17.峠竹脂茶(とうげたけやにちゃ)
司祭はリャージファ宅について書いてある日記を探しに、左側にある部屋の中へ入っていった。
その部屋の反対側にある右側の部屋より、老いた
その下男は背中の曲がり肌は焦げ茶色しているが髪と髭は白く、長毛種の子犬のようだった。ただ長毛種の子犬と言っても、捨てられて野良犬になってしまったかのようであった。
その長毛種の子犬は信者席として使われていた椅子の向きを変え、ハイリアルが立つ方に寄せる。
その様子がレイリーリャには健気でいじらしく感じる。
「粗末なてい……いやぁ、椅子だけしきゃあ
下男はハイリアルに勧める。癖の強い訛りはそのままであった。だがこの地方の方言での呼称は、王国語に言い換えて話している。
その勧めに従いハイリアルは椅子の上に腰を下ろした。すると下男から受け皿の上に乗ったティーカップを渡される。中に注がれた琥珀色した茶の水面が揺り籠のように揺れている。
下男は先ほど出てきた右側の部屋の中に戻ると、再び素焼きのカップを盆に乗せ現れる。
そしてハイリアルが座っている所から少し間を空いた所にある信者席の椅子を掴むと、レイリーリャの方に引き寄せ向きを変えた。
「良がったぁどうぞ。」
下男は従者であるレイリーリャに顔を向けて勧める。
「……そこに座って待って良いんですか。」
レイリーリャは途惑いながらも嬉しく感じ、下男とハイリアルの顔を交互に見つめる。
「別に構わん。」
ハイリアルはティーカップを口にしながら許可する。主従の仕来りに全く頓着しないようであった。
「ありがとうございます。」
レイリーリャは恐縮しながらハイリアルと下男に礼をすると、そそくさと勧められた椅子の上に座る。
「
下男はレイリーリャにも盆に乗った碗に入った飲み物を勧める。入っている容器はハイリアルに差し出した茶とは異なり、長く使われくすんでいる素焼きの碗であった。だが従者であるレイリーリャへの振る舞いは丁寧で、主人であるハイリアルと遜色は無かった。
「……良いんですか?」
レイリーリャは遠慮する素振りをしつつも、その声の調子は昂る。しばらく外で移動し気持ち喉が渇いていたので、内心この飲み物が欲しくなり嬉しく感じる。
「出してしもうたんで、気ぃせんでいいよぉ。」
下男は口許に微笑を浮かべ、カップを持ちレイリーリャに再び勧める。
「それでしたら頂きます。」
レイリーリャは再び礼を述べ、渡された素焼きの碗を両手で受け取る。その中に注がれているのは、獲物に飢えるゴブリンの皮膚のように深緑色した液体で、その表面には泡が浮かんでいた。ハイリアルに出した琥珀色した茶とは違う物であった。
レイリーリャは出されるものが白湯だと思っていたので、驚き下男の顔を見つめる。下男は無言で微かな微笑みを浮かべているようで、レイリーリャには勧めているように見えた。
レイリーリャは素焼きの碗を一口付けると眉間に皺が寄り、尻尾の毛が逆立つ。
野性的な草の苦味と渋味が口の中に拡がって辛く苦しくなり、落胆も心の中に拡がっていく。
「…………お口に合わんか。すまんのぉ……。そっちゃあ茶葉じゃあにゃく、
山に生えてぅ峠竹のぉ脂や葉、小枝や皮を、煎って作ぅんじゃがぁ。」
長毛種の子犬は悲しげな顔を浮かべる。
「茶葉ぁは高ぉうてのう、貴族の方しきゃあ、飲ませ
下男が自らの意に反して、ハイリアルとは違う身分のレイリーリャに、この教会の経済的な理由などから、ハイリアルと同じものを勧められない事に負い目を感じている、とまで、レイリーリャには想像は出来なかった。
しかしそれでも下男が心苦しそうに思え可哀想に感じる。
「……おいしいです。」
レイリーリャの口から下男を配慮する言葉が出てしまった。口許に笑みを繕う。
―――…………ちょっとこれ、キッついよ。シブすぎ……。
峠竹脂茶のクセと苦みのある渋味を我慢しつつ、喋る言葉とは裏腹な思いも口から出さずに堪える。
下がった尻尾も震えている。
「…………そうかや。だっども、子供どもの中にゃあ、峠竹脂茶が嫌なのも
下男は苦笑いを浮かべる。その口調は柔らかかった。
レイリーリャが好きではないのに配慮している事を解っているかのように、言葉を続け労ろうとした。
レイリーリャは再び素焼きの碗に口を付ける。
「……大丈夫です。…………わたし、このお茶、……嫌いで……は、ありま……せん…………。」
レイリーリャの峠竹脂茶を褒める口調は言葉の内容とは裏腹に、喉から無理矢理絞り出すように弱々しかった。
そして眉間に皺を寄せ目が歪んだまま飲み続ける。
峠竹脂茶を嫌と言って下男を残念がらせるのは悪いと思っていた。しかし嫌と言って子供と同じと見做されるのも、自尊心が許さず嫌であった。
―――うっ、ここで戻しちゃダメよ……。
レイリーリャは口許の素焼きの碗を傾けたまま動きが固まる。
それを見つめたまま下男達も動きを止める。
建物の外から荷車が牽かれ車輪の軋む音が、左から右へと移り去って行く。
ネレイステセシア像に注がれる陽の光の中で舞う埃が浮かび上がる。
レイリーリャは意を決したように、峠竹脂茶を再び飲み込み始める。
素焼きの碗を掴んだ両手を上げると碗の底が上に傾く。一口飲み込む度に喉の肉が蠕動し盛り上がる。そして底が天井を向いたまま留まった。
