第3話


 帰り道、「大丈夫か?」と克己さんが私の手を握りながら顔を覗かせる。

 

「う、うん。大丈夫……でも、拓也さんのあの小説に覚えがあるというか……とても奇妙な感じです」

「桜子もか?」

「克己さんも?」

「俺の場合は……最近、夢を見た光景と似ている描写だった。あの夢を思い出すたびに、ズキズキと頭が痛む」


 克己さんは片手で頭を押さえると、そのまましゃがみ込んでしまった。


「ま、まただ……頭痛がする。何なんだよ、あの夢は……」

「だ、大丈夫? 克己さん!」

「ああ、大丈夫。暫くすると落ち着くから」


 暫く、しゃがみ込んでいると痛みが治まったようで、克己さんはすくっと立ち上がった。けれど、まだ顔色が悪い。


「本当に大丈夫? 病院に言った方が良いんじゃない?」

「大丈夫だよ。心配させてしまってごめん」


 無理やり笑顔を取り繕う彼を見て、とても大丈夫には見えない。私は胸が苦しくなった。あれは、本当に夢なのだろうか。


 私たちがまた歩き出そうとすると、目の前に以前見かけた蛇がいた。あの時と同じように、とぐろを巻き頭を上げ、こちらをじっと見つめている。やっぱり蛇の目は紅い。


「……っ!」


 私は足を止めた。


「どうした? 桜子?」

「あの蛇……」


 蛇? と克己さんは首を傾げる。


「どこにもいないぞ」

「え、目の前に……」


 彼はまた首を傾げた。

 まさか、私だけが見えている? それとも、私の錯覚?

 それにしては、リアルすぎる。


「どんな蛇だ?」

「黒くてとぐろを巻いて頭を少し上げているの。そして、不気味な程に目が紅いわ。今にも飛び掛かって来そうな感じがする」


 震える体を克己さんは支えてくれた。


「わかった。ゆっくりでいい。そのまま後ろに下がって他の道に行こう」


 私にしか見えていないのに、彼は信じてくれたようだった。

 

 

 蛇を避けるように自分のアパートに帰った。

 後を追いかけてくる気配はない。

 

 私は部屋の扉の鍵を開ける。


「桜子、一人で大丈夫か? まだ顔色が悪い」

 

 一人で大丈夫かと聞かれれば、とても不安だった。さっきの蛇は、克己さんには見えていなかった。どうして、私にだけ見えたのか。まるで、恨まれているような殺気さえ感じるのだ。


「なあ、桜子。今日……と、泊まっていってもいいか? 心配なんだ」


 泊って行っても良いかと訊かれて、私はホッとした。今日の出来事に自分がどれだけ不安に感じていたのか分かった。誰かが傍にいてくれたらどれだけ心強いだろうと、素直に頼ることにした。


「ありがとう、克己さん。泊って行ってくれますか?」


 私のその一言に彼は、目を見開いて驚く。


「え? え? 良いの?」


 彼の顔が薄っすらと赤く染まる。ようやく、そこで私も自分が何をお願いしたのか理解し、顔が赤くなった。でも、不安で誰かに傍にいてほしい、その気持ちの方が勝る。


「す、すみません。で、でも……一人では怖い、ので。一緒にいてもらっても良いですか?」


 克己さんに泊まることにしてもらった。彼は遠慮して床の上で寝ると言ってくれたけれど、春とはいえ、まだ夜は少し寒いので、一緒の布団で寝てもらった。


 自分でも大胆だなと思いつつ、克己さんと一緒に眠る。

 お互い緊張して直ぐには寝付けなかった。けれど、互いの温かい体温の所為か、暫くすると眠気の波がくる。意識が夢の中に引きづりこまれた。


 私の記憶が走馬灯のように流れる。その中に私が双頭の大蛇の緑の目を剣で斬りつけた場面もあった。


 記憶が途切れると、精霊が飛び交う湖の湖畔に私は立っていた。


 ここは――?


 目を開ければ、湖の横には大樹が聳え立っている。そして湖の向こう側には精霊と……面影のある人達がいた。けれど、彼らは私たちに気付かない。私の隣には、克己さんが立っていた。お互い見えているけれど、薄っすらとしか見えていない。


「ここは……覚えがある。あの森だ」


 周りを見回して、克己さんは言った。

 彼はこの場所を知っているの?


「桜子、思い出したよ。ここは、春の領地だ。君はレティシアだね。俺は、キリアンだ。ここは精霊と契約を交わす森なんだ」


 徐々に思い出した前世の記憶。

 まさか、と思った。それでも――。


 春の祈りをする精霊人として生きていた克己さん。

 そして私はこの世界で世界樹を捜していた。

 その途中であの双頭の大蛇に二人とも殺されてしまった。

 残された二人の子供たちの行く末が心配だった。


「もしかして、あの子たちは私たちの子?」

「大きくなったな」

「あの子、瑠璃色の髪に淡緑色の瞳……姉にそっくりだわ。ほら見て、聖剣をもっているわ。ジェイムズが渡してくれたのね」


 ジェイムズは、私に剣術を教えてくれた人だ。命が尽きる時、ジェイムズが生き残っていてくれたことを思いだした。彼が私たちの意志を受け継いで、子供たちを育ててくれたのだろう。


 そして、聖剣を握りしめている女性が、『世界樹の守り人』としてこの世界に生を受け、もう一人の青年が、春の祈りをする者として精霊と契約し精霊人になのだろう。あの時、失ったものが、またここにある。もう、この世界は大丈夫だと思えた。

 

「無事、世界樹を復活させることが出来たんだ。精霊人も……」

「良かった。無事、見つけることが出来たのね。これで、この世界も大丈夫だわ」

「ああ、そうだな。桜子だけに見えていたあの蛇ももう出ないだろう」

「どうして?」

「多分、あの蛇は双頭の大蛇の怨念だったのかもしれない。世界樹が復活したのなら、世界樹につながっている世界は守られる。俺たちの世界もきっとあの世界樹につながっているはずだ」


 私は、克己と手を取り合い見つめ合う。


「さあ、俺達の世界に戻ろう。桜子」

「はい」


 私たちは眠るように意識を失った。





 目を開ければ、ベットの上だった。横で克己さんが寝息をたてている。

 彼は、まだ目を覚まさない。愛おしくて彼の髪を撫でた。


 あの時、命が尽きる時に願った。


 『生まれ変われるなら、また一緒に――と』


 きっと、神様はその願いを聞き入れてくれたのかもしれない。

 もしかしたら、全てが夢だったのかも。


 それでも、今度こそ、この世界で私は彼と生き続けていく――。




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