魔捜研のふたり
鈴木竜一
第1話 少女は騎士に憧れる
【騎士】という存在に憧れていた。
きっかけは小さな頃に読んだ絵本に登場する女騎士。
体を鍛え、剣術の腕を磨き、王子が救いに来るまで幼馴染でもある姫を守り続けた。
脇役ではあるけど存在感は凄かった。
私のその後の生き方をまるっと確定してしまうくらいに。
この世界にもう騎士と呼ばれる人がいないと知るまで、私はずっと誰かを守る騎士になろうって決めていた。
――それが前世の記憶だと気がついたのは、お父様の書斎に飾ってある豪華な装飾が施された模造剣に触れた瞬間だった。
「サ、サニベルお嬢様!?」
近くにいた家庭教師のセナリーが慌てて私を剣から引きはがす。
まるで置物をどかすように軽々と持ち上げられたので違和感を覚えたけど、こっちでの私はまだ六歳。そんな小さな子どもが鞘に収まっているとはいえ刃物に触れようとしていたのだから、お目付け役も兼ねているサリーはさぞ肝を冷やしたことだろう。
ふとガラスケースに映った自分の姿目に入り、思わずギョッとする。
ショートカットの赤い髪に真ん丸の瞳。
そして素人目にも高価と瞬時に判断できる綺麗なお召し物。
ガンシュタイン公爵家の次女サニベル。
それが今の私の名前と立場。
まるで自分がふたりいるかのような不思議な感覚だった。
「あれは危ない物ですから、触ってはいけませんよ」
「どうしても?」
「どうしてもです」
セナリーは愛用している黒縁の眼鏡をクイッと指先であげながら言う。
いつも思っていたけど、この人って美人だよねぇ。
目つきが鋭いからちょっと怖い印象もあるけど、本当はとても優しいネコ好きのお姉さんというのを私は知っている。あっ、ちなみにネコ好きなのは周りに隠しているらしい。あとおっぱいがデカい。
……それはともかくとして、可愛らしい一面があるけどちょっと真面目すぎるっていうのはあるかな。あのお父様が二十五歳という若い女性に教育係を任せるくらいだから信頼も厚いみたいだけど。愛人とかじゃないよね?
まあ、それはともかく、私は思い出してしまった――騎士に憧れていた前世の記憶を。
そして、願っていても叶わなかったあの頃とは違い、この世界には騎士と呼ばれる者たちが確かに存在している。なんだったら私の住んでいる屋敷にも常駐している護衛騎士がいるくらいだ。
問題があるとすれば……今の私は騎士と呼ばれる存在から遠く離れた公爵家の令嬢であるという点。
それでも私はあきらめきれなかった。
なんとかして騎士になれないものかと頭を捻るが、それをピーリアに止められる。
「さあ、お勉強を再開しましょう。次は魔法史でしたね」
「えっ? お、お勉強?」
そうだった。
私は十三歳になったら入学する王立学園での授業に向けてセナリーと勉強の真っ最中だったのだ。
「ねぇ、セナリー……今日はもうたくさんお勉強したと思うんだけど……」
「テキストの三十二ページを開いてください。まずは属性別の基礎魔法を確立させた緋色の魔女ことシャリマー・オルヴァンが王城へ仕えるまでの生い立ちについて――」
スルーされた。
完全に家庭教師モードのスイッチが入ったセナリーによるみっちり三時間のお勉強タイムが続き――ようやく解放されると、私は真っ直ぐ屋敷の庭園へと向かった。
花が好きなお母様のために作られたここには季節を問わず色鮮やかに染まっている。
それを管理しているのが専属庭師のシュトルスだ。
「こんにちは、シュトルス」
「これはこれはサニベルお嬢様。ご機嫌麗しゅう」
何気ない挨拶でさえ慇懃に深々と頭を下げる礼儀正しさ。
さすがは元王国騎士団所属。
礼節もしっかり身についている。
怪我の影響で今は退団したみたいだけど、腕前はかなりのものらしい。
彼なら私の師匠役にピッタリだ。
「今日はシュトルスにお願いがあって来たの」
「私に? ……分かりました。なんでもおっしゃってください。このシュトルス・ウェンダーソン、可能な限りにお嬢様の力となりましょう」
「じゃあさ、私に剣術を教えてよ」
「け、剣術でございますか!?」
「うん」
「無理でございます!」
めちゃくちゃ驚かれたし物凄い勢いで断られた。
そりゃそうか。
昨日までの――前世での記憶を取り戻す前のサニベル・ガンシュタインはそんなにまるで興味がなかったわけだし。
