35.視線
漁民達は再び作業をし始めた。
ロープで繋いだ手鋏鮫を曳いて漁船は港に向かって戻り始めた。
ハイリアルも帆を操るマ=エンビ達を手伝っている。
レイリーリャは引き続き金髪男の様子を見ている。
金髪男はずっと何も言わずに、海が見える方向に目を向けている。意識は既に戻っているようにレイリーリャにはそう思えた。だが金髪男は側にいるレイリーリャを気にする事など全く無かった。
指一本動かさずにずっと同じ方向に目を向けているので、本当に海を見ているのかレイリーリャには解らなかった。目を見開いたまま意識を失っていると説明されたら、素直に信じてしまいそうだった。
しかしレイリーリャには金髪男に話しかける事は出来なかった。
先程ゾーコンに殴られ責められた事に対して、怒っているのか悲しんでいるのか、今どんな思いや感情を抱いているのか解らなかった。そして金髪男が何らかの反応をした時に、どう言葉を返していいのか解らなかった。
それ故に話しかける事は躊躇してしまうのだった。
だがそうだとはいえ、金髪男の側にずっと居続けている事は、レイリーリャにとっては余り気持ちの良い物では無かった。
この金髪男を見続ける無言の間に対して、気が重く感じている。
金髪男の存在を意識してしまう事で、見ているだけでは済まず、何かしなくてはいけないのに、それが出来なくて罪悪感を抱えてしまうような嫌な気持ちになってしまうのである。
近くでロープを引っ張って帆を操っているヌ=エンビに声を掛ける。
「すいませーん、わたしは何したら良いんでしょう?金髪の人を見続けた方が良いのでしょうか?金髪の人、意識が戻りましたけど……。」
金髪男はレイリーリャが尋ねている事自体気付いていないかのように、海のある方向に顔を向け続けたままでいる。
漁船に曳かれた手鋏鮫の死骸の背後が波立ち、海面を打ち付ける白波の周りを、白波に紛れた小魚を狙って海鳥がその側を舞っている。
「そうだなぁ、……。綱引っ張ぇと言った時に、手伝ってくぇぇばいい。」
マ=エンビにも今現在人手が足りない作業が見当たらないようだった。
「港に着いたぁ、荷物の上げ下ぉしや手鋏鮫の
「解りました。その時になったら呼んで下さい。」
レイリーリャは同意する。
ヌ=エンビはそれに無言で頷いて返すと、帆に掛かるロープを掴み調整を始めた。
レイリーリャは帰港するまでは待機する事となり、甲板の上に座り込む。金髪男の容態がこれ以上悪化しないか見続ける必要は無くなった。
レイリーリャはこれからどうしようと思いつつ周りを眺める。
ハイリアルとテグドラウは船尾で手鋏鮫を引くロープの前で何か雑談をしている。ヌ=エンビは犬族の獣人と一緒にロープを掴んで帆の調整を行っている。ゾーコンは操舵場で舵を握っている。
手鋏鮫を倒し彼らから漂う緊張感や切迫感は薄れている。
だがレイリーリャから緊張感は抜け切っていなかった。両肩には何か重い物がまだのしかかっている。
口を閉じ鼻から息を吐く。
内心、項垂れ溜息を吐きたくなるような気持ちだった。
しかし、それをしてしまったら、それを目にした相手に対して何か失礼な上に、怒りを買ってしまう恐れもある。
レイリーリャが座る先には、金色の髪をしたチーコロが座り込んでいる。
レイリーリャにはチーコロをいないものとして振る舞う事は出来なかった。
海のある方に顔を向けているチーコロが、レイリーリャを視界の中に入っていて、存在を意識しているのか、レイリーリャには解らなかった。
視線をこちらに向ける様子は無く、関心自体あるのか疑わしかった。
チーコロは先程、ゾーコンに殴られ怒鳴られた上に、テグドラウにも警告を受けていて、レイリーリャには今現在どんな心境か解らなかった。
それというのは、チーコロの顔には怒りや悲しみなどといった表情が現れていないように見えたからであった。
レイリーリャはそんなチーコロの態度に不安を感じつつも、斜め前で座っているチーコロに対して、何も話しかけずに放っておくのも何か気持ちが重く感じ気まずく感じる。
レイリーリャはツーン草を巻いたチーコロの腹部を、自ら誇張した動きをしながら眺める。
「…………手鋏鮫に挟まれたお腹の方は、大丈夫ですか?……」
両眉と両口許を下げて『大変ですね』という感じの表情と声を装って尋ねながら、チーコロの顔を見る。
チーコロは声を掛けられレイリーリャの顔に眼を向ける。
「腹?……良くはない。」
チーコロの顔は相変わらず表情が変わらない。
レイリーリャはこの応答に少し途惑い、眉間に皺を寄せる。
「……良くはないのでしたら、どこか痛む所にツーン草を貼りましょうか?」
「……いらない。」
チーコロの声の調子は平坦で棘はなかった。
帆が海風で靡き、音を立ててはためく。
