16.薮


 レイリーリャの魔物に対する態度と振る舞いに変化があった。だがハイリアルに話しかけ会話する事については、相変わらず変化が無かった。


 彼は彼女に対して行動などに関する注意をする事はあった。


 しかし館の先輩メイド達のように、無能・無価値など否定的なレッテルを貼って自らの自尊心を満たす事が最大の目的のような、叱責や非難、嘲笑を浴びせる事は無かった。


 その代わり、必要事項以外話す事はほとんど無かった。

 雑談を交わす事もなかった。

 彼女が尋ねる事について一言二言応えるのみであった。


 彼は彼女と一緒にいる時は、苛立ちや焦りなど抱えている感情を表に現し相手にぶつけぬよう堪えているように、彼女には見えた。


 しかしその感情は何に対してなのか、理由は何故なぜなのか、彼女には見当がつかなかった。



 この頃のレイリーリャは、それは自分が原因ではないと思い、ハイリアルに対して過剰な怯えを感じる事は無かった。


 だが彼が怒りの感情を表に出して叱責や非難、体罰を下す事を怖れていた。


 身分や役職の違いもあり、気軽に他愛も無い関わりをしようなどという考えは、彼女の頭の中には全く無かったのであった。

 

 そんな二人の道中は日が登ると街道を進みながら、たまに現れる動物や魔物を倒し、夜は宿場町で宿泊するばかりであった。


 今二人が進んでいる街道は、ズゼロスコエ伯爵領であるスラローニャ半島を、西に向かって背骨のように貫くデサジスラローン山脈を併走するように、麓に引かれていた。


 二人は街道を道なりに進み、種まきしたばかりの麓の畑を通り、森を切り開いた中を通り抜け、川に沿い山腹を徐々に登っていた。


 彼女が一緒に付いていくと伝えた日から八日が過ぎていた。



 この行き先は、川を遡った先にあるティリャバルという小さな山村であった。


 ハイリアルはそこに「乳母に会いに行く」という一言しか、レイリーリャに伝えなかった。


 彼女がどのような方ですかと尋ねても「世話になった」という一言だけしか説明をしなかった。


 その言葉足らずの説明に対して、彼女は掘り下げる質問を重ねずに何でも無いような反応をしていた。

 身分違いのメイド相手だから当然の振る舞いだと思っていた。


 それにも拘わらず心の奥底には、もう少し説明して欲しいと、内心寂しさの混じった悲しさと憤りを感じるのだった。



 ティリャバルは山の斜面と清流との間にある狭間に街道が貫かれ、その両脇に建物を詰めて並べたような小さな村であった。


 ここに辿り着くと、ハイリアルは村を貫くこの街道を脇目を振らずに進んでいった。


 レイリーリャはその目的地がどこにあるのか解らなかった。

 どこまで付いて行けば良いのか解らない途惑いと、微妙に身体が重く感じる疲労感によってうんざりするのを感じるまま、ただ付いて行くのだった。


 雑貨屋の前を通り、教会の前を通り、狭い畑を過ぎ、草木が増え薮が茂り、目の前を遮る土盛りを登って下った。


 そこまで来ると街道の両脇に家は見当たらなかった。


 この街道の先にある集落の境を示す門までの空間には、崖の急斜面と枯れ草の混じった薮しかなかった。

 人が住んでいる雰囲気など無かった。



「……道間違えたか?迷うはずはないのだが、おかしい。……リャージファの家はこの辺りだと聞いたが……。」



 ハイリアルは眉間に皺を寄せ困惑する。

 その呟きがレイリーリャの耳に入る。

 彼女はリャージファとは彼の乳母の名前ではないかと想像した。


 それと同時に、彼が身分違いであるメイドの自分にこの名前を伝えてくれなかった事に対して、無力感を伴ったような寂しさの中に、やっぱりなぁという微かな呆れの混ざった嬉しさらしきものも感じた。


 ハイリアルは辺りを見回し、乳母リャージファが住んでいた家を捜した。しかしそれらしいものは見当たらなかった。

 二人は馬を降りて辺りを見回してもそれらしき家は無かった。


 予め家だと伝えられていた辺りは家どころか、人間が生活している形跡自体見当たらなかった。


 辺り一帯頭上近くまで伸びた雑草が茂る薮しか無く、その中に入っていける通り道さえ無かった。


 薮の奥どころか街道のすぐ側の藪しか見えなかった。



………………まさか、あの薮の中に入って探さないよね……。



 レイリーリャは顔など肌を曝け出している所を雑草の葉が掠めつつ、苦労しながら両手で薮をかき分けながら進んでいる事を想像し、嫌気を感じる。何か皮膚が痒くなりそうに感じる。



