閑話:施設



 レイリーリャがハイリアルに従うメイドとして連れて行かされる前の話である。

 今いるキムタカシンの街から遥か離れた地に隠蔽された施設があった。



 その室内で白衣を身に纏い、白帽とマスクを頭に着けた者達が手術台を囲み、何か作業を行っている。

 彼等が作業を行いながら口に発する言葉を、そのうちの一人が記録として紙に記している。


 彼等が囲む手術台の上には獅子族男性が寝かされており、その身体に注射を刺し何か薬物を注入している。


 獅子族の者の両腕は喪失していた。その代わり頭部が二つあった。両肩の間に右側が獅子族男性、左側は獅子族女性の頭が並んで存在している。左右それぞれの頭にある口に管が付けられ、微かな呼吸をしている。


 左右獅子族の男女の口からは一切声を発しなかった。どちらの目も虚ろのまま動かず、焦点を合わせて何かを見る様子は表さなかった。


 双頭獅子族の者の身体に繋がれたチューブから体液が滴り落ちる。



「心鼓動低下」



 双頭獅子族の者を囲む白衣の者の中の一人が、左胸に付けられた心鼓動を測定する魔道具を見ながら告げる。



「強心剤『スリハムブロンイセバレー 087ーγ』注入後5紛(5分)経過」



 別の白衣の者の中の一人が、時を刻む魔道具を確認しながら過ぎた時間を告げる。



「左足首、青色症出現。」



 その下半身の側から視ている白衣の者も告げる。

 双頭獅子族の左足首からつま先まで、血が充分に循環していないのか、青紫色に変色している。



「心鼓動鈍化。」



 胸部を視ていた白衣の者が告げると、それ以外の白衣の者達も心鼓動測定の魔道具を凝視する。


 急迫した空気がこの一団に拡がる。


 心鼓動測定の魔道具に表示された数値も段々低くなっていく。それに伴い呼吸する喉の動きも弱まり鈍くなる。


 白衣の者達は凝視したまま動かず、その呼吸音だけが室内に拡がっていく。


 獅子族女性側頭部が呼吸する首の動きが無くなると、それに連動するかのように、獅子族男性側頭部が呼吸する首の動きも無くなった。



「…………心鼓動が停止しました。」



 心鼓動測定の魔道具を視ている白衣の者がこう告げ沈黙を破る。



「9紛(9分) 心停止。」



 時を刻む魔道具を視ていた白衣の者も追い打ちを掛けるように告げた。

 それが引き金になったかのように、その中の一人が溜息を吐いて肩を落とし、別の一人が唇を噛みしめ握った両手に力を込める。


 その背後から打撃音がした。

 白衣の者達は一斉にその音がした方を向く。



「……今回も失敗か……。」



 椅子に座ったままこの様子を視ていた白衣の者が俯き、額を片手で抑えている。

 この打撃音は、座っている者が横に据えられていたテーブルを叩いた音だった。


 この言葉を耳にした他の白衣の者達は、この者を見つめ続ける。



「イセバレーを投薬しても駄目でしたね……。」



 記録していた白衣の者が顔を上げ告げる。その両眉が下がり、語尾は不安そうに弱まる。



「……ああ。この手術失敗で、男性側頭部と女性側頭部が敵対関係にある際に起こる衝突で、どの程度までエスカレートするか調査する実験が持ち越しになってしまったのが残念だなぁ……。」



 落胆する別の白衣の者が発する声が沈む。



「キメラ長期生存率を上げる貴重なデータになりそうなのに……。」



 手術台一帯の雰囲気も重く沈む。


 手術台の上で仰向けに横たわる双頭獅子族の者の身体は、呼吸が止まり指先一つ動かない。その左右の首にある両目も動く事は無く、焦点がどこにも合わず虚ろなままだった。 


 

