どうして溺愛してくるんですか!?

もも@はりか

第1話 起死回生します!

 フォルム・ロマヌム。

 ローマの七つの丘のちょうど真ん中のあたりに位置するローマ帝国の政治・経済の中心地だ。

 元老院議事堂クリアだけでなく法廷や商店バシリカ、歴代皇帝の建てた多くの神殿などがある。


 その中心で。

 緑がかった黒髪の毛に翠の瞳のすらりとした体つきの、正装トガを着た少壮の男が叫んでいた。


「うおーーっ! ルキッラ……!! 好きだーーーーっ!!」


 ……危ない人間である。


 ***


「ほんっとうに、ありがとうございます! フィレナ! ウルクス!」


 ローマのある大通り、香油専門店が並ぶ「香油街」の一角。

 

 はしばみ色の瞳に栗色の髪の貴族の令嬢が店主夫婦にぺこぺこと頭を下げている。


 令嬢の着ているストラ衣服はあまり豪華とは言えず、品位を損なわない程度に装身具はつけていたが、それにしたってあまりに少ない。履いているサンダルは驚くほどにボロボロだ。


「お顔をお上げになってください! ルキッラお嬢様のお頼みとあれば!」

「それにもともと解放されたら店を開く予定で……!」

「でも……!」


 令嬢──ルキッラはこの二人に頭が上がらなかった。



 ルキッラの家は共和政時代から続く元老院議員身分の家で、非常に由緒正しい家柄だった。家の歴史を語らせれば、二百年以上前の「かのポエニ戦争で」とかいう話が普通に出てくる家だ。大スキピオと縁があるとかないとか。


 だが、時代は変わっていく。当時は有力な貴族パトリキだったかもしれないが、帝政プリンキパートゥスへと変化する世の中でどんどんと没落の一途を辿っていった。

 それでも何とかしがみついてはいたが、ルキッラの父のアウルスはとてつもなく世渡り下手だった。


 公職にはつけたが、この帝国の仕組み上、公職につけばつくほど金がかかる。名誉はあるのに転がり落ちるように貧乏になっていく。


 しかもアウルスは、皇帝の側近である新進気鋭の若き超大物元老院議員に貶められて政治家としても風前の灯だった。


 お陰で母のティベリアは離婚。今は別の男性と再婚している。しかも父は母の結婚の持参金を支度するはめになり、家はどんどんと貧乏になっていった。


 ルキッラと父はその日の食事にも事欠くようになっていった。


 しかし、ルキッラは大スキピオの血を引く(かどうかわからないが)。

 ハンニバルに相対した大スキピオのごとく、起死回生の策を練ることにした。


 母のティベリアが「あなたもこんな家から逃げて結婚なさい!」とよこしてきた香油と手紙を見てある策を思いついたのだ。


 ──香油で一儲けしよう!


 香油はローマ市民の日常品。誰しもが使用する。しかも高価。ぼろ儲けできる。


 ──それから……。


 また、ローマでの慣例として、奴隷は解放されても主人に従う。商売で儲ければ多額の金を贈与してくれる。

 そこでルキッラは、香油に詳しい奴隷のフィレナとウルクスを「祖父の遺言だった」などと誤魔化ごまかし、「ルキッラの家に売上の二割を贈与すること」という条件で解放し、資本金を貸して店を開かせることにしたのだ。ちょうどフィレナとウルクスは仲が良かったので結婚した。


 ちなみに母に解放奴隷に香油店を開かせると話すと、友人の多い美貌の母はあちこちに宣伝に回った。



「お嬢様のお陰で結婚できましたし。開業して半年、結構儲かってますし」


 ウルクスが言った。


「ええ。お嬢様の結婚の持参金と旦那様の生活費のためです。頑張って働きますとも」


 フィレナは笑む。


「あ、ありがとうございます!」


 ルキッラは涙を流す。


 ──資本金を貸すのも大変でしたけどね……! 香油は原材料費が高くて資本金が莫大になるって初めて知りましたよ……!!


 でも、この調子で行けばルキッラの家は随分と楽になるはず。


 ルキッラはウルクスとフィレナに「では」と挨拶すると、その場から離れようとした。


 なぜかフィレナが顔を真っ青にする。

 直後。

 ルキッラはとても温かい壁のようなものにどすんとあたった。


「な、何」


 前に進むために顔を前に向けるが一面真っ暗だ。


「どういうことなの」


 何故か心臓の鼓動の音が聞こえる。


「ルキッラお嬢様!」


 フィレナの声が聞こえる。


「人! 人にあたっております!! 申し訳ございません、デキムス様! お嬢様が!!」


 顔を見上げれば、緑がかった黒髪にみどりの瞳の、非常に整った容姿の少壮の男に抱きつく格好になっていた。彼は目を丸くしている。


「いやーーーっ!!」


 ルキッラは悲鳴を上げた。


「申し訳ございません!」


 男はルキッラを我を忘れたように見つめた。そのあと咳払いをする。


「……もしかして、あなたがこの香油店を開くように言った頭の回る令嬢……!?」

「えっと、頭が回るかどうかは知りませんが、そうです……けど?」

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