5.迷い


 ハイリアルが食堂で朝食を食べる横で、レイリーリャが立って控えていた。


 その反対側には彼が愛用する薙刀が空いている椅子に立て掛けられている。それは何かあった時には直ぐに使えるよう、これを手の届く所に置いておくのだ、とここまで持ってきたからであった。


 食堂のテーブルの上には白パンと根野菜のスープが入った椀、それに肉と野菜を焼いた物が乗った皿が一食分置かれている。


 レイリーリャは黙っている。

 メイドという立場上、主人という立場に等しいハイリアルに対して無闇矢鱈と話しかけて、食事の邪魔をして不快にさせるのはあるまじき事である。それを意識して振る舞っているのでは無いが、自らの考えの世界に沈み込んでいた。

 朝食前に彼と話したドマーラルシズトを捜す事についてである。


 ハイリアルはドマーラルシズトを探し続けるとはっきりと口から言ってはいなかった。しかし言動や雰囲気から判断して、中止せずに続ける意志を持っているようにレイリーリャには思えたのであった。



…………己立者ギルドなりどこかで、ドマーラルシズトを捜し倒す協力者を募るそうだけど、果たして、そんな人を見つけ誘えるの?


 …………うーん、実際にやってみないと、解らないよね……。



 彼女は立って控えたまま首を捻る。



…………例えそのような人がいたとしても、果たして、捜し出し倒す能力はあるの?…………その人に会ってみてからでないと、解らないよね……。



 食堂の中を蝿が羽音を鳴らしながら弧を描き飛び回る。コツコツと窓ガラスに当たる度に音がする。



…………あの剣を自在に使いこなす騎士ブローデン様でさえ闘う前に逃げ出す程だったのに、ドマーラルシズトを倒すという目的を果たすまでに、一緒に協力してくれて、付いて来てくれる人っているの?…………これもその人に会ってみてからでないと、解らないよね……。



 蝿は壁からテーブルへと飛び渡り、彼女の両耳の間にある髪の上に止まった。

 蝿は左右に首を振る。



………………もしそのような人がいなかったら、わたしはどうなるんだろう?…………その時になってみないと、わかんな~い~って、全部解んないんじゃん。



 彼女は叫びたくなったが、食事を摂るハイリアルの姿が目に入り、それを我慢する。



………………まぁ色々考えてみたけど、どうしよう。ハイリアルさまは『安心しろ。闘わすつもりはない』とおっしゃってたけど、もしその時は守ってもらえるのかな?



 蝿は彼女の髪の上に留まり続けている。髪に触れては両前足を合わせ、拝むように擦り合わせる。



…………そうしてもらえればいいけど、もしも、そうならないで、闘う羽目になったらどうしたらいいんだろ?わたし、メイドだから武器は使えないし……。



………逃げる?……うーん……。



 いくら考えても疑問の先の答えは頭の中に浮かんでこなかった。

 うーんうーん頭の中で唸って悩んでいるだけであった。



「……おい、どうした。茶をくれないか。」



 ハイリアルはレイリーリャの顔を下から見上げていた。朝食を食べ終わり彼女に促していた。



「―――はい、ただ今。」



 レイリーリャは思考の世界から引きずり上げられた。頭の上に止まっていた蝿も飛び立つ。

 彼女は彼が使うティーカップを片手に取ると、もう片方の手でティーポットを掴み茶を注ぐ。



「我の食事は終わったから食べて良いぞ。……もう既に朝食食べたのか?」



 ハイリアルは彼女が置いたティーカップを片手に取ると、受け皿を取らずに口をつける。



「いいえ。まだ食べておりません。」



 レイリーリャはそう言うと、自分の腹が空腹気味だという事に気付いた。



「なら、食べてこい。その後出発する準備しておけ。」



 ハイリアルは彼女の顔を見ずにそう指示する。そしてテーブルの上に置かれたティーカップを眺め独り黙っていた。


 レイリーリャは前日の余った食材を寄せ集めにした朝食を摂り、使った荷物をまとめ出発の準備を終わらせた。

 その間中、これからの行程が中止になって欲しいという願望が心の中に湧いてくる。その度毎に、彼が中止すると言ってないので決行するんだ、とそれを上塗りするように思い打ち消そうとするのだった。