「次は大丈夫。上手くいきますヨ。」



 この言葉によって沈黙が打ち砕かれる。

 その口調は楽しげで自然な軽やかさだった。


 そのまた別の白衣の者が発する言葉は、論理性が無く研究者らしくない楽天的なものだった。

 その白帽とマスクの隙間から覗く両目には、快活な笑みが浮かんでいる。



「そうですよ。これが駄目だと解っただけでも収穫がありますよ。色々なデータを取れましたし。」



 獅子族の者の身体に刺さった管を抜いている白衣の者も同意する。

 辺りに漂っていた緊張した空気が柔らぎ、所々で声が上がる。



「……確かに検体を生存させて実験調査を行えないのは痛いが、……」



 椅子に座る白衣の者は額に付けていた手を下ろすと、顔を上げ他の白衣の者達を眺める。



「……今あるイセバレーだけで駄目だったら、より強力な大型魔族の心臓を移植するか、頭だけで無く心臓も二つにすれば良いだけだしな……。」



 その顔から険が柔らぎ、口許に笑みが

浮かんだように、その上に覆われたマスクがへこむ。


 手術台の上に仰向けに横たわる双頭獅子族の骸の口からは、何も言葉を発せない。

 想いを伝える言葉を何一つ発する事は出来ない。



「……そうなると次は、何をすれば良いのだ?心臓移植か?それとも追加手術か?」



 椅子に座る白衣の者は資料を確認しようと、真横に据えられたテーブルに顔を向ける。


 その上に資料の書類は置かれていなかった。


 黒いフードを被った生首がそこから生えるように現れていた。

 テーブルの天板から急激に生えるように両腕も現れる。

 その両手を天板に着け、闇で染め上げたローブを纏う身体を乗り上げる。

 死を司る者、ドマーラルシズトだった。



 椅子に座わったまま白衣の者は両目を見開き叫ぶ。何事が起こったのか把握出来ず、驚き困惑する。


 ドマーラルシズトは水平に片手を上げ、身体を回転させ手刀を振り切る。透き通る透明な刃が水平に部屋の中を拡がり、白衣の者達を両断する。


 その身体の切断面から血が滲み始め、溢れ出した血液が白衣を紅く染め上げる。


 白衣の者達は力無く両膝を着き、身体が床に倒れ込む。

 切断面から血が溢れ床に拡がっていく。

 白衣が赤い血で染まる。

 呼吸音が絶え、時を刻む魔道具の動作音だけがこの室内に拡がる。

 想いを伝える言葉は何一つ残らない。

 


 ドマーラルシズトは白衣の者達を一顧もせず、地面の上を歩くように宙に浮いたまま歩を進める。何も無いように壁面を通り抜け、隣接する室内に入る。


 多数の実験道具が置かれ、それらが詰められた棚も室内に並び据えられている。

 

