第2話【幕間】庭師シュトルスの独白

 あの時の衝撃は今も鮮明に記憶している。


 王立学園の入学式へと旅立たれるサニベルお嬢様を見送りながら、当時のことを思い出していた。



 ――七年前。

 


 振り返ると、あれは突然の出来事だった。

 それまで運動とは無縁で大人しかったサニベル様が、私に剣術を教えてくれと頼んでこられた。


 最初は冗談だろうと真に受けなかったが、まるで人格がそっくり別人へと入れ替わってしまったのではないかと思えるくらい力強い眼差しで訴えるその姿はとても人を騙しているようには見えず、一度だけという条件付きで引き受ける。


 だが、サニベル様が構えた瞬間――驚愕した。


 これまでに見たことのない独特の構えであったが……まったく隙がない。

 おまけにそのあとで放たれた一撃はまるで全身を稲妻が駆け抜けたのかと錯覚するくらいに私を痺れさせた。


 怪我が原因で引退したとはいえ、これでも元国王親衛隊のひとり。

 自分で言うのもなんだが、王国親衛隊は騎士団の中でも実力上位者にしか与えられない限られた役職。


 引退してすでに五年近くになるが、それでも並の騎士には今でも勝てると自負している。

ゆえに、六歳の女の子が放った攻撃をただ茫然と見送るしかなかったという事実に私は震えあがった。


 底知れぬ剣術使いとしての素質。

 この方はとんでもない剣聖――いや、それを飛び越えて剣神になれると確信したのだ。


 翌日にはお嬢様がセナリーと勉強をしている間、公務中の旦那様に無理を言って時間を作ってもらい、この件を伝えた。


「ふぅむ……あのサニベルが……」


 にわかには信じられないといった様子の旦那様であったが、ぜひ一度ご覧になってくださいと念を押したら風向きが変わった。


「本気でサニベルが騎士としてやっていけると思っているのか?」

「不覚にもお嬢様から放たれた攻撃に対し、私は一歩も動けませんでした。あれが木の枝でなく本物の剣であったのならとっくにこの世を去っていたでしょう。スピードもパワーも同年代の子どもを遥かに凌駕しています」

「ほぉ……かつて国王陛下の親衛隊として辣腕を振るった君がそこまで語るか」


 旦那様も心が揺らいでいるようだ。


 ……恐らく、脳裏に浮かんでいるのは長女であるリーティエ様のことだろう。


 サニベル様より三つ年上で、こちらは類稀な魔法使いとしての才能があり、おまけに頭もキレる才女だ。


 一方、サニベル様の評価については家庭教師を務めるセナリーから旦那様へと伝えられているが……あまりよい報告ではないらしい。


 なので、旦那様もサニベル様の扱いに困り果てていた。

 婚約者をあてがおうともしたが、それもうまくいっていないようだ。

 

 だからこそ、騎士として自立した生活力を身につけさせる。

 それが俺の狙いだった。


「……頼めるか、シュトルス」

「お任せください」


 その日から、私はサニベル様に剣を教える師匠役となった。

 もちろん剣術だけでなく、セナリーとの勉強にも取り組んでもらう。


 いずれは姉のリーティア様とともに学園へ通われるのだ。

 剣の腕だけでは留年になってしまうからな。


 それからすぐに事情をサニベル様へ説明し、鍛錬を開始。

 

「ではまず基礎体力作りから始めましょう」

「えっ? 剣術の鍛錬じゃないの?」

「もちろんそれもやりますが、まずはしっかりと動ける体を作ることが大事です」

「確かに……でも、何をすればいいの?」

「騎士団に伝わるトレーニング方法をサニベルお嬢様の年齢に合わせた改良版でやっていきます」


 お嬢様の体調にも配慮しつつもしっかりと実力が身につくようメニューを組んだのだが、これを文句ひとつ言わず毎日休まず続けていった。あのくらいの年齢ならばこだわりを持っても飽きて投げ出してしまうのではないかと危惧したが、そんな不安は杞憂に終わる。


 年齢が上がるたびに鍛錬も厳しくなっていき、学園に入学する年齢の頃になるとその実力はとんでもないものへと成長していた。


 さらに驚いたのは天がサニベル様に授けたふたつの才能。

 それこそが私を圧倒した実力を支えるものであったのだ。

 

 あのふたつがある限り、そう簡単に負けたりはしないだろう。

 もしかしたら学園最強にだってなれるかもしれない。



 ――そして現在。

 

「そろそろ入学式が始まる時間だな」


 庭仕事をしながらサニベル様との思い出に浸る。


 いつもならそろそろ「シュトルス、鍛錬をしましょう」とメイドの作ったサンドウィッチを持ちながらやってくるのだが……全寮制の王立学園に入ったのでしばらくは屋敷へ戻られないだろう。


 落ち着きがないとよくセナリーに怒られていたが、あの快活な声と笑顔を見られなくなると思うと寂しいな。


 それにしても、騎士団を中途半端な形で辞めることになった私に弟子ができるなんてな。

 しかも相手は公爵家令嬢。


 人生とは何があるか分からないな。

 

「さて、ボチボチ昼休憩にするか」


 ひと段落ついたところで昼食にしようと仕事道具を片付けている時だった。


「シュトルスさーん! お嬢様から使い魔経由でお手紙届いてますよー!」


 メイドのピリアが慌てた様子で駆けてくる。

 

「お嬢様からの手紙?」


 しかも使い魔経由となるとかなり急いでいる様子。

 職場で何かあったのか?


「ひょっとして恋文ですか!?」

「バカを言うな。十歳以上も年下で尚且つ公爵家のご令嬢という立場であるお嬢様が、私などを相手にするはずがなかろう」

「そうですかねぇ。傍から見ているとお似合いだと思うんですけど」

「そんなことを言うと旦那様に怒られるぞ」

「うぅ……旦那様って基本は優しい人なんですけど怒ると怖いんですよねぇ」

「怒らせるようなことをするからだろうに……まあ、いい。手紙をくれ」

「あっ、ど、どうぞ」


 ピリアから手紙を受け取ると、すぐに読み始める。

 そこには驚愕の出来事が記されていた。



《わたくしサニベル・ガンシュタインは入学初日にエクレウス第三王子をぶん殴りました。辞表の用意をしておいてください。念のため亡命も視野に入れるように》


「…………」


 この冒頭一行目を読んだ直後、私は庭園のど真ん中で卒倒。

そばで「どうしたんですかシュトルスさん!? 寝不足ですかぁ!?」と慌てふためくピリアの声がどんどん遠のいていくのを感じる。


 本当に……人生とは何が起こるか分からない。

 それにしたってサニベル様――入学初日からなんてやらかしをするんですか!?





※続きは明日の18:00から!

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2025年12月21日 18:00 毎日 18:00

魔捜研のふたり 鈴木竜一 @ddd777

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