第3話 上京

 高校を卒業した十八歳の春、万智子は上京した。


 大学受験に失敗した為、姉の住むアパートへ引っ越し、東京の予備校に通うことになったのだ。


 一方、落合くんはまだ人生つまずき知らずで、順調に希望大学に合格し、東京で一人暮らしを始めていた。


 仕事で多忙な万智子の姉は、一緒に住む条件として、家事をすることを提案していた。万智子はそれを飲み込み、一年間、予備校の往復と家事に明け暮れた。

 万智子と落合くんは、人混みに紛れ、出会うはずもなかった。


 スタンドライトの下、家事で荒れた手を見る万智子。机の引き出しからグレープフルーツの香りのハンドクリームを取り出し、念入りに塗る。再びペンを持ち、机に向かう。


 秋ごろから彼氏ができたのか、姉は家を空けることが多くなり、その分、勉強に集中できた。


 努力が実を結び大学に合格したのは、十九歳の春だった。手の指にできたペンだこを見つめながら、喜びを噛みしめた。


 万智子は、大学生になっても姉のアパートを出なかった。


 大学に割と近かったこともあったし、生活費の節約にもなった。

 近所に行きつけのスーパーや美容室もできていた。愛着が湧いていたのだった。


 姉とは性格が違い過ぎているせいか、喧嘩をしたことがなかった。良い意味で、距離のある姉妹だった。


 4年間、彼氏はできなかった。友達作りのために入ったラクロスのサークルは女子ばかりで、練習と試合と、勉強と、家事にバイト、瞬く間に過ぎていった。


 就職と同時期に姉が結婚した。


 万智子は重い腰を上げ、引っ越しをした。社会人になって、初めて一人暮らしをスタートさせた。

 姉の下で鍛えられた家事スキルが、大変役立った。

 仕事で疲れて帰って来ても、キッチンに向かう気力が失せることは無かったのだ。


 無心でキャベツの千切りをする。ザクザクと葉が切れ、包丁がまな板にトンと落ちる。ザクザク。トン。ザク。トントントン。トントントン。

 気が付けば、1回では食べきれない量の千切りができている。大きめのジッパー袋を出して入れ、作り過ぎた分を冷蔵庫にしまう。庫内で光るオレンジ色が、乾いた目に染みる。


 目を閉じると、なぜかあの落合くんの顔が浮かんだ。

 元気にしてるかな。


 東京でも女子が放っておけなかっただろうな。たくさんの取り巻き。引く手あまたのお世話する人たち。

 容易に想像できた。

 もう遠くの人だ。幸せでいてくれれば、それでいい。


 テーブルに着き、夕食を食べようとした時だった。


 スマホのバイブレーションと共に、登録していない電話番号が画面に浮かんだ。

 万智子は、不審に思い出なかった。

 留守電が入ったと通知がきた。


 箸をおき、スマホを手に取り、恐る恐る再生してみる。


「オレだよ。オレオレ」



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