13.夜
厩舎内の壁は外の音を遮り、馬達とレイリーリャの息吹の音だけが室内に拡がっている。
レイリーリャが色々作業を行っているうちに夕食を摂る時間になっていた。
レイリーリャは宿が用意した食事をハイリアルが食べている横に立って控えて給仕を行っていた。
レイリーリャは待ち構えている。
ハイリアルが彼女のいる方に振り返り、叱責をするのでは無いか不安になっている。
しかしハイリアルは振り返ってレイリーリャを叱責するどころか、話しかける事はなかった。黙々とスプーンを動かし、根菜の入ったスープを啜り食事をしている。
レイリーリャは余計に不安に駆られ、ハイリアルの視線が合いそうになるのを下に目を下げて逸らし避けていた。
レイリーリャがこれからの随行を断った事で、ハイリアルがどれ位計画が狂い滞らせるような実害を受けるのか、レイリーリャには具体的にどれだけの実害なのか想像は出来なかった。
それ故に実際よりも余計に実害が多く出るように想像し、ハイリアルが激怒しそうに思え自ら心細く感じる。
ハイリアルは眉間に皺を寄せ不機嫌そうに、焼けた肉の塊を延々と一口毎に切り分け口に入れ噛み続ける。
レイリーリャは怯えつつも、今か今かと待ち構え続けていた。
そうこうするうちにハイリアルは出された食品を全て食べ終え、何も言わずにテーブルから離れていた。
結局ハイリアルが食事中に叱責する事は無かった。
レイリーリャはこれから叱られるのではと不安に駆られつつも、ハイリアルに置いて行かれないよう後ろを追いかけていった。
既に日は沈み夜となっていた。
ハイリアルが部屋の扉を開けた。廊下に灯された魔道具の炎に照らされ、闇で満たされていた室内に据えられた家具の陰が浮かび上がる。
ハイリアルは室内に入ると、窓際に据えられたテーブルの上に照明の魔道具があるのに気付いた。それを手に取り様々な角度に傾けながら調べている。
「……直接魔石で光らせるものではなく、ランプみたいに魔石を入れた後に火を点けるタイプの物か……。」
その口調は珍しさより、懐かしさを帯び柔らかく暖かった。
ハイリアルは照明の魔道具の覆いとなっているガラスの部分を外すと、無詠唱で火魔法を唱え火を点ける。朱色の炎が照らされたハイリアルの顔を浮かび上げる。
ハイリアルは窓を閉ざしていたカーテンを開けた。そしてテーブルの横に置かれた椅子に身体を沈めると、顔を窓のある方に向け背もたれに身体を委ね両目を閉じた。
窓の外には夜の闇の中を、青灰色した岩のような尖月が浮かんでいる。
レイリーリャは今叱られてしまうのではないかと内心怯えながら、ポットに茶葉を入れお湯を注ぐ。コポコポとポットの中から音が立つ。
ハイリアルは両目を閉じたまま身動きせず黙っている。
レイリーリャは怖れが表に現れぬよう抑えながら、ティーカップに茶を注ぐ。
「お茶をどうぞ。」
ハイリアルの正面にあるテーブルの上にカップを置いた瞬間、かちゃりと音が立った。
カップの中で映るランプの炎が赤く揺れる。
ハイリアルはそれに反応せず、窓に顔を向けたまま動かなかった。
レイリーリャは鞄からハイリアルの着替えを出し翌日の準備をする。
ハイリアルはレイリーリャが準備をしている方を向かずに窓に顔を向けていた。
「…………館のメイドだから、外で怪物に襲われる事など予想出来る訳ないな。」
こう独り言のように呟くと、両目を開け、レイリーリャがいる方に顔を向けた。
「……お前の意思を確認せずに連れ出し、襲われる事になってしまい、本当に済まなかった。……我は本当に浅はかであった。」
ハイリアルはレイリーリャの顔を見つめながらこう詫びた。その声は低く沈んでおり、自ら苛まれ辛そうな表情をしている。
レイリーリャはその瞬間、動きが止まってしまった。
貴族が従者に謝罪する事は当たり前の行動では無く、レイリーリャには全く想像もしていない行動だった。
レイリーリャにはハイリアルの謝罪は形ばかりのようには見えなかった。
レイリーリャにとっては危険で、死ぬ可能性がある事に遭わせてしまった事を心の底から後悔し、罪悪感を感じているように、レイリーリャからはそう見て把握出来るものだったので、余計に驚き戸惑ってしまった。
