第2話
「桜子。俺と付き合ってくれないか?」
段々と日中の気温が暖かくなり、川沿いの桜の花が少しづつ開花し始めた頃、克己さんは顔を真っ赤にして言った。
「その、桜子と一緒にいると安らぐというか、気持ちが落ち着くというか…………好きです。付き合ってください」
照れくさそうに気持ちを伝えてくれる彼に、私も同じように顔が真っ赤になった。
なにより、彼が私と同じ気持ちでいてくれた事が嬉しかった。
いつものようにサッカーをしている男の子たちはこっちをじっと見ていた。それに気づいた私は、顔はもちろん、耳や首も真っ赤になる。
「……はい。よろしく、おね……がいします」
私は恥ずかしさの余り、声が掠れた。彼にちゃんと返事が届いただろうか不安になったけれど、彼の表情を見れば、ほっと安心する。
「ほんと? やった」と彼は小声で呟き、控えめに片手をガッツポーズのようにグッと握りしめ「ありがとう!」と破顔した。
いつの間にか、サッカー少年たちは近くまで来ていて、パチパチと拍手をする。彼と見合わせて、二人で顔を赤らめた。
それからは、大学の中でも昼食の時や講義の合間など、会える時はなるべく会うようにしていた。もちろん、あのベンチでも会っていた。
克己さんの出身を聞けば、県外で一人暮らしをしていると聞いた。私も同じく県外だったけれど、同県ではなかった。話の流れで、互いの中学校、高校の話になる。
彼の高校の話で、三年間、同じクラスで仲の良かった親友がたまたま、ここに就職してきて、同じくアパートを借りて一人暮らしをしているという話になった。
その親友は、趣味でWeb小説を書いているらしい。
たまに、その親友のアパートに遊びに行って、その小説をWebにアップする前に先に読ませてもらっているのだとか。
「今度、会ってくれるか? 紹介したいんだ。」
「はい、ぜひ」
とても仲が良いらしく、夕食を一緒に食べることが多いと聞いた。そして、その夕食というのは、親友の手作りらしい。アパートに行くと、ちゃんとよういしてくれているというのだ。
「すごく、旨いんだ。そこらの店より美味しいぞ」
克己さんはとても嬉しそうに話す。本当に仲が良いのが窺えた。
それから数日後、彼の親友宅に訪れることになった。
大学が終わってから行くことになっていて、夕食も用意してくれるらしい。初めて行くのに夕食まで頂いても良いものかと、私は少し気が引ける。
大丈夫だって、と克己さんはそう言ってくれたけど、手ぶらで行くわけにもいかず、何か手土産を持っていこうと私は提案した。
けれど、手ぶらで言った方が親友は喜ぶんだ、と言って克己さんは私の提案を却下した。
本当にいいのかな?
アパートの一室の前まで来るとTVインターホンを鳴らした。中から、ドタドタと小走りすような足音が聞こえた。ガチャリと鍵の音がし、ドアが開く。
「いらっしゃい! どうぞ、上がって」
とても明るそうな人だった。身長は克己さんより5センチぐらい低い。見た目はどちらかというとイケメンというより可愛いというイメージだった。
克己さんに手を引かれ、部屋の中に入る。
「お邪魔します……」
リビングに来るとテーブルの上にフォークやナイフ、箸などが並んでいた。目を丸くして驚いている私に、克己さんは「すごいだろ?」と呟く。部屋の中はいい匂いがする。
「座ってて!」とキッチンの方から声がしたので、そちらの方を見ると親友が、テキパキとお皿に何かを盛り付けていた。
「おっ! 今日はハンバーグか?」
「あたりっ! 今日は克己の好きなハンバーグだよ!」
克己さんの嬉しそうな顔を見て、また驚く。好きだとは聞いていたけれど、よほどハンバーグが好きらしい。
テーブルの上に一通り並べ終わると「焼きたてをどうぞ!」と親友に勧められた。
生野菜にポテトサラダ、ハンバーグにポタージュ。まるで、洋食屋さんに来たようだった。
「拓也、食べる前に彼女を紹介させてくれ。小東桜子さん。今付き合っている子だ」
「桜子です。よろしくお願いします」
「北出 拓也です。こちらこそよろしくお願いします。さあ、お腹すいたでしょ。食べてしまおう。嫌いなものがあったら残してもいいから。ほら、克己も早く食べて」