…………家来の兵士だったら、ハイリアルさまが命令する前に、自分の意志で薮の中に入って探さなきゃいけないんだろうけど、わたし……メイドだし…………。



 レイリーリャは薮の中に入って探せと無意識のうちに要求する、自分では無い自分に対して言い訳する。

 だがそうしても、動揺する心は静まらなかった。

 彼は辺りを見回す。



「……誰か知ってる者はいないのか?……」



 その顔は眉間と額に皺が集まって歪む。

 困窮と哀願が混ざったような表情だったが、彼女にはその表情から彼は困っている、それだけの意味しか把握出来なかった。


 再び二人は来た道を戻り、リャージファの家を知っていそうな人を探し始める。


 レイリーリャは少しほっとし、それが表情に出ないよう気をつけようと意識する。


 二人は再び乗馬し少し歩きながら探していると、街道沿いの家の中から水桶を持った頭巾を被った若い主婦が出てきた。ベージュ色の肌色をした黒小人フルーデルの女だった。


 彼女はそれに気付き自分が尋ねるのを伝えようと、ハイリアルがいる方を振り向いた。だが彼は彼女のことなど構わずに、馬に乗ったままその主婦に近付いた。



「突然尋ねて済まぬが、リャージファ・フリザンテーレという女性が住んでいた家は知らぬか?あちらの街道入口門の近くに住んでいると聞いたが、どうであろうか?」



 彼は馬から降りず主婦を見下ろしたままだが、柔らかい口調で尋ねる。しかし心の底から湧き上がる不安を隠し切れず、緊迫した空気が漂っていた。



「……はいっ……あたしゃあ、去年ここに嫁いできたばかぃばかりで、知ぃしりまぁしませんが、あの辺にゃあ……昔家があったそうですね……。」



 若い主婦は持った水桶を地面に降ろすと、目を見上げながら記憶を辿りたどり、この地方の訛りを混じえて応えた。


 ちなみにこの村のあるスラローニャ半島西側は、方言としてフルーデル訛りが拡がっている。


 それは「ら」「り」「る」「れ」「ろ」の「R」の子音は発音せず、「ぁ」「ぃ」「ぅ」「ぇ」「ぉ」という母音だけをその直前の言葉と結びついた形で発音するのである。


 また「ふ」の発音も「ぶ」に変えて発音するのである。



……ハイリアル達三人の話に戻る。



「そ、それはリャージファの家か?」



 ハイリアルは不安と昂ぶりが混じったように動揺する。



「えっ、…………そのぉ家がその人の物かまでは知ぃまぁせんが、五年ほど前に、火事で焼けて無くなったぁそうで……。」



 若い主婦は彼の反応に途惑うが、再び目を見上げ記憶を辿った。



……もしかしたらねぇ……。



 彼女は身体が重く沈みそうになるのを感じる。



「誰から聞いたのだ。」



彼は昂ぶり口調が猛る。



「……えっ、あたしゃあ、姑かぁ聞きましたけど、今山菜採ぃさんさいとりにいっちゃってぇます……でもぉ、昔かぁ居ぅ者か、ずやめぎどぅさモンなぁ知ってぅかと。」



 若い主婦は驚き戸惑うも、彼の方を見て伝える。



「……ズヤメギィ、ドゥ、 さもん?」



 彼はこの言葉の意味が解らず怪訝な顔をする。

 これを聞いた彼女の頭の中に、ラメでキンキラな服を直肌の上に着た中年の男がポーズを決める姿が、なぜか浮かんでしまった。



「そうで。ずやめぎどぅさモンで。ずやめぎどぅさぼ……。」



 若い主婦は彼がこの言葉の意味が解っていないと気付かずに説明を続けようとするが、彼が止めて質問する。



「待て。ズヤメギドゥさもんとは、何の事を言っているのだ?」



「えぇ、ずやめぎどぅ、さぁ、モン、ですか……。こっちの言葉と、都の言葉は違うんでしたねぇ。しつぇいしつれいしました。」



 指摘されてようやく気付いた若い主婦は、照れ笑いを浮かべながら謝る。



「えっと……教会の、者ですねぇ。牧師とか下男とか。」



「……教会とはもしかして、あのネレイス教教会か?」



 彼は握った薙刀で街道の先にある建物を指し示す。後ろにいる彼女は馬上から背を伸ばし、疑わしそうにその方を見つめる。



「……そうです。あぇあれです。解ぃにくいですが、あの教会です。あすこの牧師さでしたぁ、知ってぅと思います。」



 若い主婦は頷き教会を指さす。



「……あれ、教会なんだ……。」



 彼女は呆気にとられたように小さな声で呟く。



「助かった。礼を言うぞ。」



 彼は若い主婦に礼を言うと、不安を抑えるような張り詰めた表情をしたまま教会に向かって馬を進め始めた。



 二人は通った街道を戻り、教えられたネレイス教教会に着いた。



…………これかぁ……やっぱり牧師サマより、農家の組合員さんが集まっていそうだよね。


 

