第4話 突然
「オレ、落合だよ。急にゴメンな。気が付いたら連絡ください」
ぶつっと電話の切れる音と共に、留守電の再生は終わった。
「な! なくない?」
万智子は、スマホを近くのソファーに放り投げ、思わず立ち上がった。
これは、一晩寝かす案件だわ。
スマホの上にクッションを押し当てた。
万智子は、踏ん切りがつかず、1週間その件をおざなりにしていた。
業を煮やした落合くんは、また連絡を寄こした。
万智子は、この前の留守電の番号を登録していたので、今度はすぐに落合くんだとわかった。
だが、やはり抵抗があった。電話に出る勇気が出ない。
大した用事ではないとしても。
万智子を責めるようにスマホは鳴り続ける。そして、突然止んだ。
しんとした万智子の部屋で、心臓の音だけが耳に響く。
ややあって、意を決した万智子は折り返しの電話を掛けた。
1コール、2コール、……。
5コールで切ろうとしたとき、落合くんは電話に出た。
「もしもし……」
「あ、電話ありがとう。万智子」
久しぶりの落合くんとの会話。
万智子は胸が高鳴り、スマホを持つ手が微かに震えた。
「あのさ、万智子が中学の時、よく聞いていた昔のバンド。なんだっけ?」
「え?」手が止まる。
「この前、買い物してた時、店内で流れていて、懐かしいなと思ったんだけど、名前が出てこなくてさ」
オレも年だなと笑う、落合くん。
「———ジッタリジン」
「そうだ! それそれ! 助かったよ。ありがとう」
「……それだけ?」
「———そう……」
「じゃあね」
万智子は電話を切った。
その後、落合くんから連絡が来ることは無かった。
万智子は、日々の生活の為に、仕事を淡々とこなして、月日は経っていった。
中身は何も変わっていないように思えた。
ただ、目じりのシワが増え、ちょっと値段の張るアイクリームを買ってしまった。
寒空の下、二十九歳になった万智子は、人を待っていた。
なかなか現れず、飴を一つ舐め終えてしまった。
背後から、小さい子供(三歳くらい)が、足元にぶつかってきた。
ヒールを履いていた万智子は、少しぐらついた。
体制を戻しつつ振り返ると、女の子が尻もちをついて、呆然としていた。
「大丈夫?」駆け寄って、声を掛ける。
すると、軽々と女の子を持ち上げる背の高い男性が現れた。
「すみません。ちょっと目を離してしまって」
聞き覚えのある声だった。
「———落合くん」
「あっ、万智子……」
万智子の頭は急に回転しだした。
(なに? 私が、仕事一筋に生きているうちに、落合くんは結婚して子供もできたの?)
(なくなくない?)
「びっくりした。偶然ってあるもんだな。久しぶり、万智子。そんなに凝視するなよ」
「ありえない……」
「あっ、この子? 姪っ子だよ」
「へ?」
「今、田舎から兄貴夫婦が遊びに来てるんだ」
「ああ……」
「万智子も、今も東京?」
「そうだけど……」
「じゃあ、今度食事でもしよう! 連絡する」
ちらっと万智子は、落合くんの左手の薬指に指輪がないことを確認した。
「わ、わかった……」
「番号変わっていないよな?」
「うん」
「よかった」
落合くんは、姪っ子を下ろし、手をつなぐと、ゆっくりと人混みに消えていった。
すらりと伸びた体に、ロングコートがよく似合っていた。
なくなくなくない。
万智子の頭に、繰り返し響いて聞こえた。
なくなくなくなくなくない 後藤 蒼乃 @aonoao77
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