26.職務


 己立者ギルドの中年職員はレイリーリャの腕を掴んだまま詰った。

 その様子を見聞きした周りにいる己立者達が足を止め二人を見る。



「オマエはギルドの建物内で暴れる事を禁止されているのを、当然知っているよなぁ。」



 レイリーリャは中年職員の責める言葉と態度に恐く感じ、尻尾は力無く垂れる。だが内心恐さを感じながらも堪え、言葉を絞り出す。



「……初めて、己立者ギルドに来ましたので、ルールとして禁止されている事は知りませんでしたが、……暴れてはいけないのは、言われなくても解ります。」



 掴まれたレイリーリャの腕に傷みが伝わる。



「ならば、なぜ主人が争いに巻き込まれてしまう前に止めぬ。

 無能な役立たずではないか。」



 中年職員は軽蔑するように非難する。

 レイリーリャはこれを聞き、右の口許を歪ませて見下している中年職員の顔を見据える。



―――……わたしは執事や側近とかじゃなく、単なるメイドなんだけど……。



 微かな怒りの炎が腹の底に灯るが、受け入れてしまった中年職員の言葉が心の底に澱となって沈む。



―――……それに、わたしが止めようと思う前に、ハイリアル様は投げ倒したりとか色々されたし……。



 レイリーリャは身体を後ろに捻り、掴まれた腕を払った。

 中年職員が掴んでいた手が離れ下に垂れる。


 玄関前で後ろに振り返り立ち止まって二人を見ていたハイリアルが、眉間に皺を寄せ険しい表情をしながらレイリーリャの側に近づく。



「職員よ……。実行した本人である我ではなく、なぜ我が従者を貶す。」



 ハイリアルは中年職員を凝視する。その言葉の調子は剣のように鋭く刺す。


 中年職員はその非難の声を聞いてその方に顔を向けた。その声の主がハイリアルだと解ると一瞬眉間と額に皺を寄せ怯むが、両口許を歪ませ愛想笑いを浮かべる。



「……貴方の下僕がやるべき事を行っておりませんでしたので、己立者ギルドの職員としての立場から注意致しました。」



 中年職員の口調はレイリーリャを詰った時とは違っていた。その言葉は丁寧ではあるが、従者であるレイリーリャを見下すようであった。

 レイリーリャはその言葉を聞きながら、全身の素肌の上にスライムがぬめりながら纏わり付いているようで、生ぬるく気持ち悪く感じる。



「……己立者ギルドの職員という立場としてならば、なおさら従者ではなく、実際に行動をした我に注意すべきでは無いか。」



 ハイリアルの声の調子は低く据えられ、昂りそうになる感情を抑えるようだった。



「……御自身の身なりや振る舞いから想像致しまして~、……御自身は貴族に連なる方だと判断致しましたので、御尊名を汚さぬように従者の方に注意を致しました。」



 ハイリアルを見る中年職員の声は乱高下して揺れている。

 何か負い目を持っていて、無理に理由付けいるようであった。


 一般的に貴族は名誉を尊重し体裁を重んじる為に、それを中傷や非難などといった行為によって汚される事を非常に嫌うのである。

 そのやり方と内容次第では、処断されてもおかしくないのである。


 中年職員のこの言葉を聞いた瞬間、ハイリアルは忌々しそうに舌打ちした。口許から噛み締めた歯を見せ苛立ちが顔に現れる。



「…………我は貴族だとは一言も言っていない……。……そもそも、尊名や見栄がどうこうする以前に、行動したのは我ではないか。そうなると我は己立者で、我の行動なのだから、責任は我にあるのではないか。」



 ハイリアルの目が中年職員を刺す。

 ハイリアルの言葉に力が入る。


 

「……注意どころか当事者ではない、我が従者を、我が要求していないにもかかわらず、執事紛いの業務を行っていない等という理由で無能な役立たずなどと貶して……。……それこそ己は無礼ではないか。」



 ハイリアルが握る薙刀の先端が、中年職員に向けて傾く。薙刀の刃はカバーに覆われ隠されているが、その状態のまま中年職員の眉間を突き刺すように構えている。


 中年職員の視線はハイリアルの視線から逃げるように下に下がる。その口は何か言い訳するかのように動いたが、そこから漏れる言葉は無かった。



―――そうよねぇ。ハイリアルさまはそこまでわたしに求めていないとおっしゃってくれたよね……。……それなのに、何でわたしがそこまで文句言われなきゃいけないんだろう……。



