Riechen

凪野海里

Riechen

 マジでありえん。キンモクセイのどこが良いんだ?

 たしかに花単体は小さくてかわいい。たいていの女子には好みどストライクだろう。臨海のぞみも、見た目だけなら好きだ。そう、見た目だけなら(大事なことなので2回言った)。

 けれどそのかわいさに釣られて近づいてみれば、鼻がねじ曲がるくらいのキツすぎる臭い。何なわけ、これ。例えるなら、キツめの芳香剤を思わせる。

 超くっっっっさい!

 で、それを友達に言ってみたら「え、キンモクセイがくさい? めっちゃ良い匂いじゃん。あんたの鼻どうなってんの?」とゲラゲラ笑われた。多数決的に完全敗北だったけど、臨海としては「あんたらの方がおかしいわ!」って話だ。

 ――てなことを塾友だちの歌苗かなえに話した。

 歌苗とは学区が違うけれど、小学生からの塾友だちだ。学校では言えないような愚痴などを気軽に話せるから、臨海は彼女のことが好きだった。


「キンモクセイって、もともとトイレの芳香剤で使われてたらしいよ」


 臨海の話を、歌苗は学校の宿題を片付けながら聞いてくれた。


「だからあんなくさいのか」


 納得する臨海に、歌苗は苦笑する。


「花の匂いが強いからトイレの芳香剤代わりに使われてたってだけだよ。だからお母さん世代とか、あるいはおばあちゃん世代なんかは、キンモクセイ苦手って人多いよ。私の家がそうだもん」


「歌苗はどうなの?」


「私は好きだよ。甘くて良い匂いするじゃない?」


 甘くて良い匂いだぁ?

 キツくてくさいの間違いだろ。

 臨海の不満そう表情を見て、歌苗はケラケラ笑った。彼女は元気な笑い方をするくせに、広い額にぱっちりとした二重の黒目、化粧をしてるわけでもないのに白い肌と赤い唇を持っているから、何をするにも華があった。女子高に通っているのだが、バレンタインには同性はもちろん、わざわざ噂を聞きつけた他校の男子生徒からもチョコをもらっている。


「キンモクセイを直に嗅ぐから苦手って思うだけで、案外香水とか嗅げば良い匂いだな〜って思うかもしれないよ?」


 そういうもん?

 半信半疑だったけれど、そのあと歌苗が「次の休みに遊ぼうよ」と言うから、臨海はキンモクセイの話題は横に置いて、その提案に乗った。

 毎日勉強ばかりでは疲れてくる。たまには気分転換も必要ってもんだ。





 日曜日の10時に駅前で待ち合わせた。電車に30分ほど揺られて着いた場所には、大型のショッピングモールがある。日曜日ということもあって、家族連れや、臨海たちのように休日ショッピングに繰り学生たちでかなり混んでいた。

 臨海は歌苗に誘われるまま、雑貨屋さんに入った。

 まもなくクリスマスが近いからか、お店の前には臨海の胸くらいのサイズのクリスマスツリーが飾られていた。店内には「赤鼻のトナカイ」がアレンジされた曲がかけられていて、「ギフトにおすすめ」と書かれたポップが目に飛び込んでくる。並べられた商品も、プレゼント用にちなんだものばかりだ。

 マフラー、手袋、ハンドバッグ、時計、靴下……。どれもかわいくてつい目移りしてしまう。


「何か欲しいやつでもあるの?」


 前を歩いていた歌苗が振り向いて、ニヤッて笑った。何か企んでいそうな微笑み方に、「何かあんの?」と臨海も笑いながら問いかけた。歌苗はとある棚の前で立ち止まった。「TESTER」と書かれたチューブやボトルが並んでいる。

 何かの試供品コーナー?


「これだよ!」


「げ!」


 じゃーん! もったいぶって見せつけられたそれに、臨海は反射的に顔をしかめた。歌苗の手にあったのは、ハンドクリーム。しかもキンモクセイの香りじゃんか!


「まあまあ、試しに嗅いでみなさいよ」


 ニヤニヤ笑っている歌苗は、この状況を楽しんでいるのかもしれない。彼女に恋心を抱いているファンたちにもこの顔を見せてやりたいくらいだ。


「案外、良い匂いかもしれないよ?」


「いやいやいやいや、絶対くさいって!」


 全力で、否定するに決まってる。誰が好き好んで嫌いな匂いを嗅ぎたがるのか。


「でもほら、たとえば臨海はチョコ好きじゃん?」


「え? ああ、まあ……」


「でもチョコの香りがするボールペンとか使わないじゃん?」


 歌苗の説得に、そういえばと思い出す。小学生の頃はよく、リンゴの香りがするペンとか使ってた。他にも、サイダーとかレモンとか。ノートに字を書いては見返すときに鼻を近づけて嗅いだりするのが楽しみだった。当時友達に書いた手紙とか、交換ノートにも同じようなペンを使った。

 それでも、臨海はチョコのペンだけは使わなかった。周りにも使う人はいなかったと思う。チョコは食べ物としては良い香りだし、甘くて美味しいから大好きだけど、「香り付きペン」みたいな形で出されると、どうにも解釈違いがある。こんな匂いだったっけ? ってなるのだ。


「じゃあ、もしかしてキンモクセイも案外良い匂いだったりする……かも?」


 前に歌苗がそんなことを言っていたのを思い出した。歌苗は「そうそう」と笑顔で頷きながら、臨海に手を出してと指示してきた。言われた通りにする。

 歌苗はチューブの蓋を開けて、臨海の手の甲にハンドクリームを絞りだした。


「ありがとう」


 両手の甲どうしを擦り合わせて、なじませるように広げていく。たちまち手に潤いが戻り、すべすべになった。


「ほら、嗅いでみて?」


 促されるまま、臨海は手の甲に鼻を近づけ嗅いでみた――。



「くっっっっっっさ!!」

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