第5章 二人とも

梓はいつもの"アーデル起こし"がないことに気づき、そっと目を開けると、

消毒の匂いが漂う懐かしい母さんの病室にいた

窓の外に見えるのは、緑たくさんの森ではなく、アーデルでもなく、人々が歩く交差点…

「え…?」

梓は布団から飛び起きる

机の上に置かれた小説たち、窓際に飾られたマリーゴールドの花…

確実に母さんの病室だ



なんで…?アーデルは…?



梓は混乱しながら部屋を飛びだした。

廊下には誰もいない。外に出ようと病院のドアまで行くが、ドアが開かない…



なんで…どういうこと…



梓は汗を垂らしながら誰もいない病院を走り回る

「誰か…誰かいませんか!!」

音1つたたない病院からは、誰からの返事も帰ってこない…

1つ1つ部屋をまわると、診察室と書かれた部屋に着く。


そこには数々の患者のカルテが散らばっている

梓は1つのカルテを手に取る



心臓発作による死亡



母さんのカルテにはそう書かれていた

梓は何も言わずにカルテを持ちながら母さんの病室に戻る

さっきまでの焦りとは裏腹に冷静な顔をしている



母さんは…?アーデルは…?



梓は何回もネックレスを握ってはどうしたらアーデルのもとへ戻れるのか考えている



「だめだ…」



__何時間がたっただろう、梓は前まで母さんが寝ていたベッドに横たわり、

うつろな目をしている。

頬には微かなる涙の跡が残っている

「アーデル…なんで僕は母さんにもアーデルにも会えないの…?」



瞼が重い…頭がクラクラする…



梓は疲れ切った様子で目を閉じる

目を閉じた瞬間意識がふわっと浮かび、何も考えれなくなる



梓が気づくと、見慣れた森の家の床に寝ころんでいた

アーデルが隣で寝息を立てて寝ている。

「も、戻れた…?」

梓はあたりを見まわたしてから、安堵の表情でアーデルを抱きしめる



あぁ…よかったぁ…



アーデルを抱きしめる手に少し力が入るが、梓はすぐに手を放しアーデルを寝かせる



ん…?



梓は、アーデルの襟元から少しだけ見える傷を見つける

梓は恐る恐るアーデルの襟元を開ける



何これ……



アーデルの体には日常的に暮らしていたら、絶対につかないような痛々しい傷がいくつもみられた。



どうして…?狩り…?いやアーデルが失敗するわけないし…

腕にもかすり傷がある…



梓は傷の原因を考えながら立ち上がり、救急箱を取りに行く

消毒液を傷にかけると寝ているアーデルがわずかに眉を顰める



ちょっとだけ我慢してくれ…

寝てる間に終わらせないと…



梓は丁寧に手当てをしていく



胸元の傷…深い…手当だけじゃ…



梓はふと何かを思いついたようにネックレスを握る

アーデルの部屋から彼が書き留めた、魔法の一覧表を持ってくる



あ…そうだった僕この世界の字…読めないんだった…

うーん…絵が描いてあるけど…へたくそだな…



梓はアーデルの絵をもとに魔法を見つける

梓は字が読めないが、そこには"治癒の魔法"と書かれている

梓はネックレスを握りながらアーデルの絵を見て見様見真似で魔法を使ってみる

「くっそ…へたくそすぎてわかんねぇ…こ、こうか?」

次の瞬間ネックレスからまばゆい光が飛びはなたれアーデルは光に包まれる

「わっ…ちょっ…」

光の中から出てきたアーデルの胸元には、さっきまであったはずの深い傷がきれいさっぱり消えている

「ま、まじか…」



できた…全部の傷が消えたわけじゃないけど…

あの傷だけでも消せれば大丈夫だよな…

あとの傷は包帯巻いとくか…



梓は傷1つ見逃さずに包帯を巻いていく

最後の傷を巻き終わると、1日の疲れか、アーデルの横で眠りにつく

 