 レイリーリャは責めるハイリアルと中年職員を見つめる。中年職員に対して感じる怒りと、庇ってくれるハイリアルに対する嬉しさで昂る。レイリーリャの尻尾がリズミカルに左右に揺れる。



―――もしあの時あのヤバそうな人達にハイリアルさまが怒らなかったら、暴力振るわれたよね。あの感じだと……。



 このホールにいる己立者達は立ち止まり三人を見ている。三人から離れた所にいる己立者の獣族男性が、同じパーティの己立者に中年職員を指さし嘲笑を浮かべながら同意を求めている。


 ハイリアルは中年職員を責め続ける。



「……それ以前に、己はあの四人の男達が因縁を付けるのを、なぜ注意して止めない?」



 ハイリアルが握った薙刀の先端は中年職員の顔に向けて構え続ける。



「…………我が行った一連の流れを見ていたのだろう。なぜ、こう揉める前に止めなかった?……あの様子では、アイツらは我だけではなく、日常的に他の己立者達にも絡んでいるのではないか。」



 ハイリアルの口調は変化する。怒りよりも軽蔑するような軽さが混じる。

 中年職員はハイリアルの態度を見て、腹立たしそうに唇を噛み締める。握り締めた右手で自らの太ももを、怒りをぶつけるように抑えつける。



「……わたし達己立者ギルド職員は普段の業務で忙しく、そこまで手を回し切れない事もあります……。」



 中年職員は苦しそうに言い訳を絞り出す。



「我が従者を詰る余裕があるなら、あいつら四人を注意する余裕もあるのではないか。」



 ハイリアルは中年職員を責めるように凝視し、その口調が強くなる。


 二人の間に重い空気が拡がる。

 中年職員は下からハイリアルを眉間に皺を寄せて睨み、返したくとも言葉を出せずに歪んだ口許が震えている。



―――……そうだよね。職員だったら、ギルドの為になる事をしないのはダメだよね。



 レイリーリャは内心ハイリアルの言葉に同意し自ら思う。



―――…………もしかして、あの職員もあのヤバい人達の事が怖くて注意出来なかったの?



 レイリーリャはハイリアルを睨み続ける中年職員を凝視する。

 その姿は追い詰められ威嚇しているが、全身から怯えている雰囲気が滲み出ているように感じられ、先程よりも小さくちっぽけに見える。

 中年職員に対する憎悪が心の中から熱を帯びて湧き始める。



―――わたしみたいに、まともに戦えない相手だからバカにしたのね……。ただの「弱い者いじめして悦んでるヘタレ……。」



 レイリーリャが中年職員に対する非難が口から漏れてしまう。

 その途端ハイリアルと中年職員はレイリーリャに顔を向ける。

 中年職員の顔は目を剝いてレイリーリャに対する怒りを露わにし、ハイリアルは同意するように口許に薄笑いを浮かべる。


 レイリーリャは二人の表情を見て思わず途惑い動揺する。しかし怯んでしまわぬよう堪え、自らの気持ちを奮い立たせ、顔を上げ中年職員の顔を見つめる。



「……問題のある己立者たちを怖がったり、弱みを持つ人達をいびるようなセコい事をしたりせずに、前もって問題が起こらないよう、より良い環境を作るよう努力するのが、ギルド職員のあるべき姿じゃないですか。」



