第5話 姫のお世話は騎士の務め
時計を見る。少し早いか……だが、余裕を持っておいた方がいいだろう。
ギリギリで起こして準備に焦るのは、姫を守り、世話をしている騎士としては不安だ。
遅くてはマズイが、早くて悪いことはない。
「入りましたよ、姫。起きてください」
上から顔を覗き込む。
気持ち良さそうに寝ているこの顔を起こして、崩してしまうのはもったいないが、スマホで写真だけ撮影しておき、ここは心を鬼にして――。
自分の欲望を抑えつける。
深く深呼吸をし……、アイサの肩を揺さぶった。
「姫」
「ん、ぅん……?」
「起きてください、もう朝ですよ」
むにゃ、と言いそうな口の形から、一瞬で覚醒したようで――ぱち、と開いた目が俺を見た。
「な、ななっ⁉」と掛け布団を蹴り上げながら飛び起きたアイサが、ベッドのスプリングを利用して跳ね起き、はしたない(でもカッコいい)蹴りを繰り出してくる。
飛んできた小さな足を掴んで、バランスを崩して倒れてもいいようベッドに落下するように調整をしてから、アイサの手を離す――。
「む」
が、アイサは寝起きとは思えない俊敏な動きで、もういちど跳び上がった。
その蹴りは、俺には当たらなかったものの、俺を部屋の外へ押し出すには充分だった。
俺の足が廊下に出た。
アイサが、扉を強く閉めて部屋にこもってしまう。
「おまっ、おまえ!! 妹の部屋に入ったな⁉ カギかかってたのにっ!」
「かかっていましたけど、いつものことですよ」
「いつものことならわたしが嫌がることも知ってるはずぅっ!!」
「もちろん。ですが、遅刻してはマズイですからね……親父にだって怒られますよ。ので、強行突破しました。姫の着替えも手伝いますよ。ええ、心配せずとも口外はしませんから、ご安心ください」
「おまえが見てるじゃないかぁ! あと、着替えを手伝わせたことはない!!」
ドアノブをガチャガチャ回すが、扉は開かなかった。
扉の向こうでアイサが必死に押さえているのだろう。
何度か説得を試みたものの、いつもの通り開く気配がなかったのでここは諦めた……早めに起こしたことで、時間には余裕がある。俺が手伝う必要もなく、時間通りに登校できるはずだ。
「姫、ひとりで着替えられますか?」
「あったり前だ!! られるっての!」
「しかし……寝ぼけた時の姫は、肩紐ずり落ちたキャミソール一枚でリビングまでてくてく歩いてきますからね……あれは目の保養にはなりますが、だらしないです。もちろん可愛いですけど……そういう意味なら俺に悪影響なのでやめていただきたい。あ、どうせならあの格好をスマホで撮らせてくださいよ、俺が楽しむだけなので」
「しんでも撮らせてたまるもんか。いいから――リビングでまってろ!」
「……そうですか、では、仰せのままに」
ひとりで着替えられる年頃になったか……寂しい気持ちだ。
ガサゴソと音がするアイサの部屋。
気になって扉に耳を当てると、向こう側から強い衝撃があって耳を離す。
……う、衝撃が抜けてきた……。アイサが俺の気配を感じ取り、扉を強く蹴ったのだ。
「い、いるんじゃん!」
「リビングで待ってますから、早く来てくださいよ、姫」
今度こそ、俺はアイサの朝食を準備するためリビングへ戻った。
振り返ってみれば、アイサも変わったものだ。
昔は「兄さま」と遠慮がちに呼んで、おとなしい女の子だったのに。
今では口調も乱暴になっている。されるがままの女の子ではなくなったのなら、兄としては安心できる。寂しい部分も確かにあるが……。
妹の早い反抗期と思っておこう。
そうは言っても、俺だけに向ける口調ならまだいいが、外でもちらほらと出てきている荒い口調も、そろそろ直した方がいい。姫はお淑やかな方がいいだろうし。
「姫、おはようございます」
「……おはよう、兄さん」
アイサは俺のことを鬱陶しがっている……当然、それは見ていれば分かる。
分かっていながら見ないフリをしていても、妹の変化に目ざとく気づくものだよ、兄貴は。
それでも、嫌ってはいないようで……「兄さま」ではないものの、俺のことは「兄さん」と呼んでくれていた。
