僕のキューピッド

久遠悠羽

第1話 インフル入ってる?


 そいつは、僕がインフルエンザに罹って学校を休んでいる時に、突然枕元に現れた。


「こんにちは。死神です」

「ええええっ?!」

 

 僕は驚いた。

 だって、インフルエンザに罹ったと言っても熱はさほど上がらず、38℃丁度ぐらいだったから。

 体の節々は痛いけれど。


 とても死んでしまう程の病状じゃない。


「……死神って……僕、これぐらいの症状で死ぬの?」


 ベッドから身体を起こして不満げに聞いてみる。

 どうしよう、今、父さんも母さんも勿論仕事で家にはいない。

 僕が死んだらどんなに悲しむだろう。


「いえ、あなたじゃなくて私が……『死にそうな神』なんです……」

「はい?」


 死神はそう言って突然ゲホゴホと酷い咳をし出した。


「ゲェッホ!ゴホッ!!

 ああすみませ……ゴボッ!!」


「えっ?!大丈夫?吐く?ど、どうしよう、ゴミ箱に吐く?」


 僕は慌てて周囲を見回してゴミ箱を渡そうとした。

 でもそいつは手でそれを遮る。


「いえ、大丈夫です、吐きません。人間の家に入るといつも喘息が出て……」

「それ、僕の家がカビとかアレルギー物質だらけって事?」

 少しムッとして返す。


「いえいえいえ、そうじゃなくて、体質なんです。

 人間界に降りるといつもそう。

 あなたってばいつもそう。

 あ、いや、今日こちらに伺ったのは、何を隠そう私が人間界に落っことした大切な……」


「大切な?」


「『超伝導波動砲』を一緒に探していただきたくて……

でも各家庭に少年が見当たらなくて、やっと見つけたのがあなただったのです」


「……『超伝導』はリニアモーターカーとかに使ってあるけど、『波動砲』はこの世には存在しないよ?

 後、『少年』って何?少年限定って事?キモいんだけど……」


「あ、間違えました」


「はい?」

「『超伝導ハートアロー』でした」


「何それ。後、一応病人だから動けないし探せないよ?」


「ああ大丈夫、治るまで待ちますから。

 『超伝導ハートアロー』というのは、自分の好きな人に向けて射つと、その人が自分を好きになってくれるっていうステキアローをぶっ放す超伝導クロスボウ型アイテムです。ぶっちゃけ仕事道具です」


 ——僕は一瞬、隣のクラスの気になる女子の事を思い浮かべてしまった。


「……もしかしてあなたは『キューピッド』?そんなモノどうやったら無くせるの」


「正解です。私はキューピッド。愛の神です。


 ゴホッ。

 ……そして病弱。


 なのに残業続きでやってらんねってなって飲み過ぎた帰りに、うっかり橋の上からそのアイテムを人間界に落としてしまいました」


「夢を壊す労働形態だな。病弱なのに大変だ。

 あれ?不健康なら飲まなきゃいいのに」


「そこは我慢が効かなくて。

 それで、もしも落としたのが上位神にバレたら……」


「……バレたら?」

「人間の少年と恋に落ちなければならないのです!!」


 そう言うとその死神、もといキューピッドは被っていたフードをバッと外した。


 ……中から御多分に洩れず超美少女が……いや、なんて言うか、渋いおじさんが出て来た。


 強烈すぎる!

 ここは美少女だろう普通は!


「嫌あぁぁぁ!誰か!警察!!そこのスマホ取ってえぇ!!」


 あまりの期待外れさと驚きに、僕は高校1年生にもなっているのに、つい変な声で叫んでしまっていた。


「あ、はい、これですね」

 おじさんキューピッドがサッとスマホを見つけて渡してくれた。


「……ありがとう……」

「警察は今も『110』番かな?

 落ち着いて。叫ぶと熱が上がりますよ?

 アイスノン替えてきましょうか。プリンとかあったら食べます?」


「……うん……」

「じゃ、下の冷蔵庫から取ってきますね。

 あ、ところで私、人には見えませんから警察呼んでも無駄ですよ」

「えっ?無駄なの?」


 そう言い残すとキューピッドは僕の枕元から温くなったアイスノンを取って、抱えて1階に降りて行った。


「上がって来たら貴方の恋バナ、聞かせてくださいね〜

 なんてったって私、キューピッドですから」

 トントントンと階段を降りながら話す声が遠退く。


「……おじさんじゃなくて、お母さん?

 人間の家の構造、よく知ってるな……」


 僕はスマホを手に持って、しばらく呆然と座っていた。


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僕のキューピッド 久遠悠羽 @KuonYuhane

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