夜に近づいてくるもの
投稿者:3年E組 上ノ下真魚果
みなさんご存知、都市研OGの
彼女は映像とか写真の道に進もうと考えていて、卒制としてタイムラプス映像を撮ることにしたのです。
どんな映像にするか? 彼女はひらめきました。
遠くまで見渡せる景色を長期間撮影して、夜だけを切り取って空や人工的な明かりの移り変わりを見せる素敵な作品です。
チルいBGMとともに展示すれば、とってもそれっぽい感じになるはずです。
彼女のおじいさんの作品が現文の教科書に載ったことで周知のとおり、彼女の家はお金持ちな上、おじいさんが趣味のハイキングで使っていたカメラを持ち出すことができました。
昼夜問わず撮影ができ、防水防塵耐熱性能を備え、純正オプションのソーラーパネルも付いているかなり高価なものです。
最新機種ではないとはいえ、盗まれなくて本当に良かったですね。
カメラは穴をあけた大きな缶をかぶせて隠し、授業で使っている木工の工房の軒先に設置しました。
本当は屋上がよかったのですが、先生に却下されてしまったので、しぶしぶ学校の敷地の端から伸びる細い道の先を一点透視で真正面から映すことにしました。
賀光さんは正直あまり期待できない絵面だなあと思いつつも、初めてのタイムラプス撮影へのワクワク感を優先して、もしかしたら意外な自然の営みやなにかのハプニング映像が取れるかもと思いなおしました。
彼女は基本的にとても前向きなのです。
さて、そんなこんなで一週間後、賀光さんは試しにそれまで撮れた映像を早回しで再生チェックしました。
雲がダァーッと流れ、夕立がグワーッと降って止み、暗くなって星空が回り、また夜が明ける。
それが何度も繰り返されます。
残念ながらスクープ映像とはいきませんでした。せいぜい一度、近所のワルい男の子たちがたむろしているのが撮れていたくらいです。
だけど概ね予想通りの映像が撮れたことに彼女は満足でした。
自画自賛しつつ何度か再生するうち、ふと、あることに気づきます。
夜の画面の時、道の先にかすかな光が灯っているのです。
その道というのは、少し先で線路の高架橋をくぐり、その先の田んぼ道につながって、一番奥はよく見えないほど長く続いています。
つまり、映像にある位置が光っているとすると、田んぼ道の真っ只中に光源があることになります。
街灯にしては位置が低いし、そこまで明るくはないし、昼の画面にはそんなものは映っていません。
どこか別の明かりがレンズの中で反射して映り込んだ可能性も考えられます。
いわゆる〈ゴースト〉というやつですね。
逆光の時とかに写真をたくさん撮るとたまに心霊写真みたいになって面白いアレです。
とはいえその時のそれは目立つものではなかったので賀光さんは深くは考えず、また次の日から撮影を再開しました。
たまにバッテリーを変えたりレンズを拭いたりしつつおよそ二か月経ったころ、いよいよ撮影を終えて編集作業の始まりです。
長く回していたのでメモリが足りなくなったのか、それとも故障か、終盤の数日は白いノイズばかりで撮れていなかったものの、数分間のムービーを作るには十分な素材が撮れていました。
さっそく一日目から昼部分を切り取って、夜をつなげていきました。
数日分の夜をつなげた時点で試しに再生すると、新たな発見がありました。
例の光源は動いているようで、大きさが変わっていたのです。
それは連続で比較しなければわからないほどわずかな変化でした。
次の夜、そのまた次の夜をつなげると、やはり動いています。
それだけではありません。
単純に動いているのではなく、徐々に大きくなっているのです。
一日、また一日とつなげていくとだんだん大きくなるその光は、最初はるか遠くの田んぼ道にあるはずでしたが、ある時、高架橋の脚と並んでいることに気づきました。
それは大きくなっているのではなく、近づいてきていたのです。
毎晩誰かがそのあたりでスマホゲームでもしているのでしょうか?
はじめは拡大してもぼんやりとしてなんだかわからなかったそれを改めてズームアップした賀光さんは、思わず息をのみました。
それは縦に細長く、真っ白い人影のように見えたのです。
夜が明けて日光に照らされると消えてしまうようで、日没とともに同じ場所に出現し、一晩中ゆっくりゆっくりとこちらへ移動しているらしく、どう考えても生きている人間ではありません。
なんということでしょう。心霊映像が撮れてしまいました。
恐怖と好奇心、そしてわずかな自己顕示欲を感じながら賀光さんは画面の中の夜を延長し、その人影の動向を辿りました。
それは不思議なことに、全力疾走に似た姿勢をとっていながらもスローモーションのようにゆっくりに見え、しかしそれにしては歩幅の何倍も速いスピードで、カメラに向けて一直線に向かってきます。
やがてその姿が鮮明に見えてきました。
月明りを受けて淡く浮かび上がる、生きた人間ではありえない真っ白の肌は、まるで白と黒が反転した影のようにわずかな凹凸すら認められませんでした。
その目鼻のないのっぺらぼうの顔だんだんと迫ってきて、レンズとの距離がゼロになると画面は真っ白になりました。
これがこの世のものなら、いくら白くてもレンズに密着すれば多少は暗くなります。
やはりこれは幽霊か妖怪です。
さて、ここでその道についての豆知識を紹介しましょう。
クマ高の敷地は
その部室棟とクラブハウスの間を
ちょっとおかしいレイアウトだと思いませんか?
なぜこんな土地に余裕のある田舎の学校を、わざわざ元から道路が通っているところに被せるように建ててしまったのか?
しかも都市研究部が調べたところによると、木工場の前を横切っている道路は公道ですが、正面に伸びるあの道は高架下の十字路の部分までが学校が整備した私道になっているのです。
ちょっと歩けば部室棟かコートの脇に代わりの道はあるのに、どうしてそんな必要ない道が敷かれたのでしょうか?
そして運動部員は知っていると思いますが、クラブハウスと道を隔てるフェンス際になぜか古いお地蔵さんがあるのです。
その理由について、私が聞き込んだ限りは学校側にも詳しく知る人はいませんでしたが、不思議なことに教師も生徒も皆、あの一見平和そのものの細い道に共通する曰くを口々に語るのです。
あの道は文字通りの霊道だというのです。
夜遅くまでクラブハウスに残っていた運動部員が、お経のような低い声が通り過ぎていくのを聞いたという話もあります。
つまり、賀光さんが撮ってしまった白い人影は正真正銘の心霊現象なのでした。
この世のすべての女子高生がそうであるように、撮影した賀光さんも当然テンションがあがります。
その勢いのままものすごい速さで編集を終わらせて、数日後には担任の美術の先生に提出しました。
工房の教員室で動画を再生しながら、これで卒業制作展の話題はすべていただきだと、彼女の口の端は緩みっぱなしでした。
映像を観終えた先生が、ゆっくりとドヤ顔の賀光さんを振り向いて一言。
「これは……作品ではないねえ」
おお、なんというロマンの欠如か! 話題をさらうどころか、卒制として認めてすらもらえませんでした!
しかも動画や音楽を流すための会場側への申請期限は過ぎてしまっていて、このままでは留年になってしまいます!
その後は登下校中だろうが授業中だろうが常にカメラを構えて必死に写真を撮りまくり、なんとか代わりの作品を用意して留年を免れたのでした。
あわや落第……半端ない恐怖だったぜ、と彼女は語ってくれました。
私この話好きなんですよねえ。
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5B-03
身内が投稿すな
ごめんて
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