アニミズムの功罪

荒木明 アラキアキラ

第1話

 私は今存在しているのだろうか。


 文明が発達し、生き抜く、という言葉が滅んでいくにつれ、人間は人間同士の関りを必要としなくなっていった。一人でも生きていける世界が誕生したのである。

 2273年現在、あるアンケートで、約64%の人間は、全く人の顔を見ない一年間があると答えた。

 それは初めのうち、いや今でも一部の人間にとっては幸せに思えることだった。しかし、多くの人間にとっては精神の安定さを欠くようなものだった。

 そして人間、特に日本地域に属する人間は、ある思想に行き着く。


 アニミズム。

 万物に霊魂が宿るとする思想だ。

 それ自体は古くからあったが、近年社会問題として取り上げられるほど、過剰となってきている。


「テディ」


 彼女は優しく私に声をかけた。

 人間特有の、唇から漏れる柔らかい息を、私に吹きかけて。


「」


 私は声帯を持っていないので、声は出ない。


「私は映画を観たいかなぁ」


 彼女は〈私の言葉〉に返事をした。

 さて、〈私の言葉〉とはなんだったのだろう。


 私はテディベアだ。

 デパートなんかに売っている、茶色い毛皮とぼてっとした四肢を持つテディベア。


 私は彼女の想像によって、なんとも中途半端に、存在している。

 私に依存することが、彼女にとって良くないことは分かっている。しかし、離れることはできない。私の綿を詰めた可愛いだけの四肢は動かないからだ。それに、私は彼女の中でしか存在しないのだから。離れたくない、消えたくない、そういった意思すらも、私は一人で持つことはできない。

 だからこそ、彼女に言いたいことがある。

 私が、これだけ彼女を想っているということは、彼女がそれだけ自分を想えているということだ。

 お願い、どうか気づいて。

 ベッドの上のテディベアは、毛に埋もれた黒い瞳に、一人の人間を鈍く反射させていた。

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アニミズムの功罪 荒木明 アラキアキラ @ienekononora0116

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