 宿の出発前に前日乗っていた馬ことズゼルーマーがハイリアルによって引き出された。そして彼に手伝ってもらいながら馬に背負わせる荷物を括り付けた。

 宿の者が気を利かせて馬に乗りやすくする為に用意してくれた木の酒箱を、逆さにして踏み台の代わりとして馬の鐙の前に置いてある。


 レイリーリャは宿の者に礼を言うと、酒箱の上に乗り鐙に左足を乗せた。その後ろにはハイリアルが、彼女が馬に跨がれない時は手伝うつもりで控えていた。


 ちなみに前日レイリーリャが初めて馬に乗る時には上手く出来なかった。なかなか馬の背に上がれず落ちそうになったりするのをブローデンに失笑されながら、何度も四苦八苦してどうにか馬に跨がり乗ったのであった。


 レイリーリャは振り返りハイリアルの顔を見つめる。表情は平静を装っているが、頭の上にある両耳が下に伏せられ怖がっているのが彼に伝わる。


 ここでドマーラルシズトを二人で捜し出して倒す事を取り止める事が出来なければ、もう取り止める事は出来ない。焦りと恐怖が混じり合ったような感情が膨らみ、胸が張り裂けそうであった。



「これから、ズゼルーマーちゃんに跨がりますよぉ。」



 レイリーリャは思わず口を出してしまった。内心馬に乗るのをハイリアルが止めさせて、ドマーラルシズトを捜す事を中止にして欲しかった。



「ああ。」



 ハイリアルは横で淡々と返す。



「……怖いです。」



 彼女の左足は鐙に乗せたままだった。



「安心しろ。」



 彼は横で淡々と返す。



「……本当に、大丈夫なんですね?」



 彼女は顔を彼に向ける。



「大丈夫だから、さっさと乗れ。」



 彼は横で冷ややかに呆れている。



「……はい……。」



 レイリーリャは観念した。

えぃっと気合いを入れると、鐙に掛けていない方である右膝を馬の背の上まで上げ、反対側の鐙に足を乗せた。

 彼女が鞍の上に腰を下ろすとスカートの裾がその上に広がる。

 尻を着けると同時にふぅと吐息が漏れた。脱力し安心感に浸る。


 ハイリアルはレイリーリャがちゃんと馬に乗った事を確認すると、愛馬に跨がり歩き始めた。



「予め寄る所があるから、そこに向かうぞ。」



 彼は振り返り彼女の顔を見ながら声を上げた。レンズの魔道具を掛けていない左目の眼差しには、険しさよりも厳粛さが現れていた。



「……解りました。」



 レイリーリャは彼に応えるが、その表情を見てその内心を気付ける余裕は無かった。彼女の乗る馬ズゼルーマーが彼が進む方向とは違う方向に行ってしまう事を恐れ、両手でその手綱を強く握りしめてしっかり捌くさばく事に専念していたからであった。



…………寄る所?……そんな事ハイリアルさまは今朝出る前に伝えてたっけ?そんなの覚えてないけど、忘れちゃったのかなぁ……。



 レイリーリャは手綱捌きに気を張りながら、記憶を手繰り寄せる。しかしそのような記憶を思い出せず、意識のうちに手繰り寄せる事は出来なかった。




 この日は前日同様晴れてはいたが、風が強かった。土を均し種をまいたばかりの畑の上に土埃が立ち上がり、風に乗った土や砂の粒がレイリーリャの顔を叩き続ける。

 彼女は正面を向け続けられず、顔を逸らし首許に縮こまり両目を開き続けられなかった。



「……もう、何これ~。ひど~い。目に砂が入っていた~い……。」



 堪えきれずに辛さと苛立ちで愚痴が口に出してしまう。



…………こんな大変な事がずっと続くのかしら。ドマーラルシズトが見つかるまで捜すという事は、それまではずぅっと外でうろうろし続けているという事だよねぇ。


……今日みたいに風の酷い日はあんまり無いとは思うけど、夏の暑い日とか冬の寒い日はキツいよねぇ……。

 どっちも耐えられそうもないよ……。



 砂が目に入らないよう俯きながら、両肩の力が抜けていき落胆してしまうのを感じる。


 前を進むハイリアルの後ろ姿を見るが、彼女には相も変わらぬ険しさしか感じられなかった。

 安心感など全く起こらなかった。

 不安だった。



…………ハイリアルさまは出発する時には『大丈夫』って言ってくれたけど、やっぱり安心出来ないよね……。


―――一人でドマーラルシズトと闘ったら、攻撃ながらわたしを守るなんて、一度に両方出来ないよね?



