兄貴と呼ばれる少年が、必死に火を見つめて、周りから教えてもらいながら、火守りを務める。

 真っ暗な闇の中で、赤々と輝き、加減を見ながら薪を投げ込んでゆく匠くんの傍で、私も必死にそれを手伝う。

 ふっと、そこで気がついた。

 匠くんの横顔が、こんなに大変なことをしているというのに、楽しそうに笑っている。

 真剣な表情をしながら、時より、笑うのだ。

 それは、父の横顔によく似ていた。

 いや、祖父の横顔にも、母の横顔にも、それは、真剣なものだけが、本当に好きなものに取り組んだものだけが魅せることのできる、「真剣な笑顔」だ。

「楽しいか、環奈ちゃん」

「え?」

「いい笑顔だ、とってもいい笑顔だよ」

 窯の中の炎を見つめながら、どうやら笑っていたらしい、十四郎じいさんが、とても嬉しそうに笑い、グッドのハンドサイン(サムズアップ)を私に向ける。

「うん!」

 私も同じしぐさをして、みんなで笑う。

 母も同じように笑ってくれて、あの暗かった頃が嘘のように。

 やがて、一枚の大皿が焼きあがった。

 割れるかもしれない、ダメかもしれない、と不安にもなって、それが表情に出るたびに、匠くんが拳を握り親指を立てた。

「大丈夫、あれだけ真剣にやったんだから、土の神様も助けてくれる」

 土は混ぜ合わせることも必要で、私はそれを研究してテストして回った、こんなに陶芸に取り組んだことはなかったと思う。

 いろいろな人に教えて貰い、自分なりの考えも入れたのだ。

『最高の出来だよ、筆の流れで分かる』

 絵付けをしてくれた匠くんの声に、私はなにか報われたような気がして、安堵から大声をあげて泣きじゃくった。

 匠くんは優しく抱き留めてくれて、慰めてくれたのを、覚えている。

 とても恥ずかしいけれど、すごく幸せだった……。

 焼きあがった大皿は最高の出来だ。

 欠けも割れも釉薬のヒビもない。

 その裏面は匠くんがどうしても入れたいと筆文字で『坂上製陶所』と横並びで『匠』『環奈』と名を記した。

 その大皿は『瀬田川市展覧品評会・工房コレクション』に坂上陶器製作所の作品として出品することとなったが、評価の会場で、それに異議を唱えたのは真由美とその両親だった。

『誰か大人がろくろや絵付けで手を貸したに違いない』と疑いの眼差しを向けられる、でも、私と匠くんは拳をぎゅっと握って笑い合った。

 そう言われて嬉しかった。それは最高の誉め言葉なのだから。

 そして会場の一角であるビデオがテレビに映された。

 工程のすべてを母がスマホで撮影していて、それが流されたのだ。

 粘土を研究する私の姿から、大皿を作り上げる私、そして、時間をかけて下絵を書き上げ、流れるような筆さばきで絵付けを施す匠くん。

 二人で名入れをしたところまで撮影されていたのは、とても恥ずかしかった……。

 やがて、映像を見ていた大人達から声が漏れた。

 私と匠くんが窯の前で、火守りをする姿が映し出されたのだ。

 私たちは息がぴったり合っていて、ときより見つめあっては笑い、そして、火を見つめる。

 ぼんやりと見つめているとすっと手が握られる。

 真っ赤な顔をした匠くんが、私の手を握っていて、私もしっかりと握り返す、そして頬が熱を帯びてゆく。

 やがて、窯出し、大皿が私たちの手で取りだされる決定的な瞬間まで、すべてが収められたビデオが終わると、周りから拍手が沸き起こった。

 真由美もご両親も、私たちに拍手をくれていた。

 職人だからこそ、理解できるものがある、真剣に取り組んだものだからこそ、分かり合えるものがある。

 それは間違いなくあるのだと、その拍手は信じることができるほどに。

 もちろん、その後の評価はとても公平で、私たちの作品は3位入賞だったけれど。

 展覧会のために並べなおされた大皿を見つめながら、ふと、匠くんに思いついた意地悪な質問を向けてみる。

「匠くん、もし、坂上の人間じゃないって言われたら、どうするつもりだったの?」

 困ったような顔をして、そして顔を真っ赤にしながら匠くんが俯く。

「……って、言おうとした」

「なに?」

「だから、許嫁だって言おうとした!」

「許嫁!?」

 嫌な気持ちはしない、むしろ嬉しくてしかたない。

 きっと、これが人を好きになるってことなんだろう。

 俯いたまま、匠くんはポケットから折り畳まれたあの封筒を取り出して、私に差し出してくる。

「ほら、読んでみれば!」

 私は受け取って中の便せんを取り出してみる。

 文面の最後にそれはあった。

『もし、孫かひ孫で、女の子がいたなら、それがお前の許嫁だ。坂上を継げ!』

 ふっと視線を感じて顔を上げた先に、窯で指導をしてくれた老人たちが、群れを成して興味深そうに見つめ、やがて、サムズアップを全員が向けてきたのだった。


 名を改めた坂上製陶所の古い店先の奥に一枚の大きな額縁が掛けられている。

 左は昭和の古い写真、右は店前で取られた老人達と一人の女の子、そして、互いの端に見切れた男の子が合わさって繋がっている。


 その下には、一枚の大皿が店先を静かに見つめていた。


 



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坂上製陶所~時を繋いだ大皿の夏~ 八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子) @suzunokisuzunoki

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