忍者の末裔は忍ばない ~ダンジョン産のアイテムで一般人が化け物みたいに強くなったから、俺も本気を出して良いらしい~

木塚 麻弥

第1話

 

 暗技を見られるべからず──それは風魔の忍びにとって絶対の鉄則。


  闇に潜み、音を殺し、誰にも知られずに任務を遂行せよ。そう教え込まれた俺、風魔ふうま れんは幼い頃から自らの身体能力を呪いのように押し殺して生きてきた。


 体育の授業では目立たないよう手を抜き、不良に絡まれれば震えるふりをして財布を差し出す。うっかりくしゃみして窓ガラスを割らないよう、常に筋肉を弛緩させておく生活。


 地味で窮屈な『一般人ごっこ』だった。


 だがそれも今日で終わり。



「おいポーター! ボーッとしてないで回復薬を出せ! 前衛が崩れるぞ!」


「はーい。今、投げますね」


 怒号が飛び交う薄暗い洞窟の中、俺はリュックから小瓶を取り出してそれを放り投げた。場所は新宿ダンジョンの15階層。荷物持ちポーターとして俺を雇ったのは、大手探索者クラン『ブレイズファング』の精鋭部隊だ。


 彼らの身なりはド派手そのもの。全身を燃えるようなオーラで包む『闘気』のスキル。火花を散らす雷属性の魔剣。詠唱と共に展開される幾何学模様の魔法陣。


「くらえっ! フレイムバースト!!」


 魔術師の男が杖を掲げると轟音と共に爆炎が上がり、周囲の岩壁を揺らす。


 今のダンジョン攻略はとにかくうるさい。

 光る。鳴る。叫ぶ。


 まるで特撮ヒーローの撮影現場だ。


(せっかく薄暗いのに、あんなに光ったら敵に自分の位置を教えてるようなもんだろ。でもこーゆーのが人気あるんだよなぁ)


 俺の右斜め上後方で、ブレイズファングのメンバーを撮影しているドローンをチラッと見る。アレで撮られた映像がリアルタイムで配信され、世界中の人たちがこの戦闘を視聴しているはず。


(どれどれ、今の視聴者数は──)


 腕に着けているナビデバイスで新宿ダンジョンを検索してみる。検索結果の一番上に表示されたライブ配信には、凄まじい勢いでコメントが流れていた。


〈うおおおお! 火炎爆裂かっけぇぇ!〉

〈今の魔法の威力エグすぎ〉

〈Aランクパーティーは流石だな〉

〈連携が完璧すぎる。隙がねぇ〉

〈でもひとり突っ立ってるだけの奴いるぞ〉

〈新しいポーターだってさ〉

〈仕事しろよなぁ〉

〈ビビって動けないんじゃね?〉


 俺を非難する声もあったが気にしない。

 荷物持ちポーターなんだから、これで良いんだよ。


 コメントに気を取られたが、改めて視聴者数を確認する。


(えっ、5万人!? 多すぎじゃない? あの人たち、そんなに人気だったのか……)


 俺には理解できない世界だ。


 でも今の世の中ではこれが常識らしい。ダンジョン配信は世界的な娯楽となり、トップランカーはアイドル以上の人気と富を得る。


 一方で俺のような『持たざる者』は、彼らの荷物を運ぶ日雇いバイトで食いつなぐしかない。



 今から約10年前、世界にダンジョンが出現してから常識は覆った。


 ダンジョンで得られる『力の指輪パワーリング』を身につければ、幼い少年でもトラックを持ち上げられる。『魔法の杖マジックワンド』を持てば、誰でも火や水を自在に操れる。


 人類総超人時代の到来だ。


 忍者はかつて裏社会で暗躍し、高給取りだったらしい。だけど今は、ほとんどの忍びの里が廃業している。


 そりゃそうだ。何年も血の滲むような修行をして覚える『縮地』より、ドロップアイテムの『加速の指輪スピードリング』を身に着けた方が速いんだから。


 暗儀よりアイテム、修行より課金。

 それがこの世界の新しいルール。


 時代遅れの忍術なんて、誰も必要としない。

 だから忍びの里は滅びた。


 でも良い点もある。


 ダンジョン出現後も厳しい修行を課せられ続け、風魔の忍びとして免許皆伝を受けた俺が少し人間離れした動きをしても、それを誰も気にしない時代が来た。見えないところにレアなアイテムを身に着けているとか、スキルを発動させてたってことにすれば堂々と忍びの技を使える。


 そんな時代になったんだ。



 ガアアアアアアアッ!!


