第2話

 しかしその時だ。突如聞こえた謎の声。同時に不可思議な現象が起きたのである。

 体感ではすでに五秒ほど経っており、通常ならトラックに激突されたバスは大破し、その衝撃で恐らく自分は命を……。


 だがいつまで経ってもトラックが向かって来ない。いや、これは……。


「……トラックが……止まってる?」


 違う。トラックだけではない。良く見れば周りの景色そのものが停止していた。人も車も、空を飛んでいる鳥でさえも、まるで時が凍り付いたかのように。


「こ、これは一体……!」


 何が起きているのか混乱している最中、再びあの声が聞こえてくる。


 ――そろそろ正気に戻ったか?


「え? だ、誰だ?」


 刹那、周囲が弾けたと同時に光が溢れ、思わず両腕で目を覆ってしまう。

 そして光が収まったのを感じ、恐る恐る目を開いてギョッとした。

 そこに広がっていた光景は、一言でいえば宇宙そのもの。漆黒の中に、煌めく無数の星々が浮かんでいる。


「な、何だよココ……っ!?」


 瞠目すると同時に、背後に強烈な気配を感じて振り向く。視界に飛び込んできた〝ソレ〟に、これまでで最大の驚愕を得る。

 眩しいまでの白銀に彩られた巨大な物体。いや、巨大なんてものではない。先が見えないほどの体躯が視界を覆い尽くしている。その圧倒的な存在感は、目にしているだけで気を失いそうになる。


「――ほほう。俺の姿を見ても意識を保つか。やはり本物だぜ、お前」


 そしてコレだ。日雲を見下ろすその姿。頭部と思わしきソレを見上げて息を飲む。


「っ……ド……ドラゴン……ッ!?」


 言葉通り、一見してそう思わせる風貌だった。頭頂に生えた二本の角に細長い輪郭。鋭い真紅の瞳と、星でさえも丸のみしそうなほどに大きな口から覗く牙。それはまさにアニメや漫画などで目にしたことのあるドラゴンそのもの。


 ただイメージと違うのは、あまりにもバカげているとしか思えない巨体と風格。日雲の全身は震え発汗が止まらない。それほどまでの濃密な圧力を感じる。


「ふむ。しかしよもやこんな小せえ奴が俺の統合者候補だとは怖れいったぜ。なあ、矮小な存在よ」


 見下す言葉。もっとも誰が見ても明らかに格が違う相手なのだから仕方ないだろう。だが日雲には、その言葉にカチンとくるものがあった。


「っ……誰が矮小な存在だ! 小さくても俺は自分の命に誇りを持ってるんだよ!」


 夢か幻かなんて分からない。ただ自分の命が軽んじられたように感じて、黙っていられなくなった。そんな日雲の態度に、ドラゴンが一瞬目を見開くが、どこか愉快そうに口端を上げる。


「この状況で啖呵を切るか。いいぜ、そうでなくてはな、人間」

「ていうか何なんだ、お前! ココはどこだ!」


 一度大見得を切った以上はそれを貫く。たとえ相手の不快を買ったとしても、喧嘩を売ってきたのは向こうなのだから後悔はない。

 この時の日雲は、いろいろあり過ぎて冷静さを失っていた。もっともこの極めて不可思議な状況でまともな思考ができる者はそういないだろうが。


「ココは俺の管理する空間だぜ」

「管理する……空間?」

「おっと、そういやまだ名乗ってなかったな。良く聞けよ、俺の名は――イデヲス」

「イデ……ウォス?」

「そう。時空の管理者であり、『神ノ一ツ柱』だ」

「は……はあ? じ、じくう? かみ? かみって神様の神ってことか?」

「まあ神に関してはどうでもいいぜ。大事なのはココが俺の管理している空間であり、何でそこにお前がいるか、だろ?」


 確かにそうだが、神という言葉も凄い気になる。昨今流行っている神様転生で異世界に行く物語が思い浮かぶ。何故なら先ほど、日雲も死にそうな目に遭っていたし、そういう状況で異世界転生するパターンの創作が多いからだ。


「あー別に異世界転生とかじゃねえぜ」

「知ってるのかよ!?」


 思わずツッコんでしまった。だってこんな規格外な存在が、地球の文化に詳しいなんて誰が予想できようか。


「俺の管轄は地球も含まれてるんだぜ。そこに根付く文化も知ってて当然だ」

「え? 地球が……管轄だって? つまりあれか? アンタは創造神で、地球を創ったって話か?」

「勘違いするな。管轄といっても、別にそこにあるすべてを俺が創造したわけじゃねえ。そうだな……簡単に言えばよぉ、家の敷地内って感じか。お前、敷地内にあるすべてのモノを制作したわけでも、そこに息づく虫や植物なんかもお前が生み出したわけじゃねえだろ?」

「それは……確かに」


 敷地内というのは自分が管理する場所で、他人が不法に侵入することは許されない。しかしながら、その中に存在するありとあらゆるモノを把握しているわけでも、創り出したわけでもない。


「つまり地球はアンタの管轄に存在するが、実際に生み出したわけじゃないってことか?」

「そういうことだ。というよりそんな話はどうでもいいんだがなぁ。お前は俺が何のためにお前とこうして接触したのか、その理由が知りてえんだろ?」

「……ああ。アンタが神だってのはまあ……一応理解した。あの時、事故の瞬間に時を止めたのもアンタだろうしな。それにこの訳の分からん空間」


 宇宙空間に放り出されている気分は今もある。しかし呼吸は問題ないし、ここが本物の宇宙でないことは分かっていた。だが時間を停止するわ、こんなとんでもない空間を生み出すなんて神でもなければ不可能だろう。


「いいぜ、物分かりが良い。それじゃ本題といこうか」


 日雲は、自称神とやらの言葉を、息を飲みつつ待つ。そして静かに相手は口を開く。


「俺は、お前と統合するために来た」

「……とうごう……統合か? いや待て、統合って俺と一つになるってことじゃないだろうな?」

「その通りだぜ」

「なっ……冗談はよしてくれ。俺は普通の人間だぞ。神とやらが興味を惹くような存在じゃないし、そもそもドラゴンと統合するなんて……」


 そんな怖い話があるだろうか。ドラゴンになりたいなんて考えたことはないし、こんなバカでかい図体になったらゲームも読書にし辛くて仕方ない。絶対に勘弁である。


「安心しな。お前は間違いなく俺と統合できる存在だぜ。だからこうやってわざわざ来たんだしよぉ」

「……何で俺なんだ?」

「波長が合ったからさ」

「波長?」


 彼は波長に関して説明をした。

 何でも広大な宇宙に存在する生物には、それぞれ〝魂色波長〟というものが存在し、人間の指紋のように個々で異なっているらしい。


 だが極稀に、ほぼ同一の波長を持つ双つの存在がいる。言うなれば双子に似た感じだという。


「長かった……何百、何千、何万と年月を重ね、ようやく出会うことが叶った。俺と同じ魂の色を宿す存在。それがお前だ――針原日雲」





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銀河の時空管理者 ~神と名乗る時空竜と一つになりまして~ 十本スイ @to-moto

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