第2話 旬のネタ
「大丈夫なのか、この動画。よくBANされずに残ってんな」
ぼかしが入っているとはいえ、全裸の少年が映っているのは明らかだ。
アップロードされた日付を見ると、わずか数時間前。おすすめ欄に出て来たので何気なく見たのだが、かなりショッキングな内容と言っていい。
サムネイルにはでかでかと
「
「いじめの可能性!?」
「体育教師の対応に問題が!? 全裸少年死亡!」
等の文字が躍っていた。
(死亡? 死んだのか、こいつ)
手にしたスマホを覗き込み、郁人はコメント欄をスクロールさせる。
『ちょ、こいつ
『潮先高校やべぇ。クスリでもやってんじゃねぇの?』
『
どうやら映っていた男子生徒は「
(個人情報ダダ漏れだな……)
嵯峨葦翔の知人と思しき人間が、躊躇なく彼の身辺の情報を垂れ流している。皆の知らない情報を自分が握っていることに高揚感を得ているのだろう。
コメント欄を軽く流し見をして感じたが、嵯峨葦翔という男子生徒はあまり評判の良い生徒ではないようだ。立場の弱い人間を虐げ、わがままを通し、気に入らない相手には暴力を振るうことさえあったらしい。最初はいじめ動画かと思って見ていた郁人であったが、徐々に彼の中で嵯峨葦翔は、加害者側の人間である印象が強くなっていった。
実際、嵯峨葦翔の個人情報を進んで流している者の中には、彼に恨みを抱いている者も多く見受けられた。逆に、彼がいじめられていたことを証言するコメントは一つもなかった。
(だけど、そんな生徒がなんでこんなことに?)
やがてコメント欄は、この動画自体を批判するものへと変わっていく。
『こういう不愉快な動画はすぐに消してください』
『いじめの加担をすることになりますよ』
『通報しました』
郁人はコメント欄を閉じる。すると今見ていたものとそっくりな別の動画が、すぐ下に表示されていた。
(えーっと……)
スクロールしてもしても、似たような動画がずらずらと表示される。煽り文句や扱う情報の内容も似たり寄ったりのものばかりだ。AIで作成された画像やアニメーションで構成するなど、独自の工夫をしているものも見られたが。
(今が旬の、再生数稼ぎ時のネタってことか……)
試しにいくつか見てみたが、内容的に目新しいものはない。その中で郁人は、先ほど自分が見ていたものより前の時刻にアップロードされている動画も多いのに気付いた。恐らく最初の動画が大量にコピーされ、削除されても構わずどんどんと新しいものが生み出されているのだろう。郁人が見たのもその一つだったのだ。
昼時になると扉の向こうから母親の声が飛んで来た。郁人は自室を出てダイニングへと向かう。テーブルにはラーメンが二つ並んでいた。
今日は金曜、母のパートが休みの日だ。インスタント麺ではあるが、自家製の鶏チャーシューや炒めもやし、刻んだキクラゲなどがトッピングされていて、ボリュームは十分だった。
「いただきます」
遠慮がちに手を合わせ、
郁人は今年の春大学を卒業したばかりの二十二歳だ。現在はほぼ無職と言っていい。就職活動をしなかったわけじゃないが、ある出来事が彼の運命を大きく狂わせてしまったのである。小説コンテストの受賞、からの書籍化。郁人は大学在学中に、見事に作家デビューを果たした。『殿上まもり』というペンネームで。だが、これがよろしくなかった。郁人は自分の就職先が決まったものと完全に誤解し、途中で就活を放り出してしまったのである。
ところがその後、編集部からは特に何の連絡もない。昔と異なり、今は爆発的な話題作にでもならない限り、続けて依頼をされることはない。それに郁人が気づいたのは、大学卒業間近のことである。そんなわけで一応作家の肩書は手に入れたものの、この有様だ。
現在の郁人はネットでライターの仕事を見つけては月数万円ほど稼ぎつつ、小説を書いてコンテストに挑戦する、そんな毎日を実家で過ごしていた。
最初は就活をするよ口うるさく言っていた母も、半年を過ぎた頃には諦めたらしい。そんな母子の間に明るく雑談できる空気はなく、TVの音を聞くともなしに聞きながら、二人はただ静かにラーメンをすすり続けた。
『続いて、潮先高校で起きた変死事件についてのニュースです』
TVから聞こえて来た音声に、郁人は反射的に顔を上げた。先ほど動画で見た内容がさらりと紹介された後に、コメンテーターたちは学校の対応に問題なかったかと議論を始める。
『これ、体育教師がまずいですよね。男子生徒にタックルしていますが、そのせいで男子生徒が頭を強打したように見えるんですよ。もう少し優しくというか、何とかならなかったんでしょうか』
『学校側の責任は重大ですね。教師はいじめを放置した上、生徒の命を奪ったのですから』
(動画で見たのとは少しイメージが違うな)
動画サイトに寄せられたコメントを見る限り、嵯峨葦翔はいじめをする側であっても被害者となるイメージではなかった。だがコメンテーターたちは、彼が誰かにいじめられた末に、教師の手によって殺されたのを前提として語っている。
(まぁ、どっちが本当かわからんけど)
そんなことを思いながら郁人が鶏チャーシューに噛みついた時だった。
「あらっ?」
母親が頓狂な声を上げた。
「何?」
「ねぇ、この事件の学校って潮先高校よね?」
「って、書いてんね。ほら、そこ」
郁人が画面右上を指差す。母親が郁人を振り返る。久々に目が合った。
「確か、従妹の
(美彩緒が?)
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閉じた口に蠅は入らない 香久乃このみ @kakunoko
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