それに、公爵家の令嬢に本人が望んでいたとはいえ剣を教えたことがバレたらシュトルスの立場も危うくなる。
――でも、ここで引き下がるわけにはいかないんだよねぇ。
憧れていた騎士という存在が当たり前に存在しているこの世界で、ただ指をくわえているだけというのは性に合わなかった。
私は頼み込んで一回限りという条件で型を教えてもらうことに。
……とりあえず、シュトルスは押しに弱そうなタイプなので今後も強引に頼めば鍛錬をしてくれそうなのでひと安心。
「ではまず、自分の思ったように構えてみてください」
「分かったわ」
言われるがまま、私はシュトルスが手入れの際に切り落としたちょっと長めの枝を剣に見立てて構えている――と、急に彼の目つきが変わった。
「お嬢様……その構えは誰かに教わったものですか?」
「えっ? あぁ、なんとなく?」
「そうですか」
嘘である。
実は昔の癖がモロに出ちゃってたのだ。
騎士に憧れていた私はせめて剣を振るう雰囲気だけでも味わいたいと小学校から地元の県道クラブに所属し、中高も剣道部に入っていた。これでも結構いい成績で、高校へはスポーツ推薦で入れるレベルだ。
なので、自然と剣道の構えになっていたんだけど……それがこちらの世界ではとても珍しいフォームに映ったようだ。あまり変わらないように思えるんだけどなぁ。
不思議そうに眺めていたシュトルスはおもむろに私が手にしているのと同じサイズの枝を手にした。
「私に全力で打ち込んでみてください」
「いいの?」
「どうぞ」
まあ、六歳の女の子を相手にしているわけだから、そうなるよね。
深呼吸を挟んでから、私は渾身の一撃をシュトルスへと叩き込む。
次の瞬間、自分が思っている以上に体が軽く、さらに力強い振りができた。
「えっ――」
たまらず声が漏れ出る。
自分が六歳であることを忘れていたけど……前よりも力強い一撃が放てた。
十代半ば以上の力が出る六歳児ってどうなのよ。
その威力は強く、シュトルスの持っていた太い枝は真っ二つに切れて宙を舞っていた。
「お、お嬢様……今の一撃は……」
「なかなかいいでしょ?」
自分自身でも信じられないスピードとパワーだったけど、咄嗟にそれを悟られないようこれが当たり前ですって態度を見せる。
「え、えぇ、お見事でございました」
「これなら騎士になれるかな?」
「騎士でございますか?」
目を丸くするシュトルスだが、このひと言で稽古をつけてほしいといった理由に気づいたようだ。
「お嬢様は騎士を目指されるのですか?」
「うん。実はずっと前から関心があったの。もちろん危険なのは百も承知だけど。誰かの役に立ちたいって思っていたんだ」
これについては嘘じゃない。
あくまでも前世の話だけど。
それに家の方は長女であるお姉様がなんとかするはず。
私の百倍は優秀な人だし。
「そうでしたか……旦那様にはもうお伝えに?」
「いやぁ、それはまだなんだよねぇ。きっと反対されるだろうし」
問題はそこだ。
けど、ここでシュトルスから意外な言葉が返ってくる。
「どうでしょう。私は応援してくださると思うのですが」
「えぇ? ホントに?」
疑わしいけど、やけにシュトルスは「きっと大丈夫!」と自信満々。
私としてはお父様公認となってくれた方がやりやすいので喜ばしいんだけど……とにかく一度話をしてみるべきだと勧められたので、明日のセナリーとの勉強が終わってから話をしてみよう。
翌日。
公務を終え、いつも通り書斎でくつろいでいたお父様のもとへと足を運び、シュトルスに言われた通り騎士を目指したいという希望を告げた。
お父様は――
「分かった」
と、短く返事をする。
「よろしいのですか?」
「おまえがやりたいというなら好きにしなさい。庭師のシュトルスは元騎士団の人間だ。彼の手ほどきを受けるといいだろう。私の方から話をしておく」
「あ、ありがとうございます!」
まさかこんなにもスムーズに話が運ぶとは予想外だった。
でも、これからは遠慮なく剣の鍛錬に力を注げる。
もちろん、王立学園に入るための勉強も欠かさない。
文武両道。
公爵令嬢であればどちらもしっかりこなさなくてはいけないからね。
――そして、シュトルスに弟子入りをしてから七年の月日が流れた。
※正午にも投稿予定!
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