 レイリーリャは中年職員に対して、柔らかく包んだりせずに思っているまま言ってしまった。

 ハイリアルには予想外のようで、思わずレイリーリャの顔を眺めると少し口許に笑みを浮かべた。そして中年職員は怒りで目を見開き、その顔は赤黒くたぎる。

 レイリーリャはその表情が目に入り、どう反応するのか怖くなる。



「―――職員でないクセに偉そうな事をヌカすなぁ!ションベンとケダモノ臭い小娘がぁ。」



 中年職員はレイリーリャを睨み声を荒げる。

 レイリーリャは恐怖を感じ身体が固まり凍り付いてしまう。

 ハイリアルは中年職員を遮るようにレイリーリャの前に進み出ると中年男性を見据える。



「……道理を言われて逆上するとは……。自分には指摘された通りの欠陥があると、認めたようなものだな。」



 こう言い終わると口許に薄笑いを浮かべる。



「ン、……そんな事は……。」



 中年職員はハイリアルの言葉に言い返そうとするが、途中で言葉を出せず困窮する。



「何を動揺している。疚しい所が無ければ毅然としていられるはずだが。」



 ハイリアルは畳みかける。

 中年職員は口許を歪め苛立ちを隠さぬまま何も言い返せなかった。

 ハイリアルは黙ったまま中年職員を見据える。


 三人の周りを囲っている己立者達も、反応するのを待ち構えるように眺めている。


 レイリーリャはハイリアルの後ろ姿越しに中年職員を見つめる。

 その姿は頭を抑えつけられた子供のようで、反論したくても出来ないように見えた。

 言い争いで中年職員はハイリアルに負けたように感じる。


 ハイリアルは中年職員が全く反論出来ないようだと確認すると、うんざりしたように深い溜息を吐いた。息を吐き終え一泊間を取ると、纏めるように再び喋り始めた。


 

「……先程の出来事についての話に戻すが、我はあいつら四人に我の胸ぐらを掴まれた上に通る事を妨げられ、危害を加えられそうになった。それ故に、我らの身を守る為に退けただけだ。」



 ハイリアルは中年職員を凝視する。

 二人の間に沈黙が走る。

 沈黙は争う二人を眺める者達にも拡がっていく。

 中年職員の口から返す言葉は出なかった。



「……それでは立ち去ろう。」



 ハイリアルは中年男性職員を軽蔑するような冷ややかな目をすると、建物の玄関のある方に振り返り去っていく。レイリーリャはすれ違いざま、中年男性職員の顔を凝視する。中年職員はハイリアルの背中を凝視したまま唇を噛み、無言で屈辱を堪えているような顔をしていた。


 レイリーリャは中年職員を非難したい気持ちを抱いたまま、そうする為に立ち止まる事無く、ハイリアルの背中を追って行く。



「……覚えとけよ……。」



 中年職員は出て行く二人を睨み続けながら小声で呟く。

 しかし二人の背中にそれは届かない。

 いや、

 ―――届かせない。



「……他人を詰らずにいると、劣等感を感じて辛くなってしまうのか?……」



 歩きながら呟くハイリアルの声も、その後ろを付いてくるレイリーリャだけではなく、誰にも届かなかった。



 ハイリアルはギルドの玄関の扉の前まで来ると一旦そこで立ち止まった。それから後ろから付いてきたレイリーリャから先に扉から出させると、ギルドのホール内を改めて見回してから自らも扉から立ち去った。



 掲示板の前に一人の青年が立てた大盾の上に両腕で寄りかかるようにして、その様子を眺めている。その青年は子供のように背が低いが、鼻の下に無精髭を生やしずんぐりと厳つかった。


 ハイリアル達が玄関より出て立ち去るのを目に入れると、見世物が終わったとばかりに大盾の上に寄りかかっていた両腕を伸ばし振り返った。

 そして、はぁはら減ったと独り呟くと、大盾を片手で掴み食堂に向かって歩き始めた。 




 ハイリアル達はギルドの建物の外に出た。その目の前を通る道を横切ると、立ち止まって後ろを振り返り、ギルドの出入り口を眺める。



 レイリーリャもハイリアルに付いてきてその後ろで控えるが、何でそこで立ち止まっているのか解らなかった。



―――さっさと宿に戻らないと、あの男達が追っかけてきて、争いになっちゃうんじゃないの?それって拙くない?



 レイリーリャは怯え、ハイリアルの横顔を見つめる。

 ハイリアルは眉間に皺を寄せ何か考え込んでいる。



「……ハイリアルさま、もめ事になるといけませんので、宿に戻りませんか?」



 レイリーリャは怯え続ける事に堪えきれずハイリアルに尋ねる。



「…………もう少し待て……。」



 ハイリアルはレイリーリャに振り返らず、ギルドの出入り口を見つめ続けている。


 荷台に被せた覆いを靡かせながら、魚を載せた荷馬車が通り過ぎていく。

 丸腰の己立者と思われる女性が、気持ちを込めるようにギルドの扉を開け入っていく。


 ギルドの扉が開くと狢の獣族男性が扉から出てきた。ハイリアルが立っている姿が目に入ると、俯いて目を合わさないようにしながらそそくさと立ち去っていった。


 ハイリアル達はしばらくギルドの建物の前で立ち続けていた。しかし二人を追いかけてくる者達は誰も現れなかった。



「……骨がありそうなヤツはいないか……。」



 ハイリアルは侘しさと無力感が混ざったように力無く呟く。

 それが耳に入り、レイリーリャは思わず戦慄してしまい、目を見開き両眉が下がる。



「…………まさかハイリアル様は、戦う相手を求めて、ここで待ってるんですか?!」



 レイリーリャの身体が竦む。争いに巻き込まれるのが恐かった。



「……さすがにムダなケンカをして自惚れる趣味はないが……。」



 ハイリアルは玄関の扉に目を向けたまま苦笑いする。



「我に付いて行こうと追ってくる者がいないか待っていたのだがな。



「……先程の食堂での我の振る舞いを見た上で、闘いたがる位の気概があるヤツなら、面白いかもしれんがな。」



 ハイリアルは捕食者のような獰猛な笑みを右口許に浮かべる。



―――……そういうハイリアルさまも、戦いたいようじゃないですか!



