第15話 古城の女主人
小高い丘の上にぽつんとその古城はあった。古城というよりもむしろ立派なお屋敷というほうがしっくりくるほどのこじんまりした建物である。
中央にある3階建ての四角い建物は赤茶けた煉瓦造りで、まるでヒビで建物が砕け散るのを守るかのように周囲をびっしりとツタが覆っていた。そして両側の円柱形の塔の上にはくすんだ茶色の円錐屋根が乗っており、1階ごとに小さな明かり取りの窓が開いている。
この王国では良くある形の城であるが、その周囲には高い壁もなく、建物の入り口に見張りもいなかった。しかし、これはそう珍しい事では無い。ここ数百年、王国の治安は落ち着いており戦らしい戦もないため、領主の中には劣化して壊れた外壁をわざわざお金を掛けてまでも修復せずにそのまま無くしてしまう者が多かった。
この城も丘の上という天然の要害に守られていることもあり、馬鹿にならない修復費用を捻出してまで、外壁を維持する必要はないとの決断に至ったのであろう。
だが小さいといえども、さすがに城である。入り口では恐ろしい顔をしたドアノッカーが来客を出迎え、そのびっしりと彫金が施された重厚なしつらえはこの城の格を感じさせた。
ゴツゴツと何度かたたくと、奥から手に灯りを持ったガマガエルを思わせる風貌の男が顔を出した。
「我々は、旅の者です。森の中で日が暮れてしまいました。一夜の宿をお貸しくださいませんでしょうか」
下僕と思われる男はじろりと一行を見る。
ふと、視線をミホスの剣に落した男は一瞬何か考えると彼らに少し待つように伝え、一旦ドアを閉めた。
「目つきの鋭い下僕ですね」
油断なく周囲を見回しマイヤがつぶやく。
「だって、落ちぶれたと言っても一城の主に仕えている召使いですもの、見ず知らずの一行に警戒をするぐらいの頭は持ち合わせているわよ」
屋根のあるところでの宿泊を切望しているシュリンの頭の中にはもうこの城の寝室で白いシーツにくるまって寝る自分の姿が浮かんでいる。剣の扱いは巧みでも所詮はお嬢様育ち、森の中でアリに噛まれたり、ムカデに悲鳴を上げたりするのはもうこりごりというわけだ。
「どうぞ、お入りください。すぐ主人に取り次ぎをいたします」
彼らに告げると、下僕らしき男は姿を消した。
ほどなくドアが再び開き、先ほどの下僕が丁重に彼らを招き入れた。
通された先は、1階の小さなホールで床も壁も天井も古いが磨き立てられた焦げ茶色の木で作られていた。天井から下がったシャンデリアには真新しいろうそくが灯されている。
「こちらにお座りになってお待ちください。すぐに主人がご挨拶に参ります」
「いやにすんなりいったな」
ヘリットは小声でつぶやくと、木彫が施された木のテーブルの周りにぐるりと置かれた椅子の一つに腰をかける。だが、なんだか太もものあたりがぞわぞわしてゆっくりと椅子に体重を預ける気がしない。
今まで厚遇されたという経験の無い彼は、基本的に無償の厚意というものを信じていなかった。他の聖獣家の面々はどっと疲れが出た様子で背もたれに寄りかかっている。
しばらくして、二人の小間使いを従えた背の高い女性が入ってきた。若くは無いが、ふとした仕草に女盛りの妖艶さを漂わせている。優美な身体の線を際立たせるようなぴったりとした黒いドレスに身を包んだ女主人は、大きく開いた花びらのような襟を揺らしながら腰をかがめて優雅に礼をした。
「初めまして、聖獣家の皆様。私はこのあたりの領主をしておりますメデラと申します。領主であった主人の他界に伴い3年前にこの土地を引き継ぎました。それにしてもまさか当家に聖獣家の方々がいらっしゃるとは。何しろこのような辺鄙な土地でご満足いただけるようなおもてなしもできませんが、このようなむさ苦しい館でよろしければ、どうぞお泊まりください」
まるで吸い込まれるような金色の瞳を持つ女主人はにっこりと皆を見回した。
「なぜ、我々が聖獣家の者だとおわかりに?」
ミホスは眉をひそめる。宿屋の親父の豹変から、彼も人に用心するという事を学んだのだろう。
「正当な持ち主が持てば暗闇でも光るその剣の紋章に気がつかぬものはおらないでしょう」
答える代わりにミホスの腹が鳴って、女主人は微笑んだ。
「すぐ夕食を用意させましょう。寝室には小間使い達が案内いたします。部屋にはそれぞれバスタブがついております。すぐに皆様にはお湯をお持ちしましょう。夕食はこのホールで召し上がってください。私もご一緒させていただきますね、久しぶりに都の話などお伺いしとうございますから」
女主人はそれ以上何も言わなかった。都の知らせはまだここまで届いておらぬらしい。
小間使いが聖獣家の面々を階段を上がった2階の個室に案内し、夕食の支度ができたらベルを鳴らしますと言って去って行った。
「まあ、良いご婦人みたいだな」
安心したのかミホスはライカに廊下の一番端っこの部屋をあてがい、その横の部屋をマイヤ、ヘリット、シュリン、一番遠いところに自分、と決めていく。宿代を出さなくても、結局のところ指図するのは彼であった。
「それにしても、ひと気の無い城ね」
部屋に入る前にシュリンが辺りを見回しながらつぶやく。
「なんだか、ずいぶん使われていない気がするわ。だって、ろうそくは今出してきたみたいに真新しいし、通常上り下りしていれば埃がたまらない階段の中央にもうっすらと埃がたまっていたし……」
シュリンは疑わしげに小間使いをじっと見つめる。
必要な事以外には全くしゃべらない、整った顔の小間使い達は二人とも透き通るように肌が白く、シュリンが歩いてさえギイギイ音を立てる床を滑るように無音で歩いて行った。
「お嬢様、バスタブにお湯をいれております」
小間使いが恭しくシュリンに告げる。
「そ、そう。感謝するわ」
先ほどまでの疑念はどこへやら、彼女はにっこりとうなずくと、それ以上の詮索は止めてさっさと自室に入っていった。
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