主人公になりたかった星

蔡琳珂

第一章

プロローグ

二十一世紀の半ば、地球は夜に飲まれた。


それは気象でも戦争でもなかった。

歴史のいかなる記録にも該当しない、名を持たぬ事象。

ただ、人類はそれを恐怖のあまり、ひとつの言葉で呼ぶようになった。


──暗黒。


二〇三〇年。

それは海鳴りのように、しかし確かな意思をもって現れた。

どこから来たのかは誰にも分からない。ただ、世界中の観測機器が一斉に異常波形を示し、次の瞬間、幾つもの都市の空が『揺らいだ』と報告された。


暗黒は形を持たなかった。

いや、正確には持っているように見えたが、それは観測者の脳が勝手に意味づけているだけだった。

焦げた影、歪んだ獣、巨人の腕、無数の眼──。

見る者の恐怖の形を借りるように、それは変化した。


ただひとつだけ、共通する性質があった。

暗黒は、生きた情報を捕食する。


暗黒が人間に触れれば、肉体は吸い上げられるように溶け、記憶も感情も神経の火花も、その人の一生が凝縮した情報が黒い核へと流れ込んだ。

吸収されるほどに暗黒は強くなり、姿はより恐ろしく複雑になった。


人工の武器は通じなかった。

銃弾はすり抜け、爆薬は影を揺らすだけ、レーザーは干渉すら起こさない。


人類はただ逃げることしかできなかった。


絶望が地球を覆い尽くそうとしたその年、世界のあちこちで奇妙な噂が生まれた。

「光で影が裂けた」

「人の手から星光が走った」

「闇を退ける人間がいる」


それは神話ではなかった。


古代より微睡むだけだった『光の力』──

人間の生命情報を秩序化し、暗黒の核に干渉する力──が、暗黒の襲来をきっかけに覚醒したのだ。


人類は初めて暗黒に傷をつけた。

そして、それは希望となった。


各国は武器を捨て、軍と政府の持つ役割を根底から書き換えた。

行政・立法・司法に並ぶ第四の権力、光能力機関が創設され、光能力の育成こそが人類の未来を左右するとまで言われた。

世界各地に軍事学校が建てられ、そこでは星の等級に応じて若き光能力者たちが戦いの術を学んだ。


だが──暗黒と光の戦いは決して対等ではなかった。


暗黒は吸収した情報量によって六等暗から一等暗へと進化する。

一等暗がひとたび姿を現せば、街ひとつ消えると言われた。


そして五十五年前。

世界で初めて『人類最高位の光』、一等星が誕生した。

その存在は圧倒的だった。

暗黒の進化は止まり、高等級の出現はぴたりと途絶えた。

人々の暮らしは、ゆっくりと、長い夜明けのように、再び日常へ戻っていった。


だが、人類は知らなかった。

暗黒は消えたのではなく、ただ沈黙しただけだということを。


そして二一〇〇年。

人類の脳にチップが埋められ、

掌の端末の代わりにホログラムが使われ、

空は音速を超える旅路となっていた。


──観測機器が、再び揺れを示した。

夜は、静かに帰還する。


世界は再び、影と光の境界へと踏み込もうとしていた。


これは、主人公になりたいと願った一人の少女の物語である。

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主人公になりたかった星 蔡琳珂 @sairinka2010

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