第十三話 零か白か ④

籠女の身体を包むように十本の白い手が祈りを合わせる。


「なぁ……笑顔、消えてんで?」


籠女の言葉に、零はわずかに笑みを作る。


「おっと。僕としたことが……。

他人に良い印象を与えるのは笑顔から、ですからね」


籠女は軽く顎を引き、嘲るような笑みを見せた。


「そないな笑顔にせえって、お前の"お母様"に教わったんやったら、ほな言うとけや」


「"あんた"のセンス、子供巻き添えにして最悪やってな」


その一言で、零の笑みは消える。

声だけが低く、重く響いた。


「……今、悪く言ったか?」


空気が沈むように揺らぎ、場の圧だけ押し寄せた。


「お母様と僕の事を……悪く言ったな」


零はゆっくりと顔の前に両手を掲げ、震える指先を見つめた。

その拍子に、右手に握っていた棒がコトリと転がり落ちる。


喉の奥で息を噛み殺し、震えは次第に全身へと広がっていく。


「僕は……僕は、お母様の"最高傑作"なんだ。

 ……他の"キメラ"とは…違う!!」


吐き出す声には、誇りの色と、追い詰められたような焦りが同時に滲んでいた。

その振幅の大きさは、むしろ不安定さを露わにしている。


籠女はわずかに眉を寄せた。言葉の意味の輪郭が掴めない。


「……キメラ?」


その瞬間、零の全身から妖気が弾ける。

バチバチッ、と空気を裂くような音が周囲に散った。


「……撤回しろ──」


低く絞り出した声と同時に、零は両手を前へ突き出す。


「──撤回しろッ!!」


次の瞬間、両の手のひらから包帯が噴き出すように解き放たれた。


白布は宙を切り裂きながら伸び、うねり、禍々しく変貌していく。


それは、巨大な一本の鎌。

鋭く尖った縁をかすめる空気が、ひやりとした切断の気配だけを残していく。


刃先から、確かな殺気が奔る。


しかし籠女は、その殺意を正面から受け止めるように目を細める。


「そのバカでっかい鎌、劣等感の塊か?」


一歩も退かず、静かに見据える。


「その感情も、その鎌も…」


言葉をゆっくりと沈め、息の底で噛みしめる。



「……全部受け止めて、最後には──黙らすだけや」



次の瞬間、刃が籠女へと放たれた。

空気を喰らい裂き、殺意そのものが音速となって迫る。


「この阿頼耶十識モードはな、ぎょうさん妖力使うねん。せやから──」


───ッス。───タンッ。


籠女の眼前、左の白い手が鎌をいなし、続けざまに右の白い手がその軌道を零へ弾き返す。


「──十手で終わらせたる」


零の顔には、抑えきれない怒りと、ひび割れたプライドが滲んでいた。

両腕を大きく振り上げ、喉を裂くように叫ぶ。


「喰われる側が、僕を否定するな!!」


零の両手から伸びた包帯が鎌を引き絞り、強引に弧を裂くように振り抜く。


刃は空気を荒々しく叩き砕きながら、一直線に籠女へと襲いかかった。


籠女は零の繰り出す軌道を確実に目で追った。


──使える手は、あと八回。

そして相手の振り、さっきより明らかに速うなっとる……せやけど、全部見える──


「──この白い手さんが全部──」


───パンッ!


白い手が二本、祈るように両手を合わせ、振り下ろされる鎌の刃を正確に挟み込む。



「──ウチに教えてくれるっ!」



──『千手せんじゅ白手はくしゅ阿頼耶あらや十識じゅっしき』──


それは、籠女が積み上げてきた戦闘の痕跡を、十の白い手へ還元する。


白い手は、彼女が潜ってきた修羅場を"記録"ではなく"反応"として再現する。

最善の一手──その瞬間に最も生き残る選択を、迷いなく籠女へ提示する。


だから揺れない。

白い手は、籠女が積み上げてきた生存の因果そのもの。


彼女を守る盾であり、戦場で最も静かな解答こたえだ。



零は瞬時に鎌を引き戻そうとした。

しかし、白い手に挟まれた刃は一切動かない。


「何っ!? 何故動かない!」


焦りが声に滲む。

ほんの一拍、零の視線が乱れ、籠女から外れた。


籠女はその刹那を逃さない。


──残り六手。


挟み込んだ刃を保持したまま、別の右の白い手が鎌の付け根に走り、叩き落とすように包帯を地へ打ち据えた。


乾いた衝突音が走り、包帯は一気に地面へ引きずり下ろされる。

その張力に両腕を引かれ、零の身体が前へ煽られた。


生まれたのは、致命的な「隙」。


籠女の瞳に獰猛な光が差す。


五。


白い手の一つが、音を裂く速さで零の腹部へ滑り込み、掌が深く肉を押し潰した。


「……ッが」


溺れたような吐息がこぼれ、零の体幹が揺らぐ。


その瞬間には、すでに四本の白い手が零を取り囲んでいた。


「女の顔面殴るんやったら──」


籠女は薄く笑う。



「──地獄で責任取れや」



四。


白い手が頬骨の外側へ滑り込み、横薙ぎに叩き込む。

骨が軋む鈍い震動が、頬から耳へ跳ねる。


三。


続けざまに逆側から、横へ押し流すように叩きつける。

衝撃は、皮膚の内部から顔面の輪郭を狂わせる。


二。


下段から跳ね上がるように、顎先へ掌底しょうていが突き上げられる。

歯列が噛み合い、頭蓋の内側で音が弾けた。



──最後の手。



白い手が零の顔を正面から鷲掴みにする。

頬骨と顎が固定され、逃げ場を奪われた。


「歯ぁ食いしばれや!!」


そのまま、容赦なく地へ叩き落とす。

掌の押し込む力が、頭蓋ごと地面を殴りつける。


───ダンッ!!


衝撃が地面を低く鳴らし、砂が跳ね上がる。


零の視界は、白く弾けた。




──終わった。作り物の尊厳ごと。──

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