25.諍い


 受付嬢との話を終え、ハイリアルはホール内をセパレートする観葉植物の側を通り食堂のエリアに足を入れる。


 食堂の中には簡素な作りのテーブルが敷き詰めるように並べられている。

 その所々で人族や獣族の己立者達によって組まれたパーティが、食事をしたりだべったりしている。

 また黒小人フルーデルの己立者達が、食堂の端の席に固まって座っている。


 レイリーリャもハイリアルの後ろを付いて行くが、己立者達の目線を射られ心細く感じている。



…………この空気恐くて嫌だね。スラムの裏みたいだね……。



 その身体は竦んで縮み、尻尾は下に垂れている。


 テーブル席で食後くつろいでいた二十代のむじなの獣族男性己立者は、顔を上げ二人が進むのを見据えている。



…………なんかハイリアル様はそういうの全然気にしてない感じがするね……。



 レイリーリャは前を歩く彼の姿を見る。彼は周囲の視線など眼中にないように、己立者達を見物するように眺めながら淡々と歩いている。


 席で談笑していた二十代前後の女性パーティが、彼が近付くと喋るのを止め、各々の得物を握り怪訝そうに見上げる。


 彼は食堂の端にあるカウンターテーブルの前まで来た。

 そこにいる中年男性の店員はその姿に気付くが、何も無いように下を向いて調理か何か作業をする。


 レイリーリャは彼とカウンターを眺める。



―――えっ?…………『従魔にフンさせない 綺麗な食堂』なんて標語が書かれた貼り紙あるんだ……。



 彼女はカウンターの上の壁に貼られた貼り紙を見て、口を半開きにして呆然としてしまう。



…………それはともかく、ハイリアルさまは何か頼むのかなぁ?朝ご飯食べてからまだ時間経ってないから、ご飯とか食べ物じゃないと思うけど……。



 その後ろ姿を不思議に思いながら眺める。

 すると彼は店員を全く顧みずに、テーブル席にいる己立者達を眺めながら、食堂の壁を添うように歩き始めた。


 店員は彼が注文せずに進んで行く姿をちらっと見ると、下を向き眉間に皺を寄せ非難するように首を左右に振った。


 レイリーリャはその進む方向が目に入る。

 その途端恐さが募っていき身体が強張っていく。


 その方向に目を合わせないように顔を逸らしながら、その後ろを付いて行く。


 その先の食堂の隅にあるテーブルには、ガラの悪そうな己立者の男達四人がそこに居座っていた。

 その中の男一人がハイリアルに気付くと、鬱陶しそうに立ち上がり近付いてくる。

 朱色に染めた髪を短く五分刈りにした己立者の男は威嚇するように彼を凝視し、下から見上げるように睨んでいる。



―――うわぁぁ。何かヤバい人に絡まれてるッ!



 彼女は怯え彼の顔を見つめる。自らの身体は竦み尻尾が垂れ下がる。



―――ハイリアルさまぁ、どうしましょう……。



 思わず両手を合わせて握り締めてしまう。



「見ねぇツラだなぁ。


 ……オレらに挨拶はどうしたぁ。礼儀を知らねぇ田舎者かぁ。スカしてんじゃねぇゾ。ああン?」



 朱色の五分刈りの威嚇する声は低く凄みが入る。

 彼は何も言わずに男達を見る。

 

 残りの男達三人も隅のテーブルに座ったまま彼を威嚇するように凝視している。

 テーブルの端の短辺側には、顔面に黒い様々な模様の刺青をしている坊主の大男が居座っている。顔面刺青男は椅子二つ占有し両足をテーブルに乗せ、通路を遮っている。

 その両脇を控えるように、手前側に座る黒い毛をした狼系の獣族の男が噛みつかんばかりに牙をむき出し、その向かい側奥には額に数個鋲のようなピアスをした男が、赤褐色の混じった角張った魔石の付いた杖を片手に抱えている。



