36.報告




 レイリーリャ達が乗った漁船が港に辿り着くと、そこには他の漁師や漁民ギルドの職員達が集まっている。


 港に建てられた灯台の上から職員が遠見していて、手鋏鮫に追われた船が沈没する前にそれを倒した事は確認出来ていた。迎える職員達の昂っている様子からも、それを確認する事が出来たようにレイリーリャやテグドラウら漁師達にも見えた。


 そうしたとはいえ、遠眼鏡の性能の関係上、倒した時の様子など、詳しい状況についてはっきりとは確認出来ていなかった。


 テグドラウ達が漁船から港にいる職員達に向かって手鋏鮫を倒したと大声で伝えた時、彼等が歓声を上げ歓喜して迎えてくれた。


 この時レイリーリャは他者から歓迎される事を初めて味わった。自分が手鋏鮫を倒した訳ではないのに、興奮し誇らしく感じた。船酔いの苦しみを自分の身体から床の側に置いたかのように、紛らわせた。


 自分がこの一員として、――程度はあるが、漁民達に貢献する事が出来たのである。



―――こんなにみんなが喜んでくれるなら、手鋏鮫退治に協力した意味はあるよね。



 レイリーリャは船酔いで苦しんだ影響で、喜ぶ顔には力無い。しかし呼びかけや拍手を以て歓迎する漁民達を見ながら満足感を感じている。



…………自分達の力でこんなに沢山の人が喜んでくれる事なんて、わたしには二度と無いよね。……



 伯爵邸で勤めていた時を思い出す。


 もし自分が伯爵邸に戻ったら、どれだけの人が自分達を迎えてくれるのだろうか。


 そしてここまで、自分達を歓迎してくれるだろうか。


 あのいびりや嫌がらせを行い続けた副メイド長や先輩メイド達、それに見下し続けていた騎士達が。



………………まー、それ以前に、手鋏鮫を倒したのは、ワタシじゃないけどね。



 彼女は両眉をハの字にして苦笑いする。

 

 海から吹く風が彼女の背中から煽りながら通り抜け、着ている茶色のメイド服や白い髪が正面を覆うかのように靡く。

 


 漁船は港に辿り着いた。横向きに着岸し、係船柱にロープで結わえる。


 テグドラウ達が漁船から降りると、そこには他の者達に混じって、漁民ギルド長が杖を片手で突いたまま立って待っていた。


 漁民ギルド長ザブトゲルクは彼等の姿を見て、杖を片手で突きながら歩み寄った。


 挨拶をしてから怪我人の有無を尋ねると、ツーン草を身体に巻いたまま降船していたチーコロを、他の漁民ギルド職員に治療術士のいる漁民ギルドの建物へ連れて行くよう指示をした。


 漁民ギルド職員がそれを受けて、チーコロの肩を抱えて連れて行った。


 その間チーコロは痛がりも職員に反応もしなかった。

 ただ見えない何かを見ているかのように、ずっと宙に目を向けて物思いに浸っていた。


 レイリーリャは荷物を抱え、ハイリアルの後ろを附いて降船した。渡し板を渡り切り両脚が地面に着く。そしてそのまま立ち止まったまま、両目を瞑り感慨にふける。



………………ああ、上下に揺れず、ゆらゆらぐるんぐるんしない地面って、素晴らしいねぇ…………。


 ……これでもう、船酔いで辛い思いしなくていいんだ……。



 今まで身体に溜まった余計な力と緊張と一緒に息を深く吐いた。吐き終わると身体が軽くなり安らぎを感じる。両口許が緩んでしまう。

 

 両目を開け周囲を意識すると、いつの間にかハイリアルは漁民ギルド長達の近くにいた。テグドラウ達に呼ばれたのだった。


 それを見てレイリーリャは慌ててハイリアルが立つ後ろに行く。ハイリアルはテグドラウの言葉によって手鋏鮫を倒した経緯を、ザブトゲルク達に説明し始めていた。


 彼女もその時の様子は離れていてよく見えていなかったので、一緒になって聞く。


 ハイリアルが魔法を二発放ってチーコロを救助し、手鋏鮫を倒す支援をした事を聞いた。

 その時彼女はハイリアルの魔術の力に敬意を持つと同時に、自分が仕える主君である事に誇らしく感じ、自らの自尊心が昂ぶっていた。



…………ハイリアル様に仕えて、わたしはよくやったよ。仕えるの止めないで良かったよ……。



……そんなハイリアルさまを、わたしが仕えて支えているんだよね。


……もしわたしがあの時仕えるの止めてたら、ハイリアルさまを支える人は誰もいなくなってしまうんだよね。…………



 彼女は考えを進めていくうちに、何か自分が凄い力を持っているような感覚を感じ始める。



…………わたしがいるから、あんなに凄い魔術師のハイリアルさまは…………


―――何考えてるのッ。わたし……。



 思わず傲慢な事を考えそうになる。それに気付き慌ててそれを止める。



………………なんか、わたし、身の程知らずな事を思ってしまいそうだったよ。正直わたしはこの旅では、あんまりハイリアル様のお役には立ってないよ。わたしに任さずに、自分で色々やっちゃうし…………。



