4.疑い
ハイリアルは椅子に座り横で立ち続けるレイリーリャを見上げながら、ドマーラルシズトについての説明を行っていた。
…………ドマーラルシズトはいつ頃からか不明であるが、老若男女、貴賤、善悪、人数の多少を問わず、様々な者達を圧倒的な力で殺戮し続けていた。その動機や理由、目的などは自ら語る事は一切無く、知っている者は誰一人いなかった。
また独自の術を操り、得体の知れない力を行使している。その為に、この世界で存在している人間の理を越えた、『
呼称もドマーラルシズトだけでなく『死を司る者』『虐殺者』『悪魔』『死神』などといった様々な異名で呼ばれている。
現れた場所や時間も定まらず、本拠地や居住地も全く解っていない。
そしてその正体についても、魔族あるいは人族の男女、怪物、生きる屍、魔神の類いなど、様々なものが伝えられており、何というものだと特定されていなかった…………。
ハイリアルは説明している間、感情を表に表す事無く淡々としていた。
レイリーリャはそれを聞いているうちに、背中一帯を覆うよう寒気が纏わり付いて怯えてしまっている。
「……ハイリアル様がおっしゃった説明を一言で纏めると、ドマーラルシズトはもっのすっごく、強いんですよね。ブローデンさまが逃げ出すぐらいに。」
レイリーリャはドマーラルシズトが『強い』という所を強調した。
「話を聞く限りでは、確かにブローデンよりは強いだろう。……しかし、我なら、―――倒せない事はないはずだ。」
ハイリアルはその顔を見ずに、何か目に見えない物に向かうようにして返す。まるで彼女相手では無く、自分自身に言い聞かすように。
しかし彼女はこの振る舞いの意味を気付かなかった。
「元々我は王国騎士団に所属して盗賊や怪物を駆除していた魔術師だ。こういった事には慣れている。それに協力者がいれば、一対一ではなく複数対一に持ち込む事が出来るし、……まぁ、色々手はあるしな……。」
彼は自ら勝てる根拠を言いながら再確認するかのように、言葉が徐々に強くなる。
「確かにあの魔法は凄かったですけど……。」
彼女は前日ゴブリン駆除した時に使った呪文を思い出す。
コップ半分の水や爪と同じ位の大きさの火を指先から出す魔法を唱えられる者なら、勤めていた伯爵邸含めて何度も見かけた。しかし、藪で塞がれ全容は見えなかったとはいえ、小屋程の広さに広がる竜巻が現れる呪文を見たのは生まれて初めてであった。
それでも彼が語るドマーラルシズトについての話を聞く限りでは、その力は竜巻の呪文がもたらす力それ以上に思え、心の中に立ち籠めた怖れが全く晴れなかった。
二人の間に沈黙が漂う。
―――もしかしたら、ハイリアル様ではドマーラルシズトを倒せないのかもしれないのではないでしょうか?――――
この心の中に現れた言葉を彼に向けて投げかける勇気、あるいは無謀さを彼女は持っていなかった。
この言葉を口に出したら、待ち構えるように黙っている彼が激怒し、怒鳴りながら攻撃をする姿が目の前に思い浮かんでいる。
だが一方、この言葉を止める自制力は持っていた。
彼女はあくまでも彼の従者である以上、その命令に従わなくてはいけない。そんな心構えをメイドとしてこのズゼロスコエ伯爵家に仕えた初日に教えられてから守り振る舞っていた。
その心は怖れで揺らぎながら、この雰囲気を変えようとあれこれ考える。
「……ハイリアルさまのお話を聞いてて思ったのですが、ドマーラルシズトについては解らない事だらけということですよね。」
レイリーリャは注目する点を変えた。
「多少なら我にも解っている事はあるが、おおよそはそうだな。」
ハイリアルは淡々とつまらなさそうに返す。
「実際は別の者なのに、そう別名として呼ばれている者もいるだろうし、わざわざ自称している者もいるだろうしな。」
「……それでしたら。ドマーラルシズトを、どのように捜すのでしょうか。」
彼女は尋ねる。怖れによって内面を支配されながら。
その怖れはドマーラルシズトの強さ恐ろしさ、それ自体であった。だが彼が無謀にも、ドマーラルシズトを倒そうとするのを止めないのではないかという怖れも、その心の中に増え始めていた。
「……己立者ギルドや情報屋、それに目撃者などから情報を集めて、ヤツのアジトを見つけ辿り着くのが理想だが……どうだろうな……。それが解らなければ現れる所を予測して待ち伏せするか、色々策を使うことになるが……。」
彼は眉間に皺を寄せ目線を下げ額に手を当てながら、解決策を絞り出すように言う。これらの手段は確実に見つけられるか疑わしいと自ら言っているようであった。
ちなみに己立者ギルドとは魔物討伐や護衛、各種採取等の依頼を集め、それらを適正な報酬と評価で独力で収入を得る己立者に請け負わす組合である。
―――……直ぐに捜し出せるかどうか、ハイリアルさまにも解りませんか……。