「何黙ってんだ。コラァ。

『こんにちは。よろしくおねがいします。』って言葉も言えねぇんか、ボケェ。黒小人フルーデルかぁ。」



 朱色の五分刈りがこめかみに青筋を立て、彼の胸ぐらを右手で掴む。



「ハイリアルさまッ……。」



 レイリーリャは恐くなり思わず声を出す。

 しかし当の彼はその声を気にせず、無言で男達を見ている。



「シカトしやがって、ナメて―――」



 朱色の五分刈りが怒鳴り始める瞬間、他の三人の男達が驚愕の声を上げる。

 それと同時に、彼は朱色五分刈りを床に投げ飛ばした。

 朱色五分刈りの後頭部が床に打ち付けられ鈍い音を立てる。

 彼は朱色五分刈りの右手の甲を左手で掴み、薙刀を持ったまま抱えるように床に投げたのだった。



「テメェ、何やった?!」



「動かん……。」



「いつの間に……。」



 三人の男達の両足は氷結し動けなくなっていた。

 彼は朱色五分刈りを投げ飛ばす前に、無詠唱で凍結の呪文を唱えていたのだった。



―――え~、もしかして、あいつらが気付く前に凍らせちゃったのぉ?!



 レイリーリャは驚愕し口が開きっぱなしになっている。


 そんな彼女を現実に立ち戻らすかのように、突然朱色五分刈りが絶叫した。

 彼は立ち上がっており、手で付いた埃を取るように服を払っていた。

 朱色五分刈りの右指が天井を向いて反っている。


 彼は投げ飛ばしてから立ち上がる時に、朱色五分刈りの右手の指を掴んで折っていた。

 だが彼女にはそれを気付く事が全く出来なかった。



「痛ぇよぉ。こんなことするか……。」



 朱色五分刈りは床の上にうずくまり喚いている。


 ハイリアルは片膝を付いた。

 そして朱色五分刈りが喚くのを聞き流しつつ、強引にその右指を床の上に真っ直ぐに押さえつけ、床ごと氷魔法で固めてしまった。



「折った骨固めてやった。冷やしておけ。」



 彼が投げ放つ言葉も氷魔法のように冷ややかだった。


 男達三人は両足に纏い付く氷を叩いたり足を引っ張ったりし続けているものの、三人の両足は固められたままで動けなかった。


 彼は立ち上がり男達三人を眺める。



「…………これ位、まだ抜け出せないのか…………。」



 軽蔑する声がその口から漏れた。

 誰に伝えるものでは無い声は小さく、誰も聞き取れなかった。



「オマエ、早く魔法で何とかしろッ!」



 黒毛狼男が怖れと焦りで声を戦慄かせながら、額に鋲ピアスを急かす。

 それに反応した鋲ピアスが右手で杖を握り締め、空中に左手の指で文字を書くように性急に動かしながら、一心に炎魔法の呪文を唱え始める。



「お、『大空の直中で輝き照らす天日の炎、大地に降りて再び炎照らし始め熱籠もら……』」



 鋲ピアスがハイリアルの顔を見上げると、その言葉が止まる。



「屋内は火気も厳禁だ。」



 彼は抑えつけるように片手を広げ鋲ピアスに向けている。



「キサマの炎魔法、まとまらずに発現出来ない事は、―――解るよな。」



 彼は既に無詠唱で魔法破棄の呪文を唱えていた。普段魔法を唱える時に構える魔石付き薙刀は構えておらず、カバーを着けっぱなしにしたままだった。


 鋲ピアスは驚愕し恐怖で口を開けたまま両目を見開き、身体を強張らせ固まっている。

 彼は手を降ろし顔面刺青墨の男の前まで近付いた。顔面刺青男の両足はテーブルごと凍らされ、テーブルに釘着けされ続けている。


 顔面刺青男は彼の顔を見据え睨み続けているが、忌まわしいように下唇を噛んでいる。



「『コンニチハ。ヨロシクオネガイシマス。』――――――通るぞ。」



 ハイリアルは顔面刺青男が座っている椅子二つを蹴飛ばした。

 椅子は床を滑っていき、両足を固められたままの顔面刺青男の上半身は反り返ったまま床に落ちた。その際両手で庇い切れず後頭部を床に打った。

 顔面刺青男は呻く。



「邪魔だ。」



 彼は両足を固められたままのけ反る顔面刺青男の横を通る。

 顔面刺青男は痛みを堪え険しい顔をしながら、下から彼を見上げ睨む。


「…………テメェ、ぶっ殺す。」



 彼は何も言葉を返さず冷淡に見下ろす。


 レイリーリャはこの様子を見続けてしまい、彼に付いて行くのを忘れ立ち尽くしたままだった。

 その男達への攻撃に恐く感じ怯えてしまった。


 ハイリアルはレイリーリャを見る。

 彼女はその目線に気付いた瞬間、身体が竦んでしまった。まだ男達に対して恐く感じていた。しかしそれ以上に、ハイリアルが怖ろしかった。それで思わず、彼がいる所まで行くのを躊躇ってしまう。



