昼休みに筋肉占いはじめました。

金城由樹

昼休みに筋肉占いはじめました。

 昼休み。

 教室はあたたかくて、外の冷たい風が窓からちょっとだけ入り込んでいた。わたしは机にココアを置いて、軽く伸びをしたところだった。


芳江よしえ、目の下、うっすらクマ。寝不足検定一級ね」


「検定なんて受けてないよ」


「でも合格してるよ。ほら、ちょっと座って」


「なんで上から?」


 洋美ひろみはやたら真剣な顔でわたしの前に座り、スマホを取り出した。


「悩める親友のために、最強の占いを見つけましたー!」


「また怪しいの持ってきた……」


「怪しくない! むしろ健康的! じゃーん! “筋肉占い・医薬アップデート”!」


「タイトルの時点で怪しいのよ!」


「いいから見て。絶対、芳江には刺さるから!」


 押し切られ、わたしはため息をつく。

 まあ、洋美なりにわたしを心配してるのは分かる。


「まずはわたしの結果ね」


 洋美が勢いよく画面を開く。


「はい、ドン!」



『あなたを筋肉に例えると:顎舌骨筋がくぜっこつきん──控えめだけど大事な働きをする縁の下の職人タイプ』



「顎舌骨筋!? なにそれ!? 初めて聞いた筋肉だよ!! 渋すぎるんだけど」


あごにある筋肉だって。でも可愛いでしょ? “縁の下の職人”って!」


「職人と言われても困るよ」


「もっと褒めて。わたしの顎舌骨筋に誇りを持たせて」


「筋肉に誇り持たせるって何?」

 

洋美は気にせずどんどんスクロールする。


「相性の良い筋肉は……茎突舌骨筋けいとつぜっこつきん! 顎舌骨筋の近くにある筋肉だそうよ」


舌骨ぜっこつまわりの人間関係で完結してるじゃん」


「舌骨コミュニティは狭いの!」


「知らないよその界隈! ていうか、舌骨って、したの中に骨があるの?」


べろの下にある小さな骨らしいよ」


「初耳だわ……」


 洋美はさらに神経しんけい欄へ。


「相性の良い神経:舌下神経ぜっかしんけい。悪い神経:顔面神経がんめんしんけい頬骨枝きょうこつし


「なにその顔面神経!? 洋美の天敵なの?」


「この神経、ほんと自由なのよ。占いの中ではいつもわたしを振り回すの」


「神経に“自由”とか“振り回す”とか人格与えるな!」


 次は血管けっかん欄。


「よい血管:上甲状腺動脈じょうこうじょうせんどうみゃく。悪い血管:外頸静脈がいけいじょうみゃく


「血管に“合う・合わない”って何よ」


「波長だよ、波長」


「血流と波長の概念どうなってんの」


 洋美は嬉々として最後の項目に飛ぶ。


「そして今回の目玉はこれ! 今日のお薬アドバイス!」


 画面が可愛い色味になる。


「ラッキードラッグは……ミルタザピン! 抗うつ薬だそうよ!」


「抗うつ薬!? なんでそんな本格的なの出すのよ!」


「ほら、説明読んで。“夜に優しい伴走者”」


「詩的にしようとして誤魔化してるでしょ!」


「じゃあ悪い方、レボフロキサシン。抗菌薬こうきんやくみたいね。”今日はあなたのリズムとズレやすい”」


「抗菌薬にリズムってある!?」


「占い的にはあるの!」


「占い的には何でも許されるな!」


 ようやく洋美のターンが終わる。


「じゃ、次は芳江ね。入力して」


「ええ……」


 誕生日、血液型、そして、“階段を上るとき意識する筋肉“や、“推しの臓器名“など、考えるだけ無駄なものばかり謎の質問群を入力し終えると、画面が光った。


「はい、出た!」



『あなたを筋肉に例えると:肩甲舌骨筋けんこうぜっこつきん──控えめで誠実、要所で確かな支えとなる二腹筋にふくきん



「なんでわたしまで舌骨界に召喚されてるのよ!」


「あなたも舌骨の民なんだよ、芳江!」


「新しい民族やめて! それよりも、二腹筋ってどんな筋肉」


「あぁ、多分、マッスルマッスルしてる筋肉かも」


「なにそのマッスル地獄!?」


 ツッコミをスルーしつつ、洋美はニヤニヤしながら相性を見る。


「芳江の相性の良い筋肉は……胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきん! 首のところにある筋肉ね」