 自ら自惚れないように思い直したものの、過剰な自己否定してしまい萎縮して気持ちが落ち込んでしまう。


 彼女が独り暗く沈むその周囲では、漁民達の成果報告が明るく賑やかに続けられている。


 漁民ギルド長ザブトゲルクはハイリアルの遂行報告をあらかた聞き取ると、その後ろで控えているレイリーリャがいる事に気付く。


 漁民ギルド長はレイリーリャの名前をハイリアルに聞いて再確認する。そして、彼女に顔を向けてその顔を見ると、手鋏鮫撃退の際に担当した役割と遂行内容等を尋ねた。


 レイリーリャは尋ねられ、何をどう説明して良いのか咄嗟に思いつかず、戸惑ってしまう。


「……えっ、と……」と口から出てしまったものの、その後の言葉はすぐに続けられなかった。


 それは、それらについて説明しなくてはいけない事を、予め想定しておらず頭の中で整理していなかったからであった。


 彼女自身が気付かぬうちに身体が熱を帯びていて、両口許に笑みが浮かび、頬が微かに赤く染まる。途惑いと嬉しさの混ざったような気持ちを感じながら、自らの行動報告の言葉を口から出そうとした時だった。



「この女性は漁師の鑑です。


 この出港から帰港まで、捕獲支援で、船縁から撒き餌として、船酔いによる嘔吐物を口から放出し続けておりました。


 私は彼女を見習い、酔いを言い訳にして口に放出し続けたいと思います。」



 彼女が語り始める前に、厳かな表情を装ったゾーコンが、横からその行動の『功績』を語る。


 これを聞いた瞬間彼女は驚愕する。

 ゾーコンに乗船中ずっと船酔いで吐き続けていた事を暴露され恥ずかしく感じた。


 それに捕獲報告という大事で真剣に行わねばならないと思われる時に、自分をフザけたネタにされ揶揄われた怒りで言葉が出なかった。尻尾も逆立ったまま固まった。


 ザブトゲルクはゾーコンのウケ狙いの『説明』を聞くなり額に皺を寄せ苦笑いをする。

 そうしながら「…………オマエ、さすがに若いオンナの娘相手には、気を使ってやれ。嫌われるゾ。」と窘める。


 またハイリアルも口許に笑みを装い、「……我の従者なのだから、そろそろ揶揄うのはいい加減にして貰いたい。」と咎めた。その笑みとは裏腹に、口調と目線は鋭く刺すようであった。


 それからヌ=エンビやテグドラウが、テグドラウを船内に引き上げる際に手伝ったなどと、有る事を誇張を交えて高評価な説明や感想を述べてフォローする。


 そして犬族獣人は「おめぇは口だけで満足出来るのか。」とゾーコンをツッ込みながら嘲る。


 レイリーリャはそういったフォローを聞くうちに、ゾーコンに対する腹立たしさは残っているものの、落ち着かなきゃいけないという自制する意志が心の中に現れている。


 彼女は腹立たしさが表情に現れないように意識しながら、側に立つ男に顔を向ける。



「……ヘンタイのおじさん、わたしを揶揄うのは本当に止めて下さい。」



 心の内に沸き立つ腹立たしさに流されて、心の中で呼んでいるその呼称が表に出てしまう。


 それを受けてゾーコンは、彼女の目を、厳粛な顔を装って凝視する。

 レイリーリャは眉間に皺を寄せ無言で見つめ返す。

 二人の視線がぶつかり合う。



「おう、オレはアンタを揶揄ってなんかいねぇよ。


 ……単に玩具のように扱ってるだけよ。」



 その釈明は平坦な口調であった。

 レイリーリャはこれを聞き終えた途端表情が変わり、怒りで眉が痙攣し目を見開き顔が赤くなる。



「……いい加減にして下さい!同じじゃないですか。わたしをオモチャにして遊んでるだけです!」



 彼女は怒りで叫んでしまい、思わずゾーコンの背中を平手で叩いてしまう。するとゾーコンは背中とは反対側の胸を抑え、顔を歪ませ苦しい顔を装い、トーンが平坦なうめき声を上げながら脚をふらつかせる。



