37.支援
ゾーコンは報告を行っているこの波止場から立ち去り、漁民ギルドの建物の中に入って行った。下着一丁で。
それまでこの場にいる者達はこの男を見続け、何も言葉を発しなかった。
離れた所で言い合う漁民ギルドの者達が発する声と、波止場の岸壁に打ち寄せる波の音だけがこの場に拡がる。
漁民ギルド長ザブトゲルクはこの場にいるレイリーリャ達に、改めて顔を向け直す。
「……あの男、ゾーコンだったか。始終ふざけてはいるが、ずっと平然とした顔しているな……。」
ハイリアルは眉を引き上げ右口許を歪ませ途惑う。そうしながらも感心する言葉を口から出す。
―――平然と言うより、無神経だよね。わたしだって、こう見えてもオンナなのに……。
レイリーリャはゾーコンに揶揄われた時の事を思い出し、怒りが湧き上がってくる。
「平然としているというより、無理矢理でも自分の世界に引きずり込んで主導権を握り、相手のペースにさせないんだよ。」
テグドラウが眉間に皺を寄せ口許に手を付けつつ、考えながら答える。
「まぁ、仮に溺れても、ウケるんならそのまま溺れ死んでも構わないって思ってそうなヤツだから、それ位するか。」
犬族獣人が口許を歪ませて笑う。
「そんなんヤツだし、ギルド内で大人しくしてるワケ無いな。」
「全くあのヤローは、オレが怒鳴っても全く気にしないからな……。」
漁民ギルド長ザブトゲルクはその当時の事を思い出したのか、眉間に皺を寄せ溜息を吐く。
「あのヘンタイさん、そんなにやりたい放題なんですかぁ……。
…………わたしも怒ってるのに、あのヒトは全く気にせず、ずっとわたしを揶揄っていました……。」
レイリーリャはゾーコンの振る舞いを止められなかった事と、自尊心を傷つけられ続けた事による悔しさや苛立ちで、眉間に皺を寄せながら頬を膨らませる。
「……ねーちゃんはあのヤローに目を付けられて災難だったな。気にすんな…………と言っても気にしてしまうか……。」
ザブトゲルクは彼女への適切なフォローの言葉が思い浮かばず困ってしまい、目を下に向け頬を掻いてしまう。
「……それはともかくとして、改めてレイリーリャ殿、ハイリアル殿の従者という立場上からとはいえ、勇気を持って遭難船救助並びに手鋏鮫漁獲支援してくれて感謝する。漁民ギルド長として礼を言おう。」
ザブトゲルクはその態度を漁民ギルド長という立場のものに改める。そしてレイリーリャに向かってゆっくりと厳かに礼をする。
レイリーリャはその姿を見て、そこまで敬意を示される程の仕事をしたとは思っていなかった。それでゾーコンへの怒りを忘れ困惑してしまう。
「……報酬は算定額が決まった後に支払う形になってしまって済まないな。それまでは漁民ギルド建物の中で休めるから、そこで待機してくれ。あと夜に祝賀会で食事が出るから、それも食べて行ってくれ。」
ザブトゲルクは漁民ギルドの建物を指さす。
「今回漁獲した手鋏鮫の鋏の肉も、今晩の祝賀会に出す予定だから期待してくれ。
…………食いモンはタダだけど、酒代は取るから宜しくなッ。」
両口角を上げ片目を瞑ってウィンクし、茶目っ気を出す。
「酒代取らねぇと、バカスカ呑みやがるヤツばかりだしな。オレもそうだけど。」
そして眉間と額に皺を寄せ苦笑いをする。
―――そういえば、わたしは成人の洗礼式で少し御神酒を飲んだだけで、伯爵邸のメイドになってから飲んでないよね……。
あれはやたらと辛くて不味かったし。
レイリーリャは昔を遡り、その時に飲んだ御神酒の味を思い出そうとする。
…………まぁ、お金も掛かるし、そんなに飲みたいとも思わないから、別にいいよね。
レイリーリャも苦笑いを浮かべる。
なおレイリーリャが今いるフォルデサリィーヌ王国内では、飲酒許可年齢については特に定められていない。しかし慣習として、ネレイス教が行う成人洗礼式を行う年齢である十五歳に達してから、飲酒を始める傾向である。
ザブトゲルクは振り返り、漁船に繋がれ港内で浮かんでいる手鋏鮫を見た。そして周りにいる者達を目で確かめ、口を開く。
「……それと、あの曳いてきたでっかい手鋏鮫だが、引き上げるのは、…………総出で引き上げないとダメだろ?……あともう少し人集めてからにしよう。…………」
ザブトゲルクの右口許が忌々しそうに歪み、眉間に皺が深く刻まれる。
「…………めんどくせーが、灯台にいるヤツらも呼んでこよう。それからだな……。」
片手に握った杖で二回地面を叩いた。
横たわった敵の急所に、とどめを刺すかのように。
「……何か聞く事は無いのか?……無いのなら、これで報告聴取は一旦終了な。何か気になる事が思いついたのなら、オレか他のギルド職員にでも聞いてくれ。オレだったら戻って来る船を待たなきゃいけねぇから、この辺りを探してくれ。」
ザブトゲルクはそう言うと、側で記録しているギルド職員に近寄り話し始める。その途端テグドラウがハイリアルに近寄る。