 レイリーリャはハイリアルに突っ込みを入れてしまう。それを口に出した時の反応を怖れて、何も言わず思っているだけだが。



「……もっとも本当に力のあるヤツなら、こんな陸上では強い魔物の出ない所で、デカい面していきがっていないか……。


 大体は、ここから東に領都を過ぎた先にあるマギト山脈などといった奥地で強い魔物を狩ってるか、漁師ギルドで海の魔物を狩って金稼いでいるか……。」



 ハイリアルは嘲笑う。己立者ギルドにいた者達だけでなく、そこで協力者を求めた自分自身も含んでいるように。



「……漁師ギルドですか。強い人がいるのなら、こっちで誘ったのは間ち……じゃなくて、漁師ギルドで誘われてはいかがでしょうか。」



 レイリーリャの疑問はハイリアルの批判になりそうだったので、慌てて訂正する。だがハイリアルは、レイリーリャの口が滑って批判になりそうな言葉を気にする様子は見せなかった。



「漁民の多くは自らの船を所有していて、自ら主導して漁をしているから、パーティに誘うのは難しいだろうが……、…………単発の漁で、船に乗り込んで漁をする船員として乗る者なら、いるかもしれんな。」



 協力者がいるかもしれない期待を感じ、ハイリアルの目が少し広がる。



「……それなら無駄になるのを覚悟の上で、協力を誘ってみるのも良いかもしれないな。」



 ハイリアル自身を納得させるような口ぶりだった。



「ダメだったとしても、大きな損害は出ないでしょうか?」



 レイリーリャは普通の勧誘なら金銭絡みで大きな浪費にならないだろうと思いながらも、口に出してから、ハイリアルが己立者ギルドで諍いがあった事を思い出す。


―――ハイリアルさまが、またケンカしてしまったらどうしよう。



 胸の中に不安を少し感じる。



「……損害は……、時間が多少潰れるぐらいで、大した事にはならないはずだ。己立者ギルドみたいに揉めなければな。」



 ハイリアルはその諍いを思い出し苦笑いする。



「時間はまだ昼前だし、漁師ギルドに行くか。」



 そしてレイリーリャの方を向いてこう言うと、漁師ギルドに向かって歩いて行く。



―――またハイリアルさまがケンカをしてしまったら、わたしはどうしたらいいんだろう?



 レイリーリャはハイリアルの後ろを付いて行きながら、同じ疑問を心の中で繰り返しつつ不安を身体に纏っている。



―――恐いなぁ。ホントにどうしよう?……



 ゴミ捨て場から生ゴミを咥えた鴉からそれを奪おうと、白い海鳥が嘴でその身体を突く。二羽が争う鳴き声と羽音が拡がる。


 レイリーリャはふと己立者ギルドに食堂があった事を思い出す。

 調理され皿の上に載せられた海水魚の料理の姿を想像し、その味を舌の上で想起する。



―――…………漁師ギルドにも食堂があればいいなぁ……。…………美味しいお魚あれば食べたいな~。



 協力する者を誘うという本来の目的をよそに、海水魚の料理を食べる期待を抱き楽しみに感じる。

 

 南からの浜風に乗って茶色い鳶らしき鳥が旋回する。浜風が二人の身体を通り過ぎ、レイリーリャの銀髪が靡く。



―――…………さっきまでハイリアルさまがケンカしてしまう事を怖がってた気がするけど、今はお魚料理の事しか考えてなかったよね。



 レイリーリャは自らの気の変わりっぷりに気付き思わず苦笑いしてしまう。ハイリアルが漁師ギルドで喧嘩になってしまう事を怖れていたのを忘れてしまったように。


 黒いローブを纏ったハイリアルの背中を目に入れ、レイリーリャは尻尾を左右にリズミカルに振りながら歩いて行く。





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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


著作者おだてりゃ 木に登り

ますます ハナシ 創り出す

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