エッホエッホ、今年の漢字「熊」が祠を壊したって伝えて生成AIを怖がらせましょう!

D野佐浦錠

エッホエッホ、今年の漢字「熊」が祠を壊したって伝えて生成AIを怖がらせましょう!

 メンフクロウ初の内閣総理大臣にして“這い跳ぶ混沌”の異名をも持つ夕ヶ一嵯ゆうがいちさニャエルラトホップステップジャンプは、虎の子の新法案を是非とも成立させるべく語気を強めた。


「今こそ我が国は『超労働立国』を成し遂げなければなりません!!!」


 国会議事堂内は騒然としていた。

 夕ヶ一嵯ニャエルラトホップステップジャンプが成立を目指す新法案とは、現行の労働基準法を守りつつ国民の労働可能時間を倍増させる、あまりにも先進的な法案だったのである。

 

 労働基準法は、一日の労働時間の上限を原則8時間と定めている。

 それを逆手にとって、12730――それこそが夕ヶ一嵯ニャエルラトホップステップジャンプの掲げた驚天動地の新法案、通称「倍々FIGHT法案」であった。


 質疑として、野党議員の阿津古紅林あつふるぐりんが起立した。

 苛烈な質問責めで知られ、“くすしき磊落らいらく”の異名で恐れられている、アメリカ帰りのやり手女性議員である。


 「一日が12時間になってしまったらif one day is 12 hours long,睡眠時間はどのようにhow the hell can we get確保すれば良いenough sleep?と総理はお考えなのでしょうか?」

「ミセス・グリン・アツフル。質疑は日本語でお願いします」

あら失礼Oh dear! 一日が12時間になったら、睡眠はいつ取れば良ろしいので?」

「なるほど、とても鋭い指摘ですね。それでは、一日が12時間になった場合、睡眠はいつ取れば良いのかということについてお答えします」

「生成AIだろー!」

 との野次が議事堂中に飛びまくる。


 かねてより政界では「AIが生成した答弁には人の心を打つ温かみがない」との批判が相次いでいたのである。


「不規則発言です。静粛に」

 と議長が事態の収拾を図るが、もう無理だろこれ、という空気が広がっていた。


 ここぞとばかりに、夕ヶ一嵯ニャエルラトホップステップジャンプは畳みかけた。

「私はね、ミセス・グリン・アツフル。働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて働いて――」

 阿津古紅林も負けじと応酬する。

「はたらけどはたらけどはたらけどはたらけどはたらけどはたらけどはたらけどはたらけどはたらけどなおッ! わが生活くらしッ! 楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり楽にならざり字余り字余り字余り字余り字余り字余り字余り字余り字余り字余りィィーーーーッ!」


 政治など突き詰めれば結局のところ声の大きい方が勝つ、と互いに認識しているがゆえの極限の政策論争であった。



 同時刻、国会議事堂のすぐ外の前庭では巨大なパンダと巨大な熊が喧嘩を始めようとしていた。それらはそれぞれ、SNSのエコーチェンバー現象により承認欲求を肥大化させたパンダのイデアが具現化したものであり、全く同様の機序で熊のイデアが具現化したものであった。


「今日こそ□■シロクロつけるパンダ!」

「望むところクマ!」


 かたや上野動物園で4時間待ちのパンダと、恐らくは「出会いたくない動物」の全国ランキングで圧倒的1位であろう熊。同じクマ科の仲間でありながら両者の間には深い断絶があった。2025年は、この両者間の溝が平年以上に大きく深まった年となった。


「「鮭/笹でも食ってろパンダ/クマ~!!」」


 両者の拳が衝突する。

 尋常ならざるその威力に凄まじい衝撃波が発生し、国会議事堂の外壁に亀裂が走る。

 慌てふためいた国会議員たちが一斉に飛び出してくる。

 夕ヶ一嵯ニャエルラトホップステップジャンプは「エッホエッホ」と言いながら整ったフォームで先頭を駆け抜けた。

 残りの議員たちは日頃の運動不足が祟ってか、遠目には横揺れダンスのようにも見える、うの体でどうにか避難をしていた。

 全員が脱出した数秒後に、耐えきれなくなった国会議事堂の柱が折れ、建物全体が崩れ始める。


 こうして、その定義を極めて広くとった場合に日本最大の「祠」であるとも言える国会議事堂は崩壊を遂げた。


 阿津古紅林はパンダと熊を見上げて絶叫した。


祠壊したんかHow dare you!」

 

 気まずくなったパンダと熊は、この場合にどのような弁明が最も適切かを生成AIに相談した。お世辞を言って誤魔化せというのがAIの判断だったので、このように阿津古紅林に告げた。


「「今日ビジュイイじゃん」」


 かくして、今年の漢字は「熊」に満場一致で決定したのである。


 何ともまあ、惨めで、滑稽で、つまらない話だ。(了)

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