7.企み


 時間にして30分位経ったであろうか。ハイリアルは目を開き両肘を立て上半身だけ起き上がると、レイリーリャが居る方を眺めた。彼女は後片付けを終え、座り込んで休んでいるのが目に入る。



「休憩取ったな。では行くか。」



 ハイリアルは彼女の思いなど全く頭に無いように呟き、休憩を終え立ち上がった。二人は再び馬に荷物を載せ跨がる。

 

 レイリーリャはズゼルーマーに跨がり、前を進む彼が乗る馬に附いて行く。


 吹いていた風は昼食前と比べて勢いは減ったが、空には雲が現れ日差しが陰っていた。



…………やっぱりハイリアルさまが寝ている時に逃げ出した方が良かったかしら……。



 彼女には後悔の心残りがあった。



…………いや、寝てる感じはしなかったから、追っかけられて直ぐに捕まったよね。どう見ても。



 この心残りは速やかに解消された。



……もし逃げ出す途中で捕まったとしたら、どんな罰を受けるんだろう?……捕まったその場で首を切られる?



 この世界では王などといった統治者の権力によって支配される国家が大部分である。

 その為王家や貴族の判断次第では、主君の命に従わない従者は処刑されて命を落としてもおかしくは無いのであった。



…………うーん、もしそうなら、今朝逃げ出したブローデンさまを処刑しようと、追っかけ始めてもおかしくは無いけど、……そんな雰囲気全く無かったよね。


 彼がブローデンが逃亡した事について喋っていた時の事を思い起こそうとした。

 その時の表情は落ち込んでるような沈んで暗いように感じられたが、怒っているようには思えなかった。



…………何かしらの罰はあるかもしれないけれど、あの様子じゃあ、死刑まではないよね。たぶん。


 ……もしわたしが逃げ出すとしたら、……ブローデンさまより弱いから、そこまで当てにされないと思うし、…………死刑はないかなぁ?…………



 首を横に傾け考え込む。その眉間に皺が寄り閉じた唇にも力が入る。



………………あってもクビ位、かなぁ……。



 彼女の尻尾が、どの選択肢も選べずに迷う悩みのように左右に揺れる。


 彼女を背中に乗せるズゼルーマーの尻尾も右左へと弾むように揺れている。

 彼女の現在の心境などという物など、存在自体しないように。



………………逃げる最中に捕まっても、最悪クビで済むのなら、……


…………逃げた方が良いのかな。…………



 レイリーリャの喉の奥が圧迫され、呼吸が詰まりそうに感じる。

 逃げてもハイリアルに殺されない事を一度意識すると、今まで無意識的に抑えていた、逃げた方が良いという考えが意識の中に現れてしまい、心の中を占めてしまったように感じられる。


 そしてそのような心の中の状態に対して怖れを感じながらも、縛りから解放されたように感じている。



…………それじゃあ、どうやって逃げようか?夜中に宿を抜け出して逃げるのは無理だよね……。



 彼女はまた悩む。

 首を横に傾け眉間に皺が寄り、唇に力が入る。


 夜間は夜行性の怪物が出没して、何も対策を取らずに移動するのは危険であった。

 その上彼女は猫系獣人であるにもかかわらず、夜目が全く利かなかった。


 普通の猫系獣人ならば瞳の大きさが変わって暗闇でも物を見る事が出来るのだが、彼女は人族同様それがほとんど変化せず、余り良く見えないのであった。



…………ブローデンさまみたいに、ハイリアルさまが寝ている夜明け前に出て行くのが良いのかなぁ?うーん。……



 レイリーリャはこれ以外の方法を思い浮かべようとした。

 しかし自分が行って成功しそうな別の案は、何一つ頭の中に湧き上がりはしなかった。

 自ら追い詰められた境遇を変える事が出来ず無力感を感じる。

 落胆し悲しみに沈み、心が重くなる。

 泣きたくなる。



「…………どこに逃げればいいの?……」



 その口から弱音が漏れてしまい、顔を下に俯き沈んでしまう。

 二人が乗る馬の足音だけがこの道に響く。


 ズゼルーマーは顔をちらりと後ろに座る彼女に向けると、顎をしゃくった。


 その先の道端には白い花が咲いている。

 黄色い蝶がその上で大きく弧を描くと、ひらひらと上空に舞い上がり消えていった。


 二人が乗る馬の足音だけがこの道に響く。



………………どこをどう逃げれば良いか解らないわ。


 港町の方への行き方もよく知らないし。一回伯爵本宅の方に戻らないと駄目かぁ…………。



…………それに、こっちの方に来るのは初めてで土地勘ないし。孤児院は確か反対の方だったかしら?自信ないけど……。



 レイリーリャは呆然とする。

 思わず脱力し馬の首の真上に俯いて倒れもたれたかった。だがそれは危ないと思い、腰に力を入れそれを止める。



…………困ったなぁ。このまま道を通って逃げたら、追いつかれて捕まっちゃうよねぇ。


…………隠れながら、道の側を沿って行くしかないか……。どうしようもないよね……。



 再び溜息をつく。

 両肩が重く感じ下に沈む。



…………その時になったら怖がらないようにするとして、夜のうちに服とかわたしの荷物をまとめておいて、起きて直ぐに出られるようにしないといけないよね……。



 どのように行動しようが、何かしらの問題から逃げられない憂鬱さに、頭と気持ちが重く沈むように感じる。


 ズゼルーマーはレイリーリャの気持ちなど気付かぬように、尻尾を弾ませ左右に揺らしながら進んでいる。

 突然ハイリアルが後ろを振り返る。



「―――おいッ、魔物だ!ぼぉーっとするなッ!」



 レイリーリャに向かってこう叫ぶと、薙刀を下に振ってそのフードを路面に落とす。


 革で出来たフードは地面に落ちると、乾いた音を立てた。


 ハイリアルは左側道脇の斜め前に茂る薮に向かって魔法を放つ。引き裂く嵐ティア・ストームの魔法が藪の中に現れ、それに巻き込まれた魔物達の絶叫が薮から響く。



「オマエ、馬から下りろ。的になってしまう。……馬のこっち側に隠れろ。」



 彼は険しい顔して周囲を見回しながら、レイリーリャの右側を指さし指示する。


 彼女は彼が突然叫んで呼んだ事に驚き、何が起こったのか解らなかった。どうしたら良いのか解らずうろたえながら、馬の背に胸をつけ抱きつくように馬の左側に滑り降りる。そしてズゼルーマーの身体の横に潜み、その尻の横から覗いてみた。


 引き裂く嵐ティア・ストームの魔法が右に生える薮の中で渦を巻き、微塵に切り裂く。切断された枝や木の葉が渦に巻き込まれ、上空に飛び散る。


 離れた薮の中から逃げるように飛び出した魔物が現れる。痩せ細った全身に腹だけが膨れている黄土色した身体をした餓鬼スモール・レッサーオーガだった。


 ハイリアルは餓鬼スモール・レッサーオーガに薙刀を構え魔法を放つ。

 氷鎗の魔法だった。


 放たれた氷鎗が餓鬼スモール・レッサーオーガの腹を貫く。

 餓鬼スモール・レッサーオーガは魔法が放たれた方に頭を向ける。貫かれた腹を手で抑えると、両膝を付き前に倒れ込んだ。顔を横にハイリアルに向け、喚こうとした口は動きを止め開いたままだった。

 腹から黒緑色した血が溢れ、路面に血溜まりが拡がる。


 レイリーリャは身を隠すのを忘れ呆然と眺めている。

 ハイリアルは彼女がいる方を横目で眺める。目にした途端に顔を向け凝視した。



「おい!後ろにいるゾ!」



 彼女に向かって叫び、その背後を薙刀で指し示した。



「えっ?」



 レイリーリャは真後ろを振り返る。


 すぐ間近で黄土色した餓鬼スモール・レッサーオーガが両腕を振り上げ襲いかかろうとしていた。興奮で目が血走り口許から涎が垂れている。


 その瞬間レイリーリャの顔の真横を、氷で出来た鎗が高速で通り抜けた。

 ハイリアルが放った氷鎗の魔法が餓鬼スモール・レッサーオーガの顔の中央に突き刺さり、その身体が後方に吹き飛ばされる。


 餓鬼スモール・レッサーオーガの顔面には氷鎗が杭を打つように垂直に突き刺さり、仰向けになったまま動かなかった。


 氷鎗が通り過ぎた後の冷気がレイリーリャの頬に残る。恐怖で呆然とし蒼白した顔のまま固まっている。



「……危なかった。」



 ハイリアルは馬から降りると、急いでレイリーリャに近付き、守るように前に立った。



「……もう少し気付くのが遅ければ殺られてた。」



 薙刀を構えたまま周囲を見回し警戒する。


 彼女の意識に、目の前で興奮し目が血走り涎を垂らす餓鬼スモール・レッサーオーガの顔や、自らの顔に迫り、真横を通り抜けた氷鎗の冷気が、今もまとわり付き離れられなかった。そして恐怖も離れられず、身体の震えも止まらなかった。


 その後他の餓鬼スモール・レッサーオーガや魔物は二人の目の前に現れなかった。



 この日宿泊する宿に到着した。

 ハイリアルは到着すると馬に背負わせていた荷物を下ろす。それを見てレイリーリャはそれらを抱え宿の受付で手続きを済ますと、泊まる部屋の中に運び込んだ。


 彼は乗ってきた馬二匹を厩舎に繋ぐと、宿の近くあった街の己立者ギルドへドマーラルシズトに関する情報の有無を確かめに独り歩いて行った。


 彼女は荷物を泊まる部屋に運び終わった後は、夕食前に洗濯など雑事を行う事になっている。

 夕食の準備はこの日も宿が行うので、彼女が夕食に関して行う作業は、メニューの確認と給仕位で良かった。

 

 レイリーリャは宿にある井戸の前で、前日着ていた服を洗っていた。

 自らの意識の中に、目前で興奮するゴブリンの顔や氷鎗の冷気がまだ縛り付いていた。その恐怖も、意識から離す事が出来なかった。



―――怖い。あんな思い、二度としたくない……。



 目の前で起こった事が甦り、作業をする手が鈍ってしまう。



…………もう嫌だ。…………それならどうする?…………



…………やっぱり逃げるしかない?…………



 彼女は思う。

 もしそうなら、夜が明ける前に逃げ出す際に必要な荷物は何なのか、どのように逃走するかなどあれこれ考える。


 考えれば考える程、足りない物や解らない事、対応する手段が無い事など、今の彼女には解決出来ない事がいくらでも思いついた。


 しかしこのままハイリアルに附いて行っても、ドマーラルシズトをいつ倒し、この旅を終わらす事が出来るのか解らなかった。


 例え帰る事が出来ても、何事なく無事には戻れないと思い込んでいた。


 それ故に逃げ出さず彼にずっと付いて行くという選択肢を選べなかった。


 むしろその選択肢を選び行動する事の方が、何か得体の知れない恐ろしさを感じるのであった。



 レイリーリャの目の前に置かれたたらいの中には、中に洗濯物が浸かり洗剤が混ざって白く濁った水が満たされている。


 その表面に浮かぶ石けんの泡は、縁にへばり付いたまま消えずに漂い続けている。




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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


作者おだてりゃ 木を登り

ますます ハナシ 創りまくる

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