 レイリーリャはこの全く教会らしくない建物を見るなり、見つからなかった事に納得する。


 この建物はこぢんまりした集会場か事務所をそのまま流用したかのような木造の建物であった。所々外装に塗ったペンキが経年劣化で剥がれ落ちており、ネレイス教のシンボルが壁掛けられていなければ教会ではないと間違えそうであった。


 二人は馬を下りて手綱を繋ぐと、ハイリアルの後ろを彼女が従い、正面の入り口から入る。

 

 教会の室内は狭く、色々な所から寄せ集められ、不揃いな椅子が並んでいる辺りが信者席のようであった。


 部屋の奥には立っている者の肘下位の高さに窓があり、その手前には祭壇が置かれていた。その祭壇の上はネレイステセシア女神像が据えられ、窓から入る陽の光を後光のように照らす、というより、囚人を見下ろす看守のように光を遮っていた。


 その隣にある司祭席には司祭らしき小太りの若い男が、口許をにやつかせながら何か文を書いていた。


 その男はハイリアル達が入る足音に気付き、一瞬楽しんでいる所を邪魔され非難するような表情が浮かんだ。

 それから口を引き締め顔を厳かに装い、脂肪が付いて丸くなった顔を上げると、机の下に文を隠した。


 そして重々しそうに立ち上がり、入口にいる二人に向かって歩き出した。その歩みは小刻みの狭い歩幅であった。その身体全体に肉が付き良く肥えていて、その重みが両膝に掛かり負担になるようであった。


 司祭は金色の神具を握った手を正面に向けて二度振り、ネレイス教の儀礼通りの挨拶を行う。

 それを受けて、ハイリアルとレイリーリャも無言で礼を行った。



「……聖なるネレイステセシア様の恩恵を賜りし雛鳥たちよ。

 このティリャバル村ネレイス教会に参られたのは初めてのように思われますが、どのようなご用件でしょうか。」



 司祭は感情を隠すように平坦な口調で尋ねる。

 レイリーリャは一目見てこの司祭に粘り着くような嫌な物を感じ、他に牧師はいないか辺りを目で探す。



「……我はハイリアル・ズゼロスコエという者だが、司祭に尋ねたい事があってここに参った。」



 彼は心の中に渦巻く不安と昂りを抑え冷厳になろうと意識するように、表情を抑えている。



「……ずぜろすこえ、さま……こちらの領主ズゼロスコエ伯爵様との御縁をもたれる方でしょうか。」



「……そうだ。実の父親だ。」



 その口調が非難するように尖った物に変わり、忌々しそうにその眉間が寄り右の口許が歪む。



「―――お父様ですかぁ。」



 司祭の口調が嬉しそうに昂り、口許をにやつかせる。 

 司祭はズゼロスコエ伯爵へのおべっかを並べ立て始める。


 ハイリアルの態度の変化が目に入っていない。



「……唯一無二の素晴らしき伯爵サマの御統治によって、我々の暮らしは満ち足り幸せあ「そんな事はどうでもいい。」



 彼は司祭の言葉を断然と切り捨てる。抑えようとしているが、苛立ちが口調に現れている。


 司祭は顔を強張らせて怯み、喋りが止まる。

 後ろに控えるレイリーリャも驚く。



……ハイリアルさまは、こういうの嫌いなんだぁ。



 レイリーリャは自ら意識出来ない程度の微かな好意を感じている。



―――でも、おだてられるのがハイリアルさまご自身だったら、嫌がらない……ことはないかな?う~ん……。



「…………この街道の西門近辺に、リャージファ・フリザンテーレという女性が住んでいた家があったはずなのだ。知らないか?


 ……何でもその辺りにあった家は、五年位前に火事に遭って無くなってしまったと、この村の者に聞いたが。」



 ハイリアルは間を取って気を取り直すと、落ち着こうと意識するように尋ねた。



「西門近辺のリャージファ……、五年前の火事……。日誌に記されていないか確認してきます。」



 司祭は彼を再び怒らせないかびくつきながら、確認をしに左側の部屋に行った。


 ハイリアルはこの場から去って行く司祭の背中を監視するように目で追っている。目を見開き唇を噛み続け、苛立ちと辛さが混ざったような表情をして、何かを耐えるようであった。



 

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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


作者おだてりゃ 木を登り

ますます ハナシ 創りまくる

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