 レイリーリャは出発で馬に跨がる前にハイリアルが『大丈夫』と言った事を、無事に馬に乗れるという意味ではなく、彼女が彼に従っても無事に危険な目に遭わないようにするという意味に捉えてしまった。

 誤解してしまったのだった。



…………大丈夫なワケ無いよね。やっぱり……。



 彼女はますます不安を強く感じそうになるはずなのに、その身体の奥に何かが落ち込み不安が少し鎮まったように感じた。



……それだったら、あたしも逃げる?

 逃げれれば死ななくて済むけど、どこに逃げる?元いた孤児院?


……謝れば入れてくれるかなぁ?


 …………それだと牧師さんとシスターに迷惑かけちゃうし、……やっぱり、怒られちゃうよねぇ……。



 メイドの仕事を投げ出して逃げ帰るレイリーリャを、ネレイステセシア教団付属孤児院の牧師とシスターが見てしまった所が、心の中に思い浮かんだ。

 今まで育ててくれた牧師とシスター達が怒り出すか、或いは落胆する姿が心の中に現れてしまった。期待を裏切ると思うと何かすまないという罪悪感を感じつつも、胸の底に得体の知れないどよぉとした何かが有るのを感じ、思わず口から溜息が出てしまった。



 ハイリアルの実家であるズゼロスコエ伯爵家では、このネレイステセシア教団付属の孤児院に、社会援助の意味も込めて長年に亘り運営資金の寄付を行っていた。

 この出身の孤児達の就労支援を兼ねて、伯爵家では孤児院出身者のメイドの募集を行っていた。

 レイリーリャはこの孤児院の牧師とシスターの推薦もあって、伯爵家のメイドになれたのであった。



…………だからといって、このままハイリアルさまに付いて行ったら死んじゃうかもしれないよね……。


 孤児院に逃げるんじゃなく、己立者ギルドが有るトコに逃げてそこで依頼こなして……魔物退治の他にも仕事有ったよね?城門直すのはそうだったよね?

 


 彼女の脳裏には煉瓦や岩を辛そうな顔して背負って運ぶ工夫の姿が浮かんでいた。

 その眉間に皺が寄り口許が引きつる。



…………アレ重そうだし、やったらキツそうだよね。

 でも薬草取りとかだったら、……教えてもらえれば、何とかなるかなぁ?


…………別のところでメイドするのはあんまりしたくないし……。



 伯爵家でのメイドとして働いている時の事を想起した。

 副メイド長や先輩のメイド達に仕事上の失敗や振る舞いで叱責された事や容姿や普段の言動等を嘲笑された事などが思い浮かび、思わず背中が竦んだ。辛さや怒り、虫唾が走るような嫌悪感など、出来事を思い出す毎に、様々な嫌な気持ちが沸き立ったのであった。




…………よっぽどあそこでのお仕事嫌なのね……。



 涌き上がった伯爵家のメイドとしての記憶のうち、嫌な事が想像以上に多かったので、人ごとのように呆れてしまう。



…………お金の事が何とかなるなら、これから死ぬ思いをしてまで、この仕事を続ける事はないか……。



 改めてこのメイドという仕事に余り執着が無い事を再確認すると、両肩の力が抜けて肩から上の重みを感じてしまい、気持ちも沈んでいってしまうように感じられた。



 道端には黒く汚れたぼろ切れがうち捨てられていた。

 所有者を現す印は無く、過ぎ去った時間が誰も必要としていない事を示している。

 それは風に吹かれ、砂と共に路面の上を行く当てもなく転がって行った。




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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。


作者おだてりゃ 木を登り

ますます ハナシ 創りまくる

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