第14話 最悪のチームワーク

「くそう、やってらんねえぜ」


 ミホスが悪態をつきながら落ち葉を蹴って歩く。

 宿を追い出されて二日目。野宿を続けた彼らは、疲労困憊でとぼとぼ森の中の道をあるいていた。

 うつむいて元気の無い彼らの中でたった一人、獏男だけは我関せずとばかり飄々としている。


「ま、あなたたちが宿に泊まれないのは、自業自得ってことですかね」

「だまれ、獏男っ」


 白目を赤く染めて、ミホスが怒鳴った。

 実は、先ほどやっと小さい宿屋を見つけた彼らは、身分を隠したまま金はないけど泊めて欲しい、その代わりに何か仕事ができないかたずねてみたのである。宿の親父によると、宿屋には年若い三人の息子がいて今のところ力仕事の人手は足りているが、食後の洗い物、掃除、洗濯をやってくれる者が居なくて困っているとのことだった。

 だが。


「しょせん、掃除洗濯台所は女の仕事、我々ができることではありませんね」


 と、ミホスが言ったからさあ大変。

 烈火のごとく怒ったシュリンとミホスの激しい言い合いが始まり、誰も二人の間に入り込めず、やっとのことで旅籠の親父が引き離した。

 もちろんその後、きっぱりと宿泊を断られたのである。


「いつも女性を大切にするのは男の甲斐性なんて言って、実は女性のことを下目に見ていたのね」


 シュリンの怒りは収まらない。まだ身体が本調子ではないのか、苦しそうに大きく息をしながらミホスの後ろから罵りの言葉を浴びせる。


「だいだいあなたはいつだって――」


 シュリンの口撃は今までの件も含めて延々と続く。謝っても謝っても怒りが解けないとわかったミホスはしばらく前から何も言わず、口をへの字に曲げて先頭を歩いていた。しかし、傷のせいかいつもの彼よりはずっと歩行速度が遅い。


「悪いけどシュリン、今は非常事態です。あなたの言うことはもっともですが、ミホスもあんなに謝っているんだしそのしつこい愚痴を止めてくれませんか。雰囲気が悪くなる一方なので」


 マイヤが眉間に皺を寄せてシュリンを見る。

 第三者からの手厳しい言葉にシュリンは唇を噛みしめる。言い返したいところだが、シュリンが引け目を感じるくらい美しい外見の上、行いも完璧なマイヤに対して罵れる言葉はなかった。


 飲み込んだ悔しさが彼女の口元をぶるぶると震えさせ、緑の目に溢れた涙が、ぽろぽろと落下しはじめる。

 しかし、誰も彼女を慰めようとしないため、ますます感情が高ぶるのか、肩をふるわして激しく嗚咽し始めた。

 見かねたのか、ヘリットの後ろから獏男が上着を引っ張る。しばらく知らんふりをしていたが、余りにしつこいのでしぶしぶヘリットはマイヤの背後から声をかけた。


「マイヤ、言葉を選べよ」

「はあ?」ちらりと2色の目がヘリットに冷たい視線を送った。

「シュリンの言っていることは間違ってないし、シュリンの性格を知ってるだろ? 言葉をかけるならもっと気を遣え」


 彼女は一旦激高すると、その怒りは留まるところをしらない。そして下手な声かけや慰めはその怒りの炎にさらに油を注ぐことになりがちだ。感情が収まるまで腫れ物のようにそっと距離を置くしか無かった。


「ヘリット、あなたのその性格が、これまで彼女を勘違いさせてきたってわかってますか? 心にも無い優しいとりつくろいは一番残酷な仕打ちなんですよ」


 振り向いたマイヤはこれ見よがしに大きくため息をつく。


「はっきり言わないとわからない人には、はっきりと言うんです」


 一気に鉈を振り下ろすような断定。確かに言っていることは間違ってはいないが……。実はヘリットは仲間の内でもこのマイヤが一番苦手だった。


「ツッターツツターツッターツツターツツダドツツタドツツダドツツタド――」


 一人列から離れて節を口ずさむライカは別の世界にいる。

 このグループの中で平静を保つには、これが一番良い方法かもしれなかった。

 ヘリットの服の裾を引っ張って、獏男がささやく。


「こんなバラバラな仲間で、あなた達本当に魔族を倒せるんですか?」

「お前が言うなっ、役立たずっ」


 ヘリットは思わず獏の鼻をつまむ。


「ふがっつ、ひゅごへいれいにふかってはんてことしゅるんでっかっ」


 獏男も手を伸ばしてヘリットの鼻をつまむ。


「いっ、いててててっ」

「おまえら、遊んでるのかっ」


 怒りで目を赤くしたミホスが二人の後ろ頭を掴んで、おでこどうしをぐりぐりと擦りつけた。



「あ、あれは何?」


 突然、顔を腫らしたシュリンが丘の上に立つ瀟洒な古城を指さした。城と言っても大きなものでは無い。四角い煉瓦造りの建物とその両側に三角屋根の円柱形の塔が連なっているだけのこじんまりとした古城であった。


「人が住んでいそうだな」


 そろそろ夕闇が濃くなり始め、城の窓辺から灯火が漏れているのがはっきりと見えた。ただ灯火の付いている窓は少なく、居住しているのは少人数のようだ。

 王国といえ、辺境にはまだまだ昔からの荘園とその所有者である領主が残っていた。いずれも規模が小さく王国の治世をおびやかすものではないため、領主制度は黙認されている。彼ら領主は王国の法に従い、毎年の年貢を納めることを条件に、ある程度の自治を認められていた。


「上流階級の方なら、きっと聖獣家に敬意を払い寝床も貸してくれるはずよ」


 涙の残る頬にやっと笑みが浮かぶ。激しい怒りも、シーツを引いた寝床で寝る幸せには勝てないようだった。

 黙ってミホスは古城の方に向かって歩き出す。

 先ほどからしきりと首をかしげている獏男が再びヘリットの服の裾を引っ張った。


「ねえヘリット、ここら辺って誰の領地なんですか? 何か周りに人影がなくて雰囲気が異様なんですが」

「さあね、森と森の境にある小さな所領のあるじの名前なんて知るわけないだろ」

「まさか、盗賊の根城とかじゃないわよね」


 獏家の二人組の話を聞いてシュリンが急に不安そうに辺りを見回す。


「ふん。盗賊ぐらい、俺がやっつけてやる」


 後ろも見ずにミホスが怒鳴った。


「ふうん、じゃあ腕力だけが自慢の獅子王家のお手並みを拝見しましょうか」


 小馬鹿にしたようなシュリンの言葉に、ミホスはぐっと何かを飲み込んだが、すぐさま吐き出すように言った。


「もちろんだ。女を守るのは男の仕事だからな」

「はああ? あんたなんかに守ってもらう筋合いはないわよ。いつだって女性よりも強いつもりでいるの? 力任せに剣を振り回すあんたなんかより、頭を使える私の方が剣の腕はずっと上なんだから」

「なにおっ」


 再び喧嘩をし出す二人。慌てて引き離すヘリットとマイヤ。

それを見たライカが目を輝かせた。


「キタキタキターっ。今日は一段と諍いが激しくて、なんだか刺激されるなあ。ダンダンダンダンダンダンダンダン、ダダッツダダッツダダッツダダッツ、ダダダッダーンンダダダッダーンン、キンキンキンキン、キュイイイイイイ――」


「あの人、本当に幸せな人ですね」


 獏男は鼻歌を歌いながら歩くライカを見て首をひねった。


「仲間として頼りになるかどうかは疑問ですが」

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