―――えっ、これってわざわざ演技してるんだよね?……



 レイリーリャは全く想像していなかったゾーコンの反応を見て戸惑ってしまった。叩いてしまった罪悪感どころか、怒った方が良いのか解らず無言で見続ける。



「……まーた、始まったか。」



 ザブトゲルクは杖を掴んでいない右の手のひらを上に上げながら呆れる。



「…………あの男はいつもあのような感じなのか?……」



 ハイリアルがその振る舞いに呆気を取られながら、テグドラウがいる方を向いて尋ねる。


 そんな周囲の反応をよそに、ゾーコンは平坦な口調で唸り声を上げ続け、左右によろめきながら後ずさりする。



………………そこまでして、遊ぶ……。



 おちょくり続けるようなその行動をを見てレイリーリャはうんざりした。怒る気も萎えてしまうと、ゾーコンが海に落ちた。


 その叫喚の叫びと共に水飛沫が上に舞い上がる。

 波止場の端から足を滑らせ海に落ちたのだった。


 レイリーリャには一瞬何が起こったのか解らなかった。



「……アイツ、そこまでして笑いを取りに行くかぁ。」



 犬族獣人が両手を叩いて馬鹿笑いする。

 ヌ=エンビは落ちた海の方を蔑む目で眺める。



おもしぉいなぁおもしろいなら、平気で悪魔に魂を売ぅような男だ。こぇぐぁいわざとすぅだぉうこれぐらいわざとするだろう。」



 ゾーコンは波止場から海中に垂れたロープを掴んで這い上がると、全身海水でびしょ濡れになったまま戻ってくる。



「いやー、海に落ちるとは思わんかったわ。」



 額に皺を寄せ右口許を歪ませながら苦笑いを浮かべる。

 その声の調子は言っている内容とは裏腹に、楽しげに昂っている。



「わたしを馬鹿にした天罰ですッ!」



 レイリーリャはその姿を見て、非難するように言い放ってしまう。

 そう言い終えると右口許に笑みが現れ、歪んだ満足感と楽しみが混ざったような感じがする。


 ゾーコンはレイリーリャの反応を横目で目にしても何も言わなかった。そんな様子を彼女は気付く事を出来なかった。 



「オマエ、わざと海に落ちたんだろッ。」



 犬族獣人が指さしながらバカ笑いを続ける。



「バカヤロウ。アレはさすがに狙って落ちねぇよ。」



 ゾーコンは顔を上げ犬族獣人に否定する。



「狙うんなら、オメェも道連れにして落ちるわ。」



 額に皺を寄せ口許を歪ませ苦笑いする。



「……オマエなぁ……。……たまに港内に、鮫とか人食うヤツら来るんだから、安易に飛び込むなよ。」



 テグドラウが眉間に皺を寄せ、願うように頼む。



「……そーだな。……それにしても、まだ春だし、海の水は冷たくて寒いわ。水吸った服着たままだと風邪引くわ。」



 ゾーコンは濡れた服を脱ぎ出し始める。



「寒い、寒い。まだ脱がないと。」



 シャツやズボンも脱ぎ捨て上半身裸になる。

 弛んだ腹の肉が晒される。

 下着は海水で濡れ、皮膚が下から透ける。


 ゾーコンはレイリーリャの方に顔を向けた。



「……ヘンタイのおっさんだからよぉ、それらしく動くのは自然な行動よ。」



 そう呟くと、下着を両脇腹側から左右の指を通して掴み、曲げた両腕を下に伸ばし下ろそうとする。



―――えっ?!まさかヘンタイさん、本当に下着も脱ぐの?!



 レイリーリャは男が脱いで全裸になってしまいそうで、思わず動揺する。



―――これって目を隠して見ないようにしないと、はしたないオンナって思われるの?

 ヘンタイさんの裸見たら、気持ち悪くなりそう……。

 


 両目を隠そうとする彼女の両手が胸元まで上がる。


 ゾーコンの振る舞いを見て、ハイリアルは掴んでいる薙刀のカバーを取り外した。

 薙刀の刃が晒される。

 そして何も言わず、下着姿の男を凝視する。


 ゾーコンは顔を上げるとそれに気付き、ハイリアルと視線が合う。

 レイリーリャ達も何も言わず、二人を凝視する。


 海風が背後からけしかけるように、ゾーコンの半裸身を叩き続ける。

 

 ゾーコンは演じるような大きな身振りで、両手を下着から離す。



「…………ニイちゃんの槍術や魔術には、敵わねぇや。」



 口許に薄笑いを浮かべ頭を左右に振った。

 その声の調子は低く沈んでいる。



「……おっかないヤローに向けて突き付ける為に、オレの棒術はあるんじゃねぇ……。」



 ゾーコンはそう呟くと歩き始めた。

 下着一枚以外に何も着ずに、この場から去って行く。


 レイリーリャは唖然として何も言えなかった。

 他の者達も何も言わなかった。


 下着からはみ出て弛む尻の肉を海風が叩き続ける。

 



















「…………おーい、アイツ、あの格好のまま、ギルドの建物の中まで入って行きやがったよ。まだハナシは全部終わってねぇぞ……。」



 ザブトゲルクはここから立ち去り漁民ギルドの建物の中に入っていったゾーコンの姿を、唖然としたまま見ていた。

 その振る舞いは想定外で、その口から漏れた言葉に力は入っていなかった。




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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


楽しんでいただけると嬉しいです。



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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。



著作者おだてりゃ 木に登り


ますます ハナシ 創り出す

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