「そんな事ありません。私の方こそ勝手に逃げ出してしまいました。その上に襲われそうになる所をハイリアルさまに助けてもらいましたし館まで連れて帰してもらえます。その場で罰を受け首になって見捨てられるのが当たり前なのです。それどころかその場で斬り殺されても仕方ない事なのです。ハイリアルさまはお優しいのです。それなのにハイリアルさまの足を引っ張ってしまいこちらこそ申し訳ありません。」
レイリーリャは動揺してしまい、ハイリアルをフォローし庇う言葉が口から一度に溢れ続ける。レイリーリャの顔は昂り赤くなっていたが、照らされた魔道具の朱い炎に上書きされ見分けがつかなくなっていた。
「わたしの事なんかより、ハイリアルさま、お身体の方は辛くないでしょうか?」
レイリーリャは自分への配慮が過大で、それが自分にふさわしくなく、そんなものを受けて良いのかと疑って途惑い、話を変える。
「……辛くない。薬草を摂ったから問題ない。」
話を振られたハイリアルの表情は、不快さを抑えるような厳しい表情に変わっていた。
「またハイリアルさまが血を吐かれて苦しまれるのが心配です。」
レイリーリャは思わず口から出てしまった。
自分自身で心配だと言いながら、心配する気持ちがないなぁと内心自嘲する。
「安心しろ。余計な心配をするな。」
ハイリアルの口調は感情を抑え平静を装ったものであった。レイリーリャが本気でハイリアルの身体について心配していると見做しているようであった。
「……普通の病気に罹られているように思えませんので、治療術士さまかお医者さまに診て貰った方が良いと思いますが。」
そう提案しながら、血を吐いてしまうような事なんて普通は滅多に無いよね、とレイリーリャは今頃になって内心疑う。
「……診る必要はない。……我の事は我が一番解っている。くどいぞ……。」
ハイリアルは苛立ちを堪えていた。口調には圧力があり苛立ちが滲む。
「―――出しゃばった事を言って申し訳ありません。」
レイリーリャはハイリアルを怒らせた事に気付いた。その途端に焦りを感じ、処罰が下る事を怖がり謝った。
主人と従者という立場の違いがあるにも拘わらず、差し出がましい事を言ってしまった事がその原因だと判断したのだった。
そしてハイリアルが着ていた服を抱えると、扉を開けこの部屋を出て行った。
何故ハイリアルがこの話題に触れる事を嫌がるのか。
この時のレイリーリャはこのハイリアルの振る舞いを意識せず、それに対する疑いや考えもしなかった。
レイリーリャは自らが宿泊する部屋に戻ってから、翌日の準備などといった作業を行った。
作業をしながら、ハイリアルに余計な干渉をし機嫌を悪くしてしまった事や、館に戻った後の仕事内容や人間関係について嫌な想起をしてしまい、気持ちが沈みそうになる。
それでも無理矢理自らを奮起させ、作業をどうにか終える。
就寝しようと窓の前に据えられたテーブルの上に置かれた照明の魔道具を消す。
室内は夜の帳に覆われ寝床の陰が現れる。
寝床である粗末なベッドの上に敷かれた、潰れて板のように薄くなった掛け布団の中に潜り込む。その凍えっぷりに寒く感じ、両足の先をこすり合わせながら、身体を丸め込み小さくなる。
―――……本当によく襲われて死なずに済んだよね。
昼間に魔物達に襲われた事を思い出し、レイリーリャは改めて自分の運の良さに感心する。
―――あれは怖かったなぁ……。
ゴブリンに襲われた時の様子が想起する。追いかけてくるゴブリン達の枯葉を踏む音に、囲むゴブリン達の耳障りな鳴き声。目の前に迫る、欲情し目が血走り涎を垂らすゴブリンの顔。顔に掛かるゴブリンの生臭い吐息……それらが思い浮かんだ瞬間に恐怖が再びぶり返し息詰まる。
寝床の中で身体が竦み、小さく丸く縮こまった身体を守るように掛け布団を胸元に手繰り寄せる。
―――ゴブリンって、こんなに怖いモノだって思わなかったよ……。
レイリーリャは身体の震えを感じ続けている。
―――……もう夜になったのに、いまだに怖くてからだブルブルしてるよ。
震えている自分の身体を自覚する。