「ああ、いただきます」
「いただきます」
私は、ハンバーグを一口、口の中に入れた。
「美味しい! すごく美味しいです!」
「良かった。 お口にあったみたいで」
「だろ? 拓也の作ったハンバーグは美味しいんだ。俺は、こいつの作ったハンバーグが一番好きだよ」
「どうやって作るんですか? 何かコツでもあるんですか?」
「何もコツは無いよ。強いて言えば、シンプルに作る事かな。変に色んなものを入れない」
それから、三人で他愛のない会話をした。
そして、小説の話になる。
拓也さんは高校の時から小説を書いていて、その時から克己さんに読んでもらって感想を聞かせてもらっていたらしい。
「克己。実は、昔書いた未公開の小説を書き直ししていたんだ。途中までだけど、読んでみてくれる? よかったら、桜子ちゃんも読んでみて」
タブレットで小説を読ませてくれた。克己さんと一緒にタブレットを覗き見る。
読み始めてみれば、衝撃的な内容のプロローグから始まり、直ぐに異世界ファンタジーだと分かった。
更に読み進めていくと、『あの魔物』という文字があり、その魔物の説明がその後に続いていた。
その内容に何とも言えない不安な気持ちになった。克己さんも同じ気持ちだったのか、顔色が優れない。
「二人ともどう? って……大丈夫? 顔色が悪いけど……」
拓也さんが私たちの異変に気づいたらしく心配そうな顔を覗かせた。
「あ、ああ。大丈夫だ。世界観の描写が壮大すぎてちょっと驚いただけだ」
克己さんは、何とか笑顔を取り繕う。
確かに壮大で驚いたことには間違いなかった。けれど、何処かで見たような情景描写――。
そしてこの小説に出てくる魔物。この魔物の描写が頭の片隅に何か引っかかる。それが何なのか、思い出せそうで思い出せない。
その魔物というのが頭が二つある大蛇だった。
途中まで書きあげてある小説が気になり、拓也さんにあの小説の内容を訊く。
『この世界には精霊達が集う大樹が天を支えるように聳そびえ立ち、結界を張っており、精霊達は、大樹の守り人を一人選び、そして四つの聖地へ精霊人を送った。
精霊人は、それぞれの聖地から精霊と共に四季と主とする祈りを捧げ、この世界の自然を豊かに、大樹はその四つの聖地とそこに繋がる世界を守る』という設定だったと教えてくれた。
そして、その大樹――世界樹の守り人の役目があった。それは――。
『世界樹の守り人は、樹の寿命が来ると珊瑚色と緑色――淡緑色を身に纏い、世界樹の聖剣と共に白銀の魔力で祈りを捧げ、樹に新しい
小説の中でその世界樹の寿命を迎えることになっていた。
話を聞いて、頭の奥底にある記憶という箱の蓋が少しずつ開いていく。まるで、その世界に私が存在していたかのような感覚。現実だったのか、それとも夢の記憶か。あまりにも異次元すぎて判別が付かなかった。
私の記憶では、レティシアという少女の姉が世界樹の守り人として生を受ける。寿命を迎える世界樹の為に、樹を探す。けれど、樹を見つける前に、姉がレティシアを守るために双頭の大蛇に殺されてしまう。そして、守り人を失い、レティシアは姉の代わりに世界樹を探すことになる。
その大蛇の一つの頭は緑色の目、そしてもう一つの頭は紅い目だった。
世界樹を探しながら、レティシアは精霊人、一人の男性キリアンと出会う。二人は互いに惹かれ合い結ばれ、二人の子を授かった。けれど、レティシアとキリアンは、あの大蛇に殺されてしまう。息絶える前に彼女は、生まれ変わることが出来るのなら、またキリアンと一緒に、と願った。
段々と血の気が引く。多分、顔が真っ青になっていると自覚した。この記憶が、拓也さんの小説とほぼ内容が一緒だった。
そして、そのレティシアというのが――私だったのだ。
とても理解に苦しむ。一体どうなっているのか。
混乱していると、克己さんは私の異変に気付いたのか、帰ろうと言い出した。
「拓也、もうそろそろ帰るよ。ご馳走様。ありがとう」
「ありがとうございます」
「あ、う、うん。またいつでも来てね」
拓也さんには、何だか申し訳ない気がした。
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