「キサマが下から見上げているから、我が従者のスカートの中が見えてしまい、こちらに来れないな。」



 ハイリアルは顔面刺青男を見下ろす。彼女の内心を配慮するような言葉を並べつつも、声の調子は低く冷ややかだった。


 彼女は彼が言う想像外の言葉に途惑い、何も言葉に表せず返せなかった。


 彼は表情を変えず無言のまま、顔面刺青男の鼻や口、両目といった顔面を何度も踵で蹴りつけ、横顔を床に押しつけるように踏みにじる。その顔は腫れ上がり、顔面に入れた黒い刺青は赤い血で上塗りされる。



「これでスカートの中を見られる心配は無くなった。こっちに来られるだろう。」



 彼は顔面刺青男の目を隠すように横顔を踏みつけながら、何事も無いように彼女に手招きする。



「―――ッ、ひゃい。」



 彼女は咄嗟とっさに口から返事の言葉が出てしまった。

 彼がした手招きに驚き怖く感じたのだった。なぜか攻撃に巻き込まれると一瞬判断してしまったのだった。


 思わず動揺して俯き身体を小さく縮こまらせながら小走りを始めた。そうしながら、口から出てしまったその発音は自分で聞いても変だな、と緊張感の無い事を思ってしまった。


 踏みつけられた顔面刺青男の顔が自らの足許に近付くと、スカートの裾を両手で抑え拡がらないようにしながらそれを避けて通る。



 彼女はハイリアルの側まで来ると、彼は顔面刺青男を踏んづけたまま食堂内にいる己立者達を見回した。

 一連の騒動を見ていた己立者達はその視線が合いそうになると横に目を逸らす。


 誰もハイリアルに近付こうとはしなかった。



「……この様な感じでは、協力者の呼びかけをしても反応なさそうだな。」



 その口調に力は入っていなかった。

 この様子を見てレイリーリャは、『そんな事はありません。協力者は現れます。』などとフォローの言葉をかける事など出来なかった。


 内心この言葉に同意してしまうどころか、協力者の呼びかけしても無駄だ、やり過ぎだと思ってしまった。しかし余計な怒りを買うのを怖れ、何も言わず黙っている。


 そしてハイリアルは男達三人を凝視すると、顔面刺青男を踏み続けていた足を降ろし、彼女を連れて出口に向かって立ち去っていく。


 顔面血まみれになった刺青男は、両足を凍らされ反り返った姿勢のまま呻き続けていた。



 二人は食堂のスペースから出て、出口に向かってホールを歩いている。ハイリアルは警戒するように周囲の反応を伺っている。その眉間に皺を寄せ、閉じた唇に力が入ったまま考えている。


 すると出口前から少し離れた所で、眼鏡を掛けた小太りの中年男性ギルド職員が、待ち構えるように立っていた。


 男性職員は自らの腹の上に腕組みしながら二人を凝視する。

 上に組んでいる腕の指で、下の腕を規則正しく叩き続けている。



―――あのギルドの職員だよね。……ハイリアルさま、罰せられちゃうの?……



 それがレイリーリャの目に入ると、不安に襲われる。



……罰せられたら、わたし、どうすればいいの?……



 彼女は俯き中年職員の目から外れる。その頭の上に中年職員から放たれる圧力を感じる。


 ハイリアルは中年職員など眼中に無いようにその横を歩いて過ぎる。

 中年職員はそれに見向きもせずに待ち構え続ける。


 レイリーリャがおずおずとその横を通ろうとした時に、中年職員は顔を向け彼女を見据える。



「おい。待たんか。」



 中年職員はその腕を掴む。

 彼女は握られた腕の痛みを感じ、思わず顔が歪む。



「下僕ならば、悪い結果になってしまう事を、事前に止めるのが当たり前だ。

 オマエは後ろにくっついているだけの魚の糞か。」



 中年職員はレイリーリャの腕を掴んだまま威嚇するように詰った。




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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


作者おだてりゃ 木を登り

ますます ハナシ 創りまくる 

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