―――…………あんな嫌な思いなんか、もうしたくないよね。
……それにしても、ハイリアルさま達、魔法や武器で簡単にゴブリンとかやっつけてたなぁ……。
ハイリアルやブローデンがゴブリンを倒していた事を想起し感心する。
―――……やっぱりわたし魔物倒せないから、ハイリアルさまの足引っ張っちゃうし、付いて行かない方が良いよね。本当なら。
魔物を倒せぬ自らの無力さを思い、力が抜け落胆し溜息が出そうになる。
―――…………だけど、ハイリアルさまのメイドなら、付いて行って世話をしないといけないよね。館に帰ったら何言われて責められるか解らないし……。
何も対策を取れず心が暗澹となり、俯いて頭を抱えそうになる。
―――…………でも、…………でも、やっぱり、恐い物は恐いよねぇ…………。
レイリーリャは答えの見えない堂々巡りに落胆し溜息をつく。色々考え―――というより気にし続けているだけだったが、気付かぬうちに眠りに落ちていた。
……レイリーリャは夢を見ていた。
レイリーリャがいる目の前にハイリアルが立っている。ハイリアルが着る青いローブが風に靡く。
「……何でもない。大丈夫だ。」
ハイリアルは言う言葉とは裏腹に、青い顔して冷や汗を垂らし両手で胸を抑えている。
レイリーリャはハイリアルの腕を握り締めると、大甕の前まで連れてくる。
「そんないっつも何も喋らずに黙っていて、正直じゃ無いハイリアルさまなんか、この中に漬けちゃうからねっ。」
レイリーリャは両腕でハイリアルの身体を突くと、大甕の中に突き落とす。そしてその上に蓋をして密閉する。
レイリーリャの心の底に、何かが重くうねり続けているものが残っている。
何か悲しくも寂しくもなる。
振り返ってみると、そこにブローデンが立っている。ブローデンは鎧を纏っていなかった。
「……他人を当てにしないで、自分で何とかしろ。」
ブローデンは面倒臭そうに言い放つ。
レイリーリャはブローデンの腕を掴むと、ハイリアルが入った大甕の隣に据えられた別の大甕の前まで連れてくる。
「そんないい加減でほったらかしのブローデンさまなんか、この中に漬けちゃうからねっ。」
レイリーリャはその場で一回転してブローデンの頬に肘をエルボーで叩きつける。
ブローデンが痛みで顔を上げよろける。
レイリーリャはブローデンが体勢を崩して広げる両太股の間を、思いっきり蹴り上げる。痛みでブローデンの頭が下がる。
そうなると、レイリーリャはその頭を更に下げ、ブローデンの背中から腹を両手で抱き抱えるとそのまま肩まで持ち上げる。そしてその姿勢のまま大甕のある方に身体を向けると、ブローデンの身体をその中に放り込んだ。
投げっぱなしパワーボムだ。
再びその上に蓋を閉めて密閉する。
蓋で大甕を閉じると、安心感と満足感の混じったような物を感じ、深く息を吐く。
レイリーリャはほっとしていると、副メイド長が向かってきた。
副メイド長は顔面に何本も青筋を立て、獣のように髪を逆立たせて苛立っている。着用しているメイド服は茶色ぽく、伯爵邸で着用しているのとは異なっていた。
「……いぢめる?」
レイリーリャは頭を横に傾け尋ねる。
「んな事聞くヒマあるなら働け!いじめてやる!いじめてやるぅ!」
副メイド長はレイリーリャが尋ねた途端、堰を切ったように激怒しその身体を蹴り飛ばす。
吹っ飛ばされたレイリーリャは込み上がる怒りを感じながら立ち上がる。そして副メイド長の腕を掴んだまま、ハイリアルを閉じ込めた大甕の隣りに置かれた大樽の前まで連れていく。
「そんな意地悪な事ばかりする副メイド長なんか、これに入れて漬けるからねっ。」
レイリーリャは副メイド長の体を回転させ、その背中を両腕で抱える。
一旦その身体を持ち上げ自らの右膝を曲げると、その上に副メイド長の臀部を叩きつけた。
副メイド長は痛みで背を伸ばし、両手で尻を抑える。
レイリーリャは副メイド長の背後に立ちその外側から両脇下を通して、その両腕をその背中の所で抱えた。そして背後に腰で投げ、そこに据えられた大樽の中に頭からぶち込む。
アトミックドロップをかましてからのタイガースープレックスだ。
ちゃんとブリッジを作り、つま先立ちをしている。