その悩む様子を見て落胆した。自分自身の気持ちも重く感じる。彼の目が無ければ溜息をついていた。尻尾も下に垂れ下がる。
――――それじゃあ、ドマーラルシズトを捜すのを止めましょう。――――
この心の底に重く沈む言葉を言えていれば、この時の気持ちは楽になっていただろう。
その後彼による罰や責めによって、辛さや苦しみを味わされる状況になっているかもしれないが。
「……もし仮にですよ。ドマーラルシズトを見つけたとしても、危ないじゃないですか。万が一戦って死んでしまったら、どうするんですか?そうなったら伯爵様が悲しみますし……わたくしも、ハイリアルさまのお父上の伯爵様やみんなから、激しく怒られてしまいます。」
彼女はドマーラルシズトを発見した際の問題を言う。自分自身に降りかかってしまう恐れも思わず口から出てしまった。
彼の事を心配するように騙って、自分を良く見せ彼の評価を良くしようと、体裁を考える余裕など無かった。
ただ単に恐れの感情に流され口から出てしまっただけであった。
「…………伯爵サマねぇ。……まぁ、騎士が死を恐れたら騎士の資格はないな。」
彼は右の口許が歪み顔をしかめながら、実の父である伯爵への嫌悪を露骨に顔から出ていた。
「伯爵サマは非難するだろうが、悲しむ事など、―――ないな。」
彼女が言った『伯爵様』の呼称を変化させずにそのまま繰り返し、右の口許を横に引いて嘲笑う。ワインレッドのレンズ越しに映る目は笑っていなかった。急所を狙い刺す目であった。
彼女は彼が伯爵に対する悪意を感じている理由などを尋ねたかった。しかし私事に深入りして叱責されるのを恐れ、何も言わず黙っていた。
「………母上は、………………まぁ、悲しむ、だろうな。『聖母サマ』と、サロンの内でそう呼ばれるだけに……。」
彼は実の父とは異なり、実の母は悲しむだろうと述べた。しかしそれにも拘わらず、その口調は冷ややかなもので、口許は忌々しく軽蔑するように歪んでいる。
その様子を見て彼女は、伯爵邸から旅立つ際に見送ったのは所属する騎士とメイド合わせて三人だけで、実母の見送りは無かった事を思い出した。
それに伴い、心の底に沈み澱んでいた物が、身体の中に溶けだし浸食し始めたように感じる。
なお彼女はその実母とは同じ伯爵邸敷地内に住んでいたにも拘わらず、遠目でしか目にする事しか出来なかった。
だが伯爵邸内での伝聞で、その実母が『聖母様』という渾名を持っている事を知っている。
それだけではなく、彼女のいた孤児院にその実母が度々寄付を行っており、院長らにあだ名を呼ばれていたのを、そこに居た時に聞いた事もあった。
「……安心しろ。さすがにメイドのオマエをドマーラルシズトと闘わすつもりは、無い。」
ハイリアルは口許の嘲笑いを浮かべたまま、軽口のように言う。
「そうですか……。」
レイリーリャは相槌の言葉はこれだけしか出なかった。
朝日が昇り窓から入る日差しが部屋の隅にまで拡がっている。
外で奏でる鳥の鳴き声が部屋の窓から入り、他の部屋に泊まっていた宿泊者が食堂に向かう足音が廊下に響く。
「……そもそも、なんでそこまでして、ハイリアルさまがドマーラルシズトを倒さなくっちゃあいけないのですか?何か恨みでもあるのですか?」
レイリーリャは尋ねた。
ハイリアルはなぜ危険を冒し死ぬ覚悟をしてまで――これをしようとする理由が全く見当がつかず窮している。
「…………いや、恨みは、ない。……誰かがドマーラルシズトを倒さねば、またどこかで大勢の人間が殺されてしまうからだ……。」
ハイリアルの顔には表情が無かった。その言葉は強弱をつけず、文字として書かれた定型文を音読するようであった。
先程の実の父母に関して発する言葉の方が、深い感情が籠もっていた。
「……そうですよね。悪いヤツは誰かが倒さないといけませんよね……。」
彼女は同意したが、心の中にもやっとしたものを抱えた。
どうしてそう感じるのか全く解らなかった。
それが何なのか自らの心の中を探ってみた。
しかしそれは、扉をノックする音によって遮られた。
宿の従業員が朝食の準備が出来た事を知らせに来たのだった。
二人は話し合いを止め、朝食を食べに食堂へと向かった。
廊下は両側が客室で窓が無く、陽の光は入らなかった。
先を歩くハイリアルの背中は重大事があったにも拘わらず、動揺せずに平然としているようにレイリーリャには見える。
ハイリアルが廊下に灯された蝋燭の下を通ると、映ったその影も床板の上で揺らぎながら前に進んで行った。
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……この作者、他者評価に対して淡々としているようでも、やっぱり褒められると喜んでいるようなんです。
作者おだてりゃ 木を登り
ますます ハナシ 創りまくる
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