「ニィちゃん達は手鋏鮫の引き上げが始まるまでは、どっかで休んでいてくれ。」
その顔に柔らかな笑みを浮かべている。
「食堂にゃ、ゾーコンがストリップダンスしてるかもしれんから、落ち着いて休めないかもしんねーけどよぉ。うっとーしかったら、石でもぶつけてやってや。」
少し離れた所にいる犬族獣人が笑いながら一言加える。
……ストリップダンスって、いくら何でもあのヘンタイさんでも、そんな所でそんなことしないでしょ?まさかねぇ……。
レイリーリャはそれを聞いて怪訝な顔になる。
ハイリアルもそれを聞いた瞬間、微かに口を開き呆れた顔になるが、気を取り直し顔が整う。
「…………そういう貴公らはどうするのだ?」
ハイリアルはテグドラウに尋ねる。
「オレらは引き上げが始まるまでは、船から荷物を下ろしたり、何か雑用をするつもりだが。」
テグドラウが答えるその後ろで、ヌ=エンビが作業をし始め、黙々と空いた水樽を抱え船から降りている。
「……我も荷物運びか何か、出来そうな事を手伝おう。」
ハイリアルは気負った様子は無く淡々としている。
…………えっ?ハイリアルさまも働くの?……休まないの?……
レイリーリャはその申し出を耳にして、思わず驚き困惑する。身体の動きを止め固まってしまう。
ハイリアルには後ろに控える彼女の姿は視界に入っていない。
「休むのは片付けが済んでからでいい。」
ハイリアルの意思表示の言葉を聞くと、テグドラウは戸惑ったように少し両眉が下がり目が細くなる。
それと同時にレイリーリャは、少し嫌そうに眉間に皺が寄り口許が歪んでしまう。
「……良いのか?海で船に乗って狩るのは初めてなんだろ?気付いてないかもしれないが、いつもより疲れが出るぞ。」
テグドラウの言葉の口調から心配する様子が滲み出る。
…………そうよねぇ……。出来ればどっかに座って休みたいよね…………。
レイリーリャは疲れによって、身体の中に重りが入ったように重くなっているのを感じている。
「……大丈夫だ。片付けをする事は当たり前の事だ。
……もっとも曲がりなりにも部隊にいて、こういう作業をするのも慣れている……。」
テグドラウはこのハイリアルの同意を聞く。それでもその眉は下がったままだった。
「……そうか。……正直人手が足りないから、こっちも手伝ってくれるのは助かる。だが、疲れが出たり身体の調子が悪くなったら、途中で作業を止めて、休んでくれてもいい……。
……作業については、ヌ=エンビに聞いてくれ……。」
そう低い口調で指示し、波止場の上に水樽を下ろしたヌ=エンビを指さす。
ハイリアルはそれに同意すると、彼に向かって歩き始めた。
それを見てレイリーリャは嫌に感じてしまい、鼻柱に皺が集まってしまう。
…………ハイリアルさまぁ、勘弁して下さいよぉ…………。
思わずそう思ってしまった彼女の気持ちは沈み、溜息をついてしまう。
しかし唇を噛んで、ハイリアルに置いて行かれないよう、重く感じる身体を引きずって付いて行く。
彼女が目の前を通り過ぎる姿を見るなり、テグドラウは苦笑いをする。
「…………レイリーリャのねーちゃんよぉ、大分疲れた顔してるなぁ。……後片付けしなくても良いぞ……。」
彼女は声に反応し顔を横に動かした。だがそうしたものの、彼に振り返ってその顔まで見ていなかった。
「…………大丈夫です。疲れていません……。」
レイリーリャの応える声に力は無かった。
口許にだけ作り笑いが浮かび、眉間が皺寄った両眉が下に垂れ下がっている。
テグドラウは眉間に皺を寄せながらその顔を見つめる。
波止場の地面の上を這いずり回るフナムシが動きを止めた。そして左右に生えた触覚を留めている船を探るように向ける。
「…………従者だから、主人がする事に従わなきゃいけないのは解る、……だけどよぉ、無理して、そこまで仕事しないでいいだろ……。」
テグドラウの声は沈む。
痛ましそうに両眉が下がり目が細まる。
「…………無理してはいませんが……。」
レイリーリャは無理している事自体は否定したものの、その後の言葉は続かなかった。口からその後の言葉は出なかった。
…………無理ねぇ……。
彼女は言い返しながら彼の言葉を自ら省みる。
…………従者なんだから、主人の仕事の助けになんなくちゃいけないんだけど、……動けるなら、そうしなきゃいけない、よね?…………
そう思いつつも、身体は重く感じるままだった。
フナムシは波止場の地面の上を、只ひたすらと這いずり回り続けている。
フナムシは歩いてくるギルド職員が近付くと、這いずって離れた。すると箱を抱えて運ぶ漁師の足下に入ってしまい、踏み潰されてしまった。
踏み潰された死骸から中身が飛び出ている。
テグドラウはレイリーリャが今何を思っているのか顧みずに、漁船が留まっている方に振り返る。