「……そうですか…………。」
レイリーリャは戸惑ってしまう。
話が続けられず、どんな言葉を続けて話せば良いのか解らなかった。
それでも考えてみる。
「……何かありましたら、わたしがやりましょうか?」
レイリーリャには思いつかなかったので、とりあえず尋ねてみる。
レイリーリャの後ろでヌ=エンビ達が作業を行い、物が置かれる音や足音がする。
「……ない。」
このチーコロの拒絶する応答の声も、平坦で棘は無かった。
レイリーリャの後ろで漁師達が喋り合う声がする。
チーコロの顔には相変わらず表情が現れない。
「…………解りました。問題ないですね。何かあったら言って下さい。」
レイリーリャは困惑で崩れてしまいそうな顔を平静に装う。どう話をし続ければ良いのか解らなくなる。
チーコロは相変わらず表情無く、海が見える方に顔を向け続けている。
―――この人、話しかけられるの嫌で、怒られそうな感じはしないけど、…………
レイリーリャには、チーコロがレイリーリャにその内心の想いに共感し理解して欲しいのか、同情して一緒になって愚痴って欲しいのか、それとも何も声を掛けずに放っておいて欲しいのか、或いはそれ以外なのか、どんな振る舞いをして貰いたいのか解らなかった。
―――……手鋏鮫の事触れちゃあマズいのかなぁ?やっぱり。この人……。
レイリーリャはチーコロがゾーコン達に殴られ激怒され叱責された事などを思い出す。
チーコロとは完全な初対面で、どんな人間かレイリーリャには全然解らない。それ故にその事に対して下手な言葉を掛ければ余計な怒りを買う。そんな可能性もあるように感じられる。
―――……そうなると、この人とは関係ない事がいい?……
レイリーリャは内心戸惑いつつ、改めて話しかける。
「…………今日晴れて助かりましたね。」
喋りながら、この話題なら大丈夫かなと軽く疑う。
チーコロはレイリーリャに目を向けるが、表情は変わらず無表情だった。
「そうか。」
応答する声の調子も平坦だった。
レイリーリャはそれを聞いた瞬間、内心それだけかと呆気にとられてしまう。
「……そうなんですね……。」
それでも気を取り直し、話を続ける。
「…………もし雨降ったら、大変だったと思います。」
「そうか。」
チーコロの表情は相変わらず無表情だった。応答する声の調子も平坦だった。
レイリーリャはそれを聞いた途端、唖然として絶句してしまう。
「…………。」
飛んでいた海鳥がマストの柱に止まった。そこから落ちたフンが甲板に音を立てへばり付く。
―――…………この人、わたしのハナシに興味ない?!……
レイリーリャはチーコロの反応が乏しい理由について考えてしまう。
―――…………もしかして、わたしのハナシがつまらないせい?……だとしても、もう少し普通の返しは、出来るよね?
レイリーリャの意識の上には上がっていないが、その心の底には、自分の価値を認めて貰えない悲しさの混ざった寂しさが沈んでいる。
―――…………それなら、わたしの顔が可愛くないせい?……確かに、あの人とは全く釣り合わないのは認めるけど、そんな酷い仕打ちする?フツー。……
…………いや、そんだったら、もっとキツい返しを何度もしてそうな気がするけど……。
レイリーリャは思わず自らの劣等感が絡んでいる、容姿をその原因だと見做してしまう。直ぐに自ら否定するが、気持ちは重く沈む。
チーコロは感情が何も表れていない顔をして、海のある方を向いたまま何も言わないのは全く変わっていない。
―――…………もしかして、まだ、この人、身体の調子が悪い?
……もしそうなら、ツーン草なり何かの薬草貼ってくれって頼むよね?本当に何だろう?……
レイリーリャは色々理由について考え続ける。しかし直接チーコロ本人にその理由について尋ねない為に、想像するどの理由も確証は得られず堂々巡りになってしまう。
レイリーリャチーコロが視界の隅に残ったまま、何も話しかけられなくなってしまう。
レイリーリャとチーコロの視線は向かい合わず、各々違う所に目が向いている。
二人の間を海風が吹き抜け、海原の彼方へ過ぎ去っていく。
△▼△▷▼△△▼△▷▼△△▼△▷▼△
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
↓ 『応援する』へのクリックや、この作品への好評価(笑)並びに感想、レビューをしていただけると、作者への創作の励みになります。
……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。
著作者おだてりゃ 木に登り
ますます ハナシ 創り出す
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます