6.噂


 レイリーリャは乗っている馬ズゼルーマーの上に跨がったまま、憂鬱に纏われ心が沈んでいる。ズゼルーマーはそんなレイリーリャの態度など眼中に無いように、軽やかな足取りでハイリアルの乗る馬の後ろを附いてきている。


 二人が乗る馬は歩み続けている。

 冠雪した山脈より下る雪解け水が小川となって街道を横切る。せせらぎから水の音が軽やかに流れる。馬はその上に架かる木橋の上を、足音を響かせながら過ぎていく。


 すると、向かっている方向から己立者パーティー六人組が歩いてきたのが目に入った。パーティーのメンバーは狩った獲物を背負っており、二人を乗せた馬とすれ違おうとしている。その中心を歩いているポーターと思われる大男が、狩った魔物の牙や肉などといった大量の獲物や荷物を台車に乗せ引っ張っている。

 ハイリアルはその一行に挨拶をすると、彼らもそれを返す。


 レイリーリャにとって全く見知らぬ者達であった。だがハイリアルが挨拶した以上は、従者たる自分が挨拶しない訳にはいかなかった。レイリーリャは手綱を握ったまま両手を前にして、「はじめましてぇ。」と頭を下げた。


 このパーティーの一番後を歩いているローブを着用した女性が、レイリーリャの顔を見上げ微笑んだ。紫色と透明な色がまだらなマーブルの魔石が付いた杖を持った魔術師のようだった。人族の女性で熟れ始めの三十歳過ぎ位に見える容姿で、その目には妖艶さが纏っていた。そして「こんにちは。初めまして。」と包み込むような穏やかな声色で挨拶を返した。


 レイリーリャは頭を上げると、女性が着るローブが目に入った。

 それは鮮やかな艶のある紺色の生地に、同じ色の濃淡で様々な花柄を彩られたローブだった。著ている女性の魅力をより際立たせ、艶やかで絡みつくような色気が溢れている。

 


…………このローブ綺麗だなぁ。花柄が鮮やかでキラキラしてて、何の宝石?いや、魔石が使われてるかな?……。



 彼女は女性が着るローブに見とれる。

 これからハイリアルの旅に付いて行くのを止めるかどうか悩んでいる事が、頭から消えていた。



……柄がきめ細やかで艶やかだし、何の糸で織られてるんだろう?


…………わたしもこんなローブを着てみたいな。着たらこの人みたいにせくしぃになれるかしら?



 ローブの胸元から覗く谷間が目に入り、自分の胸と見比べてしまう。



…………もう少し大きくなれば、わたしでも似合う……はず……。



 本心から目を逸らし、自ら思い込む。


 ハイリアルはレイリーリャに何も指示を出さずに馬を止めた。レイリーリャはそれに気付くと彼の不意の行動に途惑い、宥めるように乗っている馬ズゼルーマーを立ち止まらせようとする。



「そちらは狩りか。なかなか良い緑大猪みどりおおいのししじゃないか。」



 ハイリアルはこのパーティーのメンバーが背負っている緑大猪の毛皮や肉などを眺めながら感心する。



「お陰さまで、何とかこれを狩れましたわ。」



 鮮やかなローブ着た女がハイリアルを見て口許に―――口許にだけ笑みを浮かべている。



「……そちらは二人だけなの?こっちは六人だけど……。」



 ローブの女の前にいる右目に三本の引っ搔き傷が残る厳つい虎の頭をした獣族戦士が、ハイリアルと女との会話を無言で見据えている。左手で背中に背負う大剣の柄を掴んでいる。


 ハイリアルは馬を下りると、戦意を無い事を示し両腕を拡げる。



「…………我とこの従者で二人だけだ。今現在は別行動している者は、いない……。」



 単に警戒しているだけで無く、ブローデンが逃げ出した事に触れられる事が嫌な事もあって、その声のトーンは気持ち低くなっていた。


 レイリーリャはハイリアルが馬を下りて説明している姿が目に入ると、彼の後ろで従わなくてはならない事を思い出し動揺してしまう。従者にあるまじき態度だと見做され、叱責される怖れがあるからだ。


 彼女は慌てて馬から降りようとした。しかし、左足を乗せている鐙が動き体勢を崩してしまう。身体と右足が横になり尻から落ちそうになる。思わず動転し、叫んでしまいそうになる。それを何とか堪え、右足を前後左右に動かして、つま先を地面に触れさせる。地面に右足を着けると、左足を上げ鐙から下ろす。そして何とか両脚を着け下に降りる事が出来た。


 ほっと一息吐きそうになったが、彼が喋っている事を思い出し、その後ろをこそこそと隠れるように慌てながら歩み寄った。


 ハイリアルが敵意の無い事を示したのを目に入れると、虎の獣族戦士が背中に背負った大剣の柄から手を離し一息ついた。緊迫した空気が緩む。そして肩に掛けた緑大猪の毛皮を手のひらで叩く。



「……狩れたのコイツだがなッ、探しても全然出て来やがらねぇから、見つけ出して仕留めるのに、三日もかかっちまったぜ。」



 片付けられなかった厄介事をようやく片付ける事が出来て、安心したかのようだった。



「ゴブリンだったらウジャウジャ湧いてきましたけどぉ、緑大猪みたいに毛皮とか肉売ってお金になる魔物は全然出ませんね。この辺りじゃ。」



 若く大きな目をした腰に短いロッドを刺した治療術士の青年がハイリアルに顔を向け、話ながら両手で身振りをする。


 なおゴブリンは己立者ギルドで駆除証明となる切り落とした左耳と交換で多少は報酬を貰えるものの、体内に残る魔石以外に売れる身体の部位は無く、金目の物を抱えている事も余りないのであった。



「倒したトレントをズズズって曳いて運べる位に、大がかりなパ-ティーだったら良いンですけどねぇ。」



 大きな目をした治療術士の男が手を横に振り苦笑いを浮かべる。

 そんな男達の振る舞いに対して、レイリーリャは一切視野に入っていなかった。



…………このローブ、買ったらいくら位するんだろ?1大銀貨(10万円相当)じゃあ、足りないよね。



 夢中になって頭をひねりながら女が着るローブを見定めていて、周りの会話を聞く事から気が逸れていた。



…………そんなお金、どーやって手に入れれば良いんだろ?



 彼女は周囲を気にせず、自分の世界に入り、頭を傾け考える。



「……そうなのか。我らも道中で現れたゴブリンを駆除したな。」



ハイリアルも治療術士の男に同意する。



「そのような状態ならば、魔物狩るより、賞金首を捕らえる賞金稼ぎした方が金にならないか。」



 そう話しながら探るようにこのパーティー各々の顔を見回す。



「例えばドマーラルシズトとか。」



 このパーティーの面々がローブの女に顔を向け応答を見る。この女がパーティーの中心のようだ。

 レイリーリャもこの女を見ている。

 だが見つめる先にあるのはこの女が着ているローブだ。



……この徐々に明るい色になっていく刺繍はどうやって縫ったんだろう?

 小さいのなら、わたしの服にも出来るかな?



 彼女は服に果物の刺繍をする想像をしながら、両手で縫う動きをしている。想像上のプリズムイチゴの刺繍に専念し、ハイリアル達が喋る言葉が耳を通り抜けていく。



「……そうねぇ。あたし達のパーティーは、人間相手の賞金稼ぎはしない事にしてるの。」



 ローブの女は淡々と大したことが無いように言う。



「そうか……。……斥候と治療術士は我よりも若いようだが、新入りか?」



 ハイリアルはこのパーティーの面々を見回す。治療術士の男は首を竦め頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべ、軽装で革鎧を纏うまとう斥候の女は怯みながらも悪いかよと凄む。



「……そうなの。最近入ったばかりなの。経験をある程度積まないと、人間相手の賞金稼ぎするのは危険だからねぇ。」



 もう心配しなくても大丈夫ですよという治療術士の男の言葉をよそに、ローブの女は皺の寄った両眉を下げ苦笑いを浮かべる。

 その笑みは成熟した女性が醸し出す妖艶さは無く、子供の世話をする母親のような優しさが現れていた。



「……まぁ、ホントねぇ、追い詰められたら人って、何するか解ったものじゃないから、嫌になるの……。」



 ローブの女は俯くと左右に首を振って溜息をついた。思い当たる所はあるのか、このパーティーのメンバーとハイリアルも言葉を一言も出せなかった。

 そしてレイリーリャも言葉を一言も出せなかった。



…………それにしても、このローブの生地は本当に何だろ?……ふつーの糸じゃなさそうだし、すべすべしそう。



 それはローブの女に、着ているローブを触っても良いかと尋ねようか迷っていて、言葉を一言も出せなかったからであった。

 触って肌触りを確かめたいと思っていた。

 この雰囲気に頓着などしていなかった。


 よしっ、とレイリーリャは踏ん切りを付けると、尻尾が上に上がり左右左と振られる。そしてローブの女の顔を見つめ声を上げる。



「……すいま「確かにそうだ。…そうなると、ドマーラルシズトについては解らないか。」



 レイリーリャの声はハイリアルが同意する声に被せられる。その瞬間彼女は話す邪魔をされて不満を感じてしまい、振り返り彼の顔を凝視する。その顔はローブの女に向き、眉間に皺を寄せながら見つめていた。



…………えっ、ハイリアルさまはどまーらるしずとについて聞いてたの?いままで……。



 彼女はハイリアルが今まで尋ねていた事がドマーラルシズトに関する事だったのに今頃になって気付き、その驚きで言葉をかぶせられた不満がかき消された。



「己立者ギルドに貼られた手配書に書かれたことぐらいしか知らないわ。素顔が解らないということと、デシャンタル森林地帯を中心に出没する位ね。」



 ローブの女は何かを含めるように答える。デシャンタル森林地帯は、今いるズゼロスコエ伯爵領のあるスラローニャ半島よりも遙か南東に存在する森であった。



「まぁそれが、ネレイステセシア教会を枢機卿ごと潰したり、戦場で帝国皇帝と王国元帥もろとも皆殺しにしたなんていうウワサ通りのバケモノだったら、あたしは見ただけで逃げるわ。」



 ローブの女は言い終わると、自分が喋った言葉が面白かったかのように微笑んだ。



「シーレファイさんが逃げ出す程なら、オレは見たらすぐに、ホゲーって泡吹いて気絶するなっ。」



 目の大きな治療術士の男はシーレファイこと妖艶な女に顔を向けこう冗談を言うと、その顔を綻ばせる。



「レコバがそのようにして、率先して身を捧げて生贄になってくれるから、安心して逃げられるの。」



 シーレファイは色気の漂う笑みを浮かべながら冗談で言い返すと女のパーティーメンバーは笑い出した。

 しかしレイリーリャはそれに合わせて愛想笑いを、浮かべてはいなかった。



………………にゃにそれ?皆殺しって何?……初めて聞いたよ。その言葉……。


……『貴賤関係なく』ってハイリアルさまが言ってた気がするけど、皇帝や元帥、枢機卿だなんて、言ってない。



 彼女は驚愕し、両目を見開き尻尾が逆毛立つ。



―――ドマーラルシズトって、ブローデンさまもそうだったけど、強そうな己立者の人達でも、逃げないと殺されちゃう位ヤバいの?!



 危なさが想像以上で驚き動揺する。


 自らの後ろに控え従っている従者レイリーリャの態度に気付かず、ハイリアルは薄笑いを浮かべる。



「ウワサ通りか確かめる為にも、寄る所寄ったら、さっさとデシャンタル森林地帯に行かないとな。」



―――えっ、そんなに早く行っちゃうの?


…………協力してくれる人達を集めないと死んじゃうかも……。



 レイリーリャは呆然とし尻尾が力なく下に垂れる。



「……色々と参考になった。礼を言おう。感謝する。」



 ハイリアルはパーティーに別れを告げると、鞍に片足を掛け愛馬に跨がった。



「……あ、ありがとうございました。またよろしくお願いします。」



 レイリーリャも思い出したように別れの挨拶を告げると、慌てて駆け寄りながらズゼルーマーの脇腹の前に立ち、横鞍に足を掛け馬の首に抱きつくようにして跨がった。

 シーレファイが着ていたローブの生地に関する事など、頭から抜けている。


 女のパーティーも別れの挨拶を告げると、目指す所に向かってそれぞれが歩き始めた。


 ハイリアルとレイリーリャを乗せた馬はそれぞれ二人を気にする事なく、淡々と進んでいる。



 彼等が喋り合っていた道脇に茂る薮から、羽が茶色い野鳥が首を出し左右に首を振る。そして路面に出て何歩か歩くと、警告するように囀りながら飛び立って行った。



 翔馬の刻(正午12時位)半刻(13時位)を過ぎた頃に、ハイリアルは昼食を摂る為に道の脇にあった広場に馬を停めさせた。そこで昼食と休憩を取る事にした。


 昼食の準備を始めてから昼食を摂り終えるまでの間、二人は何も語らなかった。



…………このままドマーラルシズトに会ったら、わたしは殺されちゃうよね?……


…………そうならないように逃げた方がいいよね?



…………でも、逃げてからハイリアル様に見つかってしまったら、怒られるだけでは済まず、何か罰があるよね。



 レイリーリャはあの女のパーティーからドマーラルシズトの噂について聞いてから、思いに縛られ気持ちが重く沈んでいる。

 ドマーラルシズト以外の話を語って気を紛らわそうという考えは起こらなかった。


 またハイリアルにドマーラルシズトについて尋ねるのは、これから遭遇する事が避けられない、知りたくも遭遇したくも無い恐怖を聞かされそうで怖かった。



「休んでいる間は起きてるよな。怪物が現れたら起こしてくれ。」



 食事を食べ終わった後、ハイリアルは一方的に指示した。レイリーリャの心情という概念自体が存在せず、畳みかけるようだった。


 彼はすぐに下に敷いた敷物の上に仰向けに倒れると、ワインレッド色したレンズの魔道具を右目から外さぬまま、眉間に皺を寄せ目を閉じ休み始めた。



 レイリーリャは食器の後片付けをしながらその様子を横目で見ている。

 ハイリアルは何度も寝返りを打っていて、彼女には目を瞑って休んでいるだけで、眠ってはいないように見えた。



………………もし今逃げても、ハイリアルさまはすぐ気付いて、追っかけて来て捕まえそうだね。……


…………それに逃げる準備は、まだ、出来てないし…………。



 レイリーリャはその様子を見ながら想像する。

 無意識のうちに、自分自身に対して逃げ出さない言い訳をしていた。

 緊迫する何かが緩み、気を軽くなっていた。

 逃げ出すと失敗する理由を見いだし、安心感を抱いていた。



………………逃げるなら、準備を済ませてからね…………。



 逃げ出す方が破滅に向かうかのように恐怖を感じながら。


 風が二人の身体を吹きつけ、木の枝がこすれざわめく。

 ハイリアルは目を閉じたまま舌打ちすると、反対向きに寝返りをした。



 

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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


作者おだてりゃ 木を登り

ますます ハナシ 創りまくる

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