 ドマーラルシズトは宙に浮いたまま、実験道具や棚に向け手刀を切る。手刀から放たれた透き通る刃がそれらを貫く。

 実験道具は切断された断面から傾き倒れる。棚は切断されたその上部が床面にずれ落ち、轟音が響く。


 ドマーラルシズトは一切周囲を一顧もせずに、切断された実験道具と棚の下部だけが林立する室内を進む。


 異音に気付き室内に入ってきた白衣の者達を見向きもせず、片腕だけ向けて透明な刃を放ち両断する。


 再び壁面を通り抜け、隣接する室内に現れる。


 そこにはいくつもの透明なカプセルが並べて設置されていた。

 その中には何らかの液体が入っており、人が一人ずつ中に入っていた。


 その者達は胎児から青年位までの成長段階の男女だった。

 その種族も人族だけで無く、獣人族にライトエルフ、魔族など様々な種族が入っていた。


 ドマーラルシズトはカプセルに顔を向けるとその前に立ち止まった。


 カプセルに充たされた液体の中で漂う者達は、目を瞑り眠っているようであった。だがドマーラルシズトの存在に気付いて目を開き、視線を向けている者もいた。


 ドマーラルシズトは並べられている透明なカプセルに向かって手刀を切った。

 発せられた透明な刃が、並べられているカプセルを切断した。


 カプセルの切断面からその上部が崩れ落ち、中の液体が溢れ出した。カプセル諸共切断され真っ二つになった身体が、液体と一緒に流れ落ち、床に亡骸を晒す。


 液体と一緒に流された胎児は、横たわった状態でテーブルの脚に引っ掛かった。

 身体が空気に晒されると、発達し切れていない手足を振って動かし始めた。しばらくそう動かし続けていたが、徐々に弱くなっていく。

 突然全身が痙攣しそれが止むと、全身の動きが止まり動かなくなった。


 ドマーラルシズトは振り向き再び歩き始めた。その両足は宙に浮かび、見えない床の上を歩くように進む。


 壁をすり抜けると、また別の部屋に出た。

 そこではは白衣の者達が手術台を囲み、何か話し合いを行っている。


 壁面より現れたドマーラルシズトの姿が目に入り、そこにいる白衣の者達が静まり返り動きが止まる。



「キサマ、何者だぁ?!」



 その中の一人が驚愕し叫ぶ。


 ドマーラルシズトはその声に応えず、無言で手刀を下ろし透き通る刃を放つ。

 この場にいる白衣の者達は皆両断され、その身体が床に崩れ落ちる。


 そのうちの一人だけが両断されずに残り、手術台の横に立っていた。残った白衣の者は着けてた腕輪に目を移すと、壁面の前で立つように浮かぶドマーラルシズトを凝視する。



「…………障壁の魔道具が役立ったか…………。


 …………何者か知らないが、わたしの手術オペを邪魔するなッ。」



 白衣の者は握っていた治療の際に使用するロッドを咄嗟にドマーラルシズトに向ける。幾重もの炎の刃がロッドから放たれ、ドマーラルシズトを襲う。


 向かってくる炎の刃に合わせてドマーラルシズトが手刀を切る。上半身が回転しローブの裾が靡く。

 炎の刃は風で煽られたように消え失せた。



 白衣の者は驚愕する。被る白帽とマスクの間から覗く両目は見開く。身体が震え痙攣している。


 白衣の者は言葉にならない絶叫をし、ロッドを何度も力任せに振るう。その先から何十ものスティールスパイクが放たれ、ドマーラルシズトが着るローブに当たった。


 しかしスティールスパイクはローブに刺さらなかった。スティールスパイクは床に落ち鈍い音を立てる。



 ドマーラルシズトは白衣の者に正対すると、向かって歩き始めた。


 白衣の者は恐怖で喚きながら、何度もロッドを振り続ける。放たれたスティールスパイクはローブに跳ね返され下に落ちる。


 ドマーラルシズトは向かってくる金属針を無視して、白衣の者に近付いていく。


 白衣の者は恐怖で腰が引き、思わずドマーラルシズトに持っていたロッドを投げつける。そして手許に置かれていたメスなどといった道具を掴み、片っ端から投げつけ始める。

 恐怖で白衣の者の両目から涙が流れる。 



「―――来るなぁぁぁ!!不滅にする尊いわたしの邪魔す」



 ドマーラルシズトの手刀が白衣の者の顔面を貫く。

 貫かれた後頭部からその手が突き出す。血まみれになった指先から血液が滴り落ちる。


 ドマーラルシズトが手を抜くと、白衣の者の死骸が力無く膝から崩れ落ちた。


 貫かれた死骸の頭部を中心として床に赤黒い血が拡がっていく。


 器具の作動音と呼吸音だけがこの部屋に拡がる。



 手術台の上には初老に差し掛かった女性が仰向けに横たわっている。伸ばした金色の髪の中には白髪が混じり、額や首許などといった所には皺が刻まれ、肌の張りは失われている。両耳は長く尖り、人の両腕だけで無く、虎族獣人の両腕と、魔族両足があった。それらだけでなく、サキュバス族魔族の尻尾が生え、背中には天人か天馬の両翼があった。


 呼吸はしているものの、少しも目を覚ます様子は無かった。麻酔か何かが罹っているのか、物音や振動などに対する反応を全く示さなかった。この争いなど全く気付かぬようであった。


 ドマーラルシズトは顔を向け、横たわる女性に目を向けた。


 初老の女性はその視線に全く気付く事は無く、目を覚まさない。


 器具の作動音とこの女性の呼吸音だけがこの部屋に拡がる。


 ドマーラルシズトは無言で手刀を叩き落とした。

 手術台ごと女性の胴体が切断される。

 切断された台それぞれが切断面側にくの字となって傾く。


 女性の口から血が溢れ出す。頬を伝わり血の雫となって下に流れ落ちる。

 その口から絶叫を発せられる事は無かった。

 目を開く事は無く、呼吸も止まり、全ての動きが無くなった。


 ドマーラルシズトは手術の際に使われた器具に顔を向けた。


 器具はタンス位の大きさの魔道具だった。手術は既に終わっていて、ホースやケーブルが身体から外されていた。


 それに向かって手刀を切り、放たれた透き通る刃が器具を切断する。切断された器具切断面から金色のスパークが飛び散ると、白煙が立ち昇る。


 ドマーラルシズトは再び初老の女性の亡骸にむき直し指を向けた。


 亡骸から炎が上がり、全身に拡がり火達磨と化す。


 ドマーラルシズトが着る黒いフードに赤い炎が照らされる。


 ドマーラルシズトは壁や天井に向かって手刀を切る。

 放たれた透き通る刃が壁や天井を砕く。天井から砕かれた石材や木材などといった建材が下に落ちてくる。

 燃え上がる死骸の上に石材が落ち、下敷きとなって潰される。


 砕かれた壁面や天井から緑の森と青い空が現れる。辺りを野獣や魔獣達が叫く鳴き声で騒然としている。


 ドマーラルシズトは空に向かって歩き出す。そこに見えない階段があるように、一段一段昇っていく。

 ドマーラルシズトはそのまま昇り続け、森を越え空の彼方へ消えていった。



 手術室だった所に積み上がる瓦礫の隙間から、黒い煙が立ち昇る。


 鳥が天井だった所の端に止まり、室内を覗く。その途端喚くような鳴き声を上げると、そこから逃げるように飛び去っていった。



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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


著作者おだてりゃ 木に登り

ますます ハナシ 創り出す

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