懐かしく長い夢を見た

俺がまだ小さくて、母上に抱きつきながら絵本を読んでもらって…

外で一緒に花を摘んで…ども俺はまだガキだから、1人で森に行ってはしゃぎまくって、で日が暮れると、母上が泣きじゃくる俺を探しに来て…

そんな母上も病気になった

どんどん体が弱くなっていって、外にも出られなくなって…さすがに子供の俺でもやばいってわかるぐらい。

俺は兄より優秀で優れていたから、父からは「次に国を担うのはお前だ、期待してるぞ」って言われて、兄には当然嫌われて…

俺はもっともっと自由に……そう…今みたいな生活がしたくて、

母上のもとで泣きじゃくってたら、母上に「アーデルは好きなことをすればいいわ…私がやりたかったことも、代わりにあなたが自由に幸せになってね…」と言われた。

俺は悲しかったけど、母上といるときだけ楽に生きられた。

そしたらさ母上に「殺して」って…言われてさ

俺さ、結構考えたんだよね、何が母上の1番の幸せなのかなって

でも…でもさ、結局辛くて辛くて動けなくて…話すのもまともにできない人って、生きることが幸せなんじゃなくて、死が幸せなんだよね…

すっごい泣いたよ…今までないぐらいに泣きながら母上に魔法をかけたんだ…

母上の手…夢の中なのに冷たかった…

そのあとは、父上と兄…家庭環境からのストレスで母上を殺したってことにされて…

町のみんなも「悪魔」「悪魔」って……

あんまいい夢じゃなかった…



でもそのあとさ



梓の夢を見たんだ

梓が赤ちゃんの頃から始まったんだけど…梓がハイハイしてんの

面白くて夢の中だけど多分大爆笑してた…

それから、梓がどんどん成長してってさ…俺がおじさんになったなと思ったら、梓が今の俺ぐらいになってて…楽しい夢だったな…




「ん…」

アーデルはそっと目を開ける

床で眠っていることに驚きながらも体を起こす



ん…?

あれ俺昨日ここ…



アーデルは自分の胸元にあったはずの傷に手を当てる

「なくなって…どういうことだ…?」

あたりを見渡すと、散らばった紙…救急箱…寝ている梓…

アーデルはすべてを理解したように、梓の頭を優しくなでる

「すげぇじゃねか…自分でできるなんて…」



心配かけちゃったか…?



梓をベッドに寝かせ、横に腰を下ろす

「昨日はごめんな…混乱しただろ…」



さすがにお前に追手を相手させるわけにはいかねぇし…

かといって、お前がここにいても…心配かけるだけだしな…



アーデルは優しく梓の頭を撫で続ける





梓は頭を撫でられる感覚に目を覚ます

「ん…?ッてあぁー!」

梓は慌ててベッドから飛び降りる

アーデルは手を止め、驚いた顔をしている

「な、何…どうした?」

「ど、どうしたじゃねぇよ!その傷!どうしたんだよ」

梓はアーデルを指さす

「あぁ傷のこと…狩りで失敗しちゃった的な…」

アーデルは「あはは…」と笑ってごまかしている

「は?アーデルが狩りを失敗するわけないだろ!

僕が昨日、元の世界に戻っちゃったのと関係あるんでしょ…?」

梓はアーデルを睨む

「いや…俺のことなんだと思ってる…?俺だって狩り失敗することぐらいあるからね…」

「でも本当は違うんでしょ?」

梓の鋭い推測にアーデルはしぶしぶ口を開ける

「怒るなよぉ…」

梓は満足気味に頷く

「追手だよ…国の…俺のこと殺したら、人生困らないほどの金もらえるから…」

梓は首を傾げる

「ほら…お前を巻き込むわけには、いかないだろ?

お前が、超強い魔法使いとかだったら別だけど…」

アーデルはやらかしたという顔で口を隠す

梓はにやにやと笑っている

「僕がめちゃくちゃ魔法使えるようになれば、一緒に戦わせてくれるんだ…」

「あー…わかったよ…」

梓は小さくガッツポーズをする

「アーデルって、隠し事できないタイプだよね」

アーデルは笑いながら頷く

「まぁ…苦手ではある…」

アーデルは梓の額に軽く指をあてる

「まぁ…さっきのこと…俺の気分次第だからな」

とアーデルが言う



梓はふと昨日のことを考えると、苛立ちが湧いてくる

「だから、昨日僕を、元の世界に戻したの…?」

「あぁ…何、寂しかった?」

梓はアーデルをはたく

「寂しかったに決まってんだろ…もっとましな場所に送れよ…」

梓のかすれた返答に

アーデルは驚きと罪悪感で梓を見つめる

「ごめんごめん…お前だってまだ12歳だもんな…」

「12歳なめんな…」

アーデルは梓の頭を撫でる



あんなの誰でも寂しいだろ…



「てかさぁ」

梓はおもいだしたように言う

「何…?」

「アーデル、絵下手すぎ」

アーデルは一瞬何のことを言われているのか、

理解が追い付かない様子を見せるが、すぐに顔をニヤリと笑い

「あれでも本気で描いてんだよぉぉ!」

と梓の横腹を、くすぐり始める

「へへっ、やめろってあれで本気とか…ふへへっ」

梓は爆笑しながらアーデルを見上げる

起きてから疲れたような目をしてたアーデルが、優しい目に変わったことに

梓は安堵のため息をつく

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他人悪魔 ニシパ @Sanamin0915

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