そして間髪入れずに落とし蓋をすると、大きな石を抱えてその上に据えた。
落とし蓋は大石を除けようと、上下左右に揺れ動く。
レイリーリャは更に大石をその上に据える。
大石を置かれた落とし蓋が下に沈むと、揺らぐのが止まり動かなくなった。
レイリーリャは大石と一緒に抱えていた物を降ろしたような達成感と満足感を感じる。
汗を拭くように自らの額を片手で拭う。
心地よく感じながらレイリーリャは振り返る。
そこには黄緑色の縞模様がある、丸耳のヒョウのような獣人の男が、糸目のまま見下ろしていた。
レイリーリャとは異なり、顔も獣のヒョウと同じ作りをしている。
「嫌な事を大樽に放り込んで漬けるの、何でいけない事なのっ。」
レイリーリャは糸目をしたヒョウの獣人に主張する。
それにも拘わらず、ヒョウの獣人は淡々とレイリーリャの手を引いて、そのまた隣の大樽の前まで引きずる。
「そんなやるべき事をやらず、無かった事にして誤魔化そうとするなんて、たるんでるね。
そんな悪い子は、漬けちゃうからね。」
糸目をしたまま表情は変わらなかった。
レイリーリャはヒョウの獣人と向かい合うと、右手で握り締めたサーベルの柄で獣人の糸目を狙って突き刺す。
しかしヒョウの獣人はその腕を掴んで防ぐと、レイリーリャの顔面を目がけて深緑色の毒霧を吹き付ける。
レイリーリャは思わず目を瞑ってしまうと、頭を下げられ、首後ろを相手の右手で抱えられてしまう。それからレイリーリャの右脇の下にヒョウの獣人の頭が入ると、そのまま真っ逆さまに逆立ちしたように持ち上げられる。
レイリーリャのスカートが下にめくれそうになる。
―――やだッ!下着が見えちゃう!
レイリーリャは思わず真っ逆さまにされたまま、空いた左腕でスカートを押さえつける。
レイリーリャの頭に血が上って気持ち悪く感じヒョウの獣人に何か文句を言おうとした瞬間、その身体は真っ逆さまのまま大樽の中に投げ落とされる。
毒霧を決めてからの垂直落下式ブレーンバスターだ。
滞空時間はしっかり取ってある。
「うにゃあぁぁぁぁぁぁ。」
大樽の底に溜まった漬物の中にレイリーリャの脳天が突き刺さる。
レイリーリャは深緑色に染められた顔面を逆さまになったまま上を見上げる。
大樽に蓋が置かれ真っ暗になった。
その中に閉じ込められた。
光は入らず辺り一面真っ暗で、何も見えない。
レイリーリャは怖くなり目から涙が溢れ始める。
すると上から光が入り明るくなる。
閉じていた蓋が開き、そこからヒョウの獣人が糸目にしたまま覗いているのが目に入る。
「大事な事を忘れてたね。中に釘をやらないと、鮮やかな色に染まって漬からないね。」
ヒョウの獣人が握り締めた鉄釘の先端がレイリーリャの顔面に迫り来る。
「おじさん、止めてぇぇぇぇぇ。わたし、コンダイじゃないぃぃ!」
レイリーリャは驚きと恐怖で絶叫してしまう…………。
「…………今日の夢は一体何なの?何で漬物にされちゃうの?」
レイリーリャは気がつくと、再び朝が訪れている事に気付いた。どうやら夢を見たようだった。
―――……大樽の中に閉じ込められるだなんて、孤児院の倉庫に閉じ込められる罰じゃないんだから……。
レイリーリャはその当時の出来事を思い出し懐かしくなる。
―――……もしかしたら、孤児院でノマルイ兄ぃと一緒にイタズラしたのが見つかって、お仕置きされた時以来じゃないかなぁ。
その時の様子を思い出し苦笑いする。そして思い出に浸る事から踏ん切るように床から抜け出した。
△▼△▷▼△△▼△▷▼△△▼△▷▼△
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
嬉しいです。
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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。
作者おだてりゃ 木を登り
ますます ハナシ 創りまくる
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