一匹狼とふんわり上司

第1話

ガタガタと電車が唸る音が頭を殴りつける。

香水、汗、服の素材、弁当。ありとあらゆる物の匂いが混ざり合う。

得体の知れない匂いが音と共に殴りかかる。容赦なく次々と琴遥こはるに襲いかかる。


通勤電車なんて最悪でしかないと心の中で悪態をつくが、それで刺激が収まるわけがない。

トンカチで頭を殴りつけられるような騒音、混ざり合って吐き気を催す匂いも毎日浴びているが琴遥こはるの神経をすり減らす。


無駄に鋭い、現代社会では役立つことなんて一生ないであろう感覚。

叶うことならこんなもの捨ててしまいたいと琴遥こはるは思う。

だが、生まれ持ったものなんだから捨てられるわけなんて到底なく、27年間無駄に鋭い感覚と付き合っている。

だが、これを好きになる気配は一向に来そうにない。


職場の最寄りまで……あと、10分。

たったそれだけの辛抱。そう言い聞かせても、騒音から来る頭痛は収まらない。

やり場のないストレスに唸り声が出そうになる。グッと飲み込むが喉の底では唸り声が響いている。

今は外に漏れていないだけで、油断したら周囲に響き渡らせる。

もし、だったらこんなことに悩まずに済んだだろうに,と琴遥こはるは意味がないのにも関わらず床を睨みつけた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


鼓膜を突き破るアナウンス。

毎日浴びているというのに,引き裂かれたような痛みは全くひかない。

地獄の時間の終了の知らせだが、アナウンスの音の大きさのせいで琴遥こはるにとっては苦痛でしかない。


片耳を押さえながら電車を降りても安息の時は訪れない。

収まることのない足音、電子音、アナウンスが琴遥こはるに牙を向く。


人間社会には刺激があふれている。電子音、車の走行音、他人の足音、会話、香水、汗、料理、ガソリン。

どれも次から次へと琴遥こはるの神経を逆撫でする。

琴遥こはるの研ぎ澄まされた感覚は休まる時なんてない。


唸り声を必死に飲み込みながら歩みを進めるとようやく琴遥こはるの職場に到着した。


「……はよございます」


ルールで決められているから、対して感情なんてこもってない言葉を吐く。

決められていなかったら、こんなリスクを犯す真似をすることなんてない。


個々の小さな声も集まれば、大きな音となりやがて巨大な凶器となる。

唸り声をあげて耳を覆いたくなる。


騒音でしかない声の中に一つ、特別な声が混じる。


「おはよ〜白狼しらかみちゃん。今日も一日頑張ろうね」


「はっ、はい」


声量は他の人と変わらない。

でも、この人の__ほのかの声だけは違う。


頭を殴られるような頭痛が消え去り、苦痛でしかないはずの匂いが安定剤となる。

喉の底で溜まっていた唸り声がいつの間にかなくなる。

ふんわりとしていて、それでいて所作が洗練されている。

琴遥こはるの憧れ、ほのか。


騒音__琴遥こはるにとってストレスに溢れるこの社会で唯一、琴遥こはるを癒す音。

琴遥こはるの耳が無意識により鮮明に声を聞き取ろうとする程に。

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2026年1月16日 17:23
2026年1月17日 12:13
2026年1月18日 18:23

狼になった部下を、上司が飼っているだけの話 百合 一弘 ーゆり かずひろー @kazuhro

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