「さっきのあなたの“良い筋肉”とは別ルートだね」


「でも方向性示してくれる筋肉なんだって! 一緒にいると前を向けるって!」


「筋肉に励まされる人生って……」


 一方、神経欄には……。


「相性の良い神経:副神経ふくしんけい。“揺らぎのない部分を肯定する”」


「ちょっと言葉がみた……」


「ね。いいよね、副神経。お友達になりたい」


「どうやって?」


「気持ちで」


「気持ち万能説やめなさいよ」


「で、相性の悪い神経 は……三叉神経さんさしんけい。ほっぺのあたり担当だって」


「よりによって三叉神経! これ、聞いたことある。顔面をカバーしてる大きい神経じゃん!」


「“今日は細かい刺激とすれ違いやすい”って書いてある」


「刺激とすれ違うって何!? わたしの顔面今日どうなるの!?」


「まあ、ちょっとピリッとするだけでしょ」


「神経として致命的じゃないそれ!?」


 洋美は気にせず、血管欄に指を滑らせる。


「良い血管:椎骨動脈ついこつどうみゃく。“落ち着きを与える流れ”」


「血管のくせにロマンチックだな……」


「血管にもドラマはあるの!」


「やめて! 血管を萌えキャラ扱いしないで!」


「そして、相性の悪い血管は……後頭動脈こうとうどうみゃく。“考えすぎると流れが乱れやすい”」


「後頭部の血管に思考指摘されるの腹立つんだけど!」


「だって芳江、すぐ悩むじゃん」


「それ、わたしの性格の問題であって血管のせいじゃない!」


「血管はあなたの性格も含めてサポートしてるの!」


「血管に人格つけるのやめろってば!」


 わたしがそう言い切ると、洋美は「はい次いくよー」とでも言いたげに画面をタップした。

 どうやら、最後の項目らしい。


「芳江のラッキードラッグは……ファモチジン! 胃薬いぐすりね!」


「胃薬!?」


「“焦りを和らげる心の盾”って……あっわかる!」


「わかるな!」


「だって芳江のお腹、いつも情緒不安定だし」


「フォローの仕方!」


「そしてNGは……デュロキセチン。これも抗うつ薬だって! “今日は刺激が強すぎるかも”」


「精神科に対する態度が軽いのよ、この占い!」


「軽やかって言って!」


「言わないよ!」


 ひとしきり盛り上がったあと、洋美はふっとスマホを閉じた。

 そして、珍しく真面目な声で言った。


「……でも、ほんとはね。昨日、本垢でやったら、こう出たの」

 スマホを見せられる。



『あなたを筋肉に例えると:胸鎖乳突筋』



 さっきわたしの“相性の良い筋肉”として表示されていた名前だ。


「……偶然じゃ?」


「偶然じゃなかったの。だって……」


 洋美が、画面をスクロール。“ラッキードラッグ”の説明に、柔らかい文章が光っていた。



『相性の良い相手と一緒にいると、さらに心地よく働くでしょう』



「……だからね、芳江」


 言いながら、洋美が少しだけ視線を逸らす。


「わたし……芳江といると、ほんとに気持ちが軽くなるんだよ。占いとかじゃなくて、ずっとね」


 そんな顔をされると、反則だ。


「……放課後、少し寄り道しない?」


「行く!」


 ちょうどチャイムが鳴る。

 わたしは立ち上がり、胸の奥がふわっと軽くなったのを感じた。


 ――筋肉でも薬でもなく、たぶん、彼女が隣にいるから。



(了)

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昼休みに筋肉占いはじめました。 金城由樹 @KaneshiroYuki

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