きちんと着替えたアイサはパジャマ――薄手のキャミソールから水色ワンピース姿になっていた。まだ整っていない(寝癖あり)長い金髪は、後で整えて差し上げるとして……、俺は手を差し出す。ついつい、出してしまった様子の妹の手を取り、ぐっと引いた。
「さ、食べましょう」
「ん……っ、あのっ、自分で座れるし食べられるから! わたしのフォークをもつな、食べさせるなちかづくなっ!!」
姫の小さな手で顔を押しのけられる。……本能で手取り足取りお世話してあげたくなるが、さすがに妹も十歳だ、大半のことは自分でできるだろう。
「もう全部ひとりでできるし!」
「本当ですか?」
「……できるしぃ‼」
少しの間があったが、最終的にはできると宣言した。
少しだけ見せてくれる弱味は、家族の中では俺にしか見せない。
実は過保護を嫌っていながらも、まったく世話を焼かれないというのも不安なのかもしれない。うんうん、俺は分かってますよ、姫。
「……わたし、もう『おとな』だよ」
「はいはい。じゃあさっさと食べて学校へ行く準備をしてしまいましょう」
作り置かれていた朝食(ちょっとアレンジを加えて)を食べながら。
妹の汚れた口元を拭って――食事を終える。
遅れてアイサが「はっ⁉」と気づいて俺をひと睨みするも……ん? なにか思い出したようだけど、どうして睨まれてる?
分からず、首を傾げておくと、アイサは「むー」と。
高く振り上げた拳をそのまま引っ込めた。
その後も、妹の出発準備を手伝う。というか全部やってやった。
着替えはもう完了しているので、櫛で髪を整え、ランドセルに教科書類を詰めて……薄くメイクをする。これは誤魔化すためではなく、アイサをさらに綺麗にするためのものだ。
「よし。……もう大人、ですか? ここまでされてるのに?」
「おまえがしたいと言うからやらせてあげてるんだからな?」
「じゃあ、明日からは手伝うのをやめましょう」
「ははっ、兄さんにそれができるの?」
「…………」
……ちくしょう、言い負かされた。
俺にはできない。……この妹、兄の心理をよく分かっていらっしゃる。
「明日も、お世話をさせてください」
「しかたないなー…………いや、ダメっ! おまえはやりすぎるからダメっ!」
「ほどほどにしますから」
「…………まあ、それなら、まあ……」
結局、お願いすればやらせてくれるアイサ姫である。
不安を煽るチョロい妹だ……。ほんと、学校サボって小学校へ行きたいくらいだよ。
#
アイサを小学校へ送り届けた後……さて、ここからそう遠くはない高校へ向かうわけだが、さすがに徒歩だとギリギリの登校時間になりそうだ。
走っても……余裕はないか。
というのはいつものことなので、道から外れてレンタル自転車スペースへ。
スマホで決済し、小型の電動自転車をレンタルする。自転車を使う距離でもないのだが……、こうでもしなければアイサを送り届けることが認められなかった。
アイサを送って、俺が遅刻をしていたら外野がうるさいからな。
アイサを近所の同級生に預け、登校班を作って通わせる案もあったが、採用したくはなかった。信用できるかよ。不安で心が押し潰されそうだ。
だったら毎日のレンタル自転車代を自腹で払ってでもいいから、俺が妹を送り届ける。天秤に乗せたら妹がなによりも優先されるのは自明の理だった。
自分の手で小学校の校門をくぐらせるのが一番確実だ。
正直、今だって離れたくないが(一度死んでるようなものなので、俺なんか学校なんて行かなくてもいいだろ……とは思っているけど……生きてる以上はさすがにな)……妹からの責める目を浴びたら真面目に通うしかない。
レンタル自転車を返却スペースに停めたところで、声がかかった。
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魔女狩り×魔女喰み[まじょがり×まじょばみ] 渡貫とゐち @josho
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