「……ハイリアルゥ!従者のおねーちゃんは疲れているゾ!よく見た方が良いゾ」
テグドラウは漁船の側で作業しているヌ=エンビに話しかけているハイリアルに向かい、叫んで呼びかける。
その口調には非難するような棘は無かった。
ハイリアルはそれに気付きレイリーリャを見つめる。
「大丈夫ですッ。疲れてません。」
レイリーリャは彼の視線に気付いた途端、こう返事が口から出てしまった。
そう声にしながら、―――疲れてんじゃんと、内心思ってしまう。
そして、そう口にしてしまった自分自身に対して、なぜ思っている事と反対の言葉を口に出してしまったのか疑問に感じる。
「…………確かにそうだな……。」
ハイリアルは彼女の言葉を無視し、テグドラウの注意に対して応えた。その注意の言葉を自らを非難する言葉だと見做さなかったようで、注意として受け入れている。
「…………レイリーリャ、調子悪いなら休んで良いぞ……。」
投げかけた言葉は、余り感情が入らず淡々としている。
「陸の上ですので大丈夫です。」
レイリーリャは鏡の反射のように、すぐ口から大丈夫という返事が出てしまった。その言葉の口調は早く、緊迫している。
その身体も自ら気付かぬ間に硬くなっている。
その反応を見て、ハイリアルは怪訝な表情を浮かべている。
「…………本当に大丈夫か?……」
その言葉の調子は語尾が強まり、疑いの含んだものに変わる。
レイリーリャはその態度から、言っている言葉の内容だけでなく、出来もしないのに見栄を張って偽るような人間性ではないかと疑っているように感じてしまった。
そう疑われたくないと思った瞬間言葉が出る。
「大丈夫ですので、……わたしも荷物運びか、汚れている所の雑巾拭きか何かします。」
喋りながら、自分が行うという提案の言葉も口から出た。口にしてから、自分でも良く咄嗟に思いついたものだと、内心感心してしまう。
テグドラウはそれを聞いた瞬間、目を見開き口許を歪め驚きと途惑いを一瞬だけ表に現れた。そして眉間に力が入り表情が変わりレイリーリャを凝視すると、その様子を見ながら考えている。
レイリーリャはその表情の変化を見る。
…………やっぱり、わたし、休んだ方が良かった?…………
思わず不安を感じ、怯みそうになってしまう。
テグドラウが口を開く。
「……そこまで言うのなら、…………そうだなぁ……甲板の床拭きしてくれ。」
その口調は重く、躊躇いがあるようだった。
「……甲板の上に溜まった海水を、さっと拭き取ってくれればいいからな。
……まぁ、ピッカピカになるまで綺麗にしないでいいからな。立っているのがしんどいのなら、座りながら拭いても構わんぞ。」
その声のトーンは柔らかいが低く、眉間と額に皺が寄っている。彼女が本当に大丈夫か不安に感じているようで、配慮をしている。
レイリーリャはその配慮に、ここまでするかと内心困惑してしまう。
テグドラウは困惑する彼女を気にする事無く、作業するヌ=エンビの方を向く。
「……ヌ=エンビぃ!レイリーリャのねーちゃん、甲板の床拭きで良いだろっ。」
ヌ=エンビは彼に呼びかけられると、作業を中断してその方を向く。
「そぇでいい!」
フルーデル訛りが混じった返事を一言強く返した。その支援を最も求めているようだった。
テグドラウは男に無言で頷くと、レイリーリャに振り返る。
「決定だな……。それじゃあ甲板拭き、よろしく頼むな。……急ぐ必要ないから、無理しないで良いゾ。
……それと、必要な道具はヌ=エンビに聞いてくれ。」
その声は柔らかだったが怖々している。その表情も額と眉間に皺を寄せ、不安を拭い去る事を出来ていないようだった。
「解りました……。」
レイリーリャは一言承諾の返事をする。
重く感じる身体を意識してしまう。
…………自分で拭くのやると言った事だからしょうがないね……。
彼女は、やっぱり意地を張らずに休めば良かったという後悔を感じてしまう自分自身に対して、別の自分自身が他人を窘めるように思う。
…………それにしても、何か、自分で自分の首を絞めるような事ばかり、してるような気がするなぁ…………。
ふと今までの自分自身の行動を振り返ってしまうと、呆れや落胆が混ざったようなものを感じる。
そして自嘲するように溜息をつくと、ヌ=エンビが作業する所へ歩いて行く。
潰れたフナムシの死骸をつまんでいる蟹がレイリーリャが近づいた事に気付く。その途端、一目散に横歩きして波止場の側面に身を隠す。
その上の空で水鳥達が弧を描きながら鳴き声を上げる。
自らを棚上げして茶化すような鳴き声だった。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。
著作者おだてりゃ 木に登り
ますます ハナシ 創り出す
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