閉じた口に蠅は入らない

香久乃このみ

第1話 奇妙な動画

 その動画はあっという間に拡散されていた。

 どこかの学校のグラウンドで、男子生徒が走っていた。

 全裸で。

 薄いぼかし越しにわかるすらりと均整の取れた体つき、今流行りの髪型と色合い。そんな男子生徒が真っ赤に染まった顔を苦痛に歪ませ、何かに憑かれたようにグラウンドをぐるぐると回り続けている。

『何あれ』

『えっ、キモ』

『アシトじゃん、何してんのあいつ』

『えっ、サガくん? どうしてあんなこと……』

『うわ、こっち来た! ぎゃははは!』

 動画には生徒たちの声も混じる。面白がるような声もあれば、ありえない光景に悲鳴を上げる者もいる。撮影者に向かって、全裸の男子生徒が迫る。ぼかしが入っているものの、その頬には涙が光っているのが見て取れた。

『アシト、何やってんの? 丸出しじゃん』

『撮んな、バカ!』

 アシトと呼ばれた男子生徒はそれだけ叫び、撮影者の前を駆け抜けていく。

『あはは、やべぇ』

 撮影者は笑いながらアシトを追いかける。

『なぁ、なぁ、何の遊び?』

『ちげぇ! 止まらねぇんだよ!』

『止まらない? 何が?』

『足! 足ぃい!!』

 全裸で駆けまわりながら必死に訴える姿が滑稽だったのだろう。周囲からドッと笑いが起きる。

『やめろ! やめろ! 止まれ! 足、止まれよぉおお!』

 男子生徒が悲鳴混じりの叫び声を上げるたび、困惑気味の反応が返っていた。

 やがて騒ぎを聞きつけた教師たちが、彼の元へ駆け寄っていく。

『やめなさい、サガくん! 服を着なさい!』

『止まれ、サガ! 何やってるんだ!』

 だが、男子生徒より体格の劣る教師たちは、あっという間に振り切られてしまう。そこへ現れたのは、隆々とした体躯を誇る体育教師だった。

『サガ、いい加減にしろ!』

 体育教師らしき大柄な男が、男子生徒にタックルを食らわせ強引に地面へと倒れ込む。全裸の男子生徒に組み付くむくつけき巨漢教師の姿に、『おいおいおい』と面白がるような声が上がった。そうしている間も、アシトの足は走り続けているかのようにせわしなく回転する。

『アシト、服!』

 女子生徒の一人が、彼の服を持って来たようだ。男性教師が声の方に目をやった時だった。教師の腕の中で、男子生徒はごぼりと血を吐いた。

『えっ』

『お、おい! サガ!?』

 男子生徒が足の動きを止め、身をビクビクと震わせている。その両目からも滝のように鮮血があふれ出していた。

『く……』

『苦しいのか、サガ!?』

『鎖の、音……』

 水音交じりの声でそれだけ呟くと、全裸の少年は動かなくなった。

『サガ! 大丈夫か、サガ!?』

『いやぁあああ!!』



「……何だこれ」

 ベッドの上で、安塚あづか郁人いくとは知らず独り言ちる。動画はそこで終わっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る