周りの者達の視線が碗に集まる。
レイリーリャは素焼きの碗を掴んだ両手を下に降ろす。飲み切ったようだ。
峠竹脂茶独特の苦味と渋味が口中に拡がっている。
口許に笑いが浮かべるが、眉間に皺が寄り目許が潤み尻尾が細かくわななきキツさを堪えている。
「…………そでな、我慢せんで飲まんとぉも、
下男はレイリーリャの様子を見つめ、ここまで堪えて飲む理由が解らず困惑する。
「…………無理なんかしてませんよ……。……美味しかったです。もう一杯欲しい位ですよ……。」
レイリーリャは笑顔を作り上げ、心に無い賞賛も口から溢れてしまう。
この峠竹脂茶を不味いと言って否定するのは、与えてくれた下男の好意を踏みにじる失礼な振る舞いのように感じた。元王国魔術師隊士ハイリアルの従者にあるまじき行為のように思えた。
「…………本どにぃ、もう一杯出すて良がとぉ?……」
下男は止めたそうに尋ねる。
「お願いします。」
この言葉が口から出てしまった瞬間、レイリーリャはしまったと後悔する。
「…………すまんのぉ……。」
下男は振り返り右側の部屋に行くと、お盆に急須を乗せて戻ってきた。
「さっぎのもんよぃ、薄がもんにぃしたどよ。」
下男はレイリーリャの素焼きの碗に峠竹脂茶を注いでいる。長毛種の子犬の顔には申し訳なさが現れている一方、わざわざおかわりしてくれた嬉しさも口許に現れていた。
今のレイリーリャには下男の表情を意識する余裕などないが。
「…………きを つかってくれて、ありがとう ございます……。」
素焼きの碗に入った液体は先程の物より薄くても、しっかり緑色に染まっていた。腰蓑がずれ落ち晒してしまった、ゴブリンの尻の皮膚よりも濃い色であった。
レイリーリャはそれを前にして、飲まずに棄てる訳にはいかない自分自身に対して、自業自得にも拘わらず辛く悲しく感じた。
「……我にもその茶をくれないか。」
ハイリアルは空のティーカップを差し出し、下男に向かって尋ねる。
「あっ、どう―――!…………」
レイリーリャは思わず、自分が口付けた峠竹脂茶入り素焼きの碗を差し出そうとしかけた。その相手が主人であるハイリアルであるのに気付き、動転しながら口と手を引っ込める。
「……えっ、峠竹脂茶で良がとぉですか?都のぉお茶の方が、お口に合いみゃすが……。」
下男はハイリアルの方に振り返り戸惑う。
「お貴族さみゃあのぉ、お口には合わんと思いますぅが。」
止めた方が良いと語るかのように、お盆を持たない方の腕を左右に振る。
「いや、この茶の方で構わん。これに入れてくれ。」
ハイリアルはレイリーリャの反応に全く気付く事無く、手持ちのカップを差し出し下男を見続けていた。
「……でば、
下男が承知したものの不安そうな顔のままであった。そしてハイリアルに歩み寄りそのティーカップに峠竹脂茶を注いだ。レイリーリャが最初に飲んだものよりは薄いが、しっかり緑色に色づいている。
ハイリアルは一口つけて味わう。何か調べ物をするかのように、両目をつむり顔を傾け眉間に皺を寄せる。そして両目を開け下男の方を向く。
「…………独特の味だな。
飲めない事は、無い……。」
こう言うとまた一口つけた。
下男は安心したかのようにほっと一息ついた。
―――ハイリアルさまは、よくあれを、美味しそうに飲んでいられるなぁ……。
レイリーリャはハイリアルの様子を眺めると、感心と呆れが混じったようなものを感じた。そして自らの素焼きの碗に入った茶を一口口に入れると下に俯いた。両目を瞑り眉間に皺を寄せ唇を閉じて我慢する。独特の苦味と渋味が口の中に拡がっていく。
―――……やっぱりマズいよ……。
辛いものは辛かった。
ハイリアルは二人のやりとりを聞き流しながら、手に取ったティーカップを見つめる。
緑色の茶の表面には泡が浮かぶ。
「…………リャージャは、これ以外の飲み物を選べない暮らしをしていたのか。もしかすると……。」
聞こえないような小さな声で乳母の呼称で呟くと、眉間に皺を寄せ寂しく悲しいような表情を浮かべた。そして再び確かめるように、ティーカップに口を付けた。
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今回の第17話で、今年の更新は終了です。
ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。
嬉しいです。
10万字以上の長編書くのは初めてで、色々な気付きを得られ、楽しくこの世界を書けました。
明日2026年1月1日18時14分に、第18話が更新する予定となっております。
楽しみにしていただけると嬉しいです。
それでは皆様、良いお年を。
来年もよろしくお願いいたします。
2025.12.31 一三一 二三一
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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。
作者おだてりゃ 木を登り
ますます ハナシ 創りまくる
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