 突如、爆煙を切り裂いて黒い影が飛び出した。S級指定モンスター、漆黒のキマイラだ。獅子の頭に毒蛇の尾、巨体にも関わらず俊敏に動く。本来はもっとダンジョンの下層にいるはずのモンスター。


 予期せぬ強敵の襲来に、パーティーが総崩れになる。


「なっ、なんなんだこいつ!」

「魔法が効かないだと!?」

「は、速っ! 盾が間に合わな――」


 ドゴォッ


 重装甲のタンク役が紙屑のように吹き飛ばされた。

 ダンジョンの壁に激突し、動けなくなる。


 守りが消えたアタッカーの剣士にキマイラの爪が迫る。

 誰も反応できていない。


 当の本人はスキル発動のクールタイム中。

 絶望的な隙を晒している。


「しまっ――」


 剣士の人が死を覚悟して目を閉じた、その瞬間。


 俺は一歩だけ踏み出した。


 地面を蹴る音はさせない。

 風も切らない。


 ただ呼吸をするように、自然に認識の外側を滑るように。


(ああ、やっぱりこの状態の方が楽だな)


 筋肉のリミッターを外す。


 今まで身体に巻き付けていた鎖が、パリンと砕け散る感覚。アイテムによる身体強化特有の身体が熱くなる感覚も、視界に浮かぶステータス画面もない。


 あるのは研ぎ澄まされた俺自身の感覚だけ。


 俺はキマイラの懐に滑り込み、すれ違いざまに右手を振った。


 ――ヒュッ


 ただそれだけ。


 スキル発動で出る派手なエフェクトも、必殺技の叫び声もない。


 わずかな静寂。


 俺が剣士の横を通り過ぎて数歩進んだところで、背後から「ズンッ」と重い音が響く。


 巨大なキマイラの首が胴体から滑り落ちていた。鮮血が噴き出すより早く、その巨体は光の粒子となって消滅していく。


「えっ……。は?」


 このパーティーのリーダーでもある剣士が間の抜けた声を上げた。彼だけではない。吹き飛ばされたタンクも魔術師も、ポカンと口を開けて俺を見ている。


 静まり返るダンジョンの中で、俺は懐から手ぬぐいを取り出して右手の武器についた血を拭った。


「な、なんだ今の」


 リーダーが震える声で問いかけてくる。

 彼の視線は俺の右手の刃物に釘付けだ。


「魔法障壁を持つキマイラの首を一撃で斬り落とした? おい、まさかそれ伝説級レジェンダリーの武器か!? なんでポーターのお前なんかが持ってんだよ!」


 ブレイズファングのメンバーたちの眼差しには畏怖と、それ以上の欲望が混じっている。とんでもない性能をした武器のおかげだと思っているんだ。俺自身の実力だなんて微塵も思っていない。


(……うん、予定通り)


 俺は内心でほくそ笑んだ。


 これだ。

 この反応を待っていた。


 俺は手にした武器を指先でくるくると回し、無表情を装って彼らに見せつける。


「伝説級装備? いや、全然そんなんじゃないです」


「えっ?」


 黒い刃の柄に貼られた、バーコードのシールを彼らに見せた。


「近所のホームセンターで買った園芸用のクナイ型スコップ。税込み980円」


 そう言って俺は、クナイをジャージのポケットに無造作に突っ込んだ。


 ダンジョンの理すら置き去りにする本物の技術。それを目の当たりにした現代のダンジョン攻略者たちは、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


 全て計算通り。


 名前や顔は隠していたが、俺のダンジョン攻略者IDは規定通り配信でも公開されている。その状態で武器に依存しない戦闘力を見せつけることができた。


 これでこの様子を配信で見てる人たちから、護衛や荷物運びの依頼が舞い込むこと間違いなし! そうすれば高校に通いつつ、生活するための金は手に入る。


「素材は回収しました。前衛さんがもう戦えなさそうなんで、今日は帰りましょう。俺、ちょっと先に行って退路を確認してきますね」


 背中でAランク攻略者たちの視線を感じながら、俺は出口へと歩き出す。頭上では配信ドローンが、まるで特ダネを見つけたパパラッチのように俺を追いかけてきた。



 厳しかったじいちゃんが死んで、現存する風魔の忍びは俺ひとり。


 頼れる親類はいない。

 土地も財産もない。


 あるのは忍びの技だけ。

 でもじいちゃんから継承した最強の忍術だ。


 それを世界に見せつけたい。


 闇に生きて、誰にも知られず消えていくなんて俺は絶対に受け入れない。



 俺はもう忍ばない。

 




───────────────────────


【あとがき】


閲覧ありがとうございます!


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毎日19時ごろ更新予定。

よろしくお願いします!


ではでは~。

 

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2025年12月15日 19:05 毎日 19:05

忍者の末裔は忍ばない ~ダンジョン産のアイテムで一般人が化け物みたいに強くなったから、俺も本気を出して良いらしい~ 木